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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第2章 断罪編
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第66話「青き眼は冷徹に」

 ランプが消され、暗闇に閉ざされた収容所の床は一面、血の海となっていた。

 鮮血が滴る直剣を振りボロ布で血糊を拭き取ると、黒装束の男は周囲を見渡す。彼の足元は切り刻まれた捕虜の骸で埋め尽くされていた。

 

 ヴェルデ騎士団の影として水面下で動く暗殺に特化した者達である。

 元はかのゼーレ・ヴァンデルングに仕えていた殺し屋であるが、飼い主が変わってもやることは同じだ。頭領からの指示通り、収容所を襲撃しプロエリウム捕虜を皆殺しにする仕事は終わった。

 事が済めば暗殺者は速やかに去る。数十人の人影が一斉に退去のため動き始めたその時だった。


 闇の中、浮かび上がる二つの青き光。

 彼らの行方を遮るかのように、一人の少女が立っていた。青白い魔力をオーラのごとく立ち昇らせ、殺意に濡れたサファイアの瞳を輝かせる。

 暴力的な殺気がまるで針で全身を刺し貫くかのように暗殺者達を強烈に打ち付けた。咄嗟に全員がほぼ同時に刃を抜く。常に死と隣り合わせの彼らは瞬間的に理解したのだ。

 間違いなく殺さねばこちらが死ぬ。


 投擲。それと同時に素早く踏み込み斬撃。

 空を裂く短刀は彼女に到達する寸前で魔法障壁に弾かれ虚空へと消えていく。それを意に介することなく二人の暗殺者の左右からの挟撃。

 鋭い軌跡を生む白刃を視界に収め、リリーナ・シルフィリアは短くつぶやいた。


「潰れろ下衆」


 刹那。打ち下ろされるは念動力(サイコキネシス)による重厚な鉄槌。不可視の力で宙を舞う黒装束の姿がひしゃげ破砕する。

 肉が潰れ骨が砕ける音と共に折り畳まれた肉塊を見ても、暗殺者達は動じる気配がない。刃が届かなければ手段を変えればいい。素早く詠唱と共に、複数の人影が魔法を行使する。

 吹き荒れるは触れる者を切り裂く斬撃の風。だがそれは、巻き起こることなく虚しく言霊の余韻を響かせるだけだ。

 精霊の支配者(エレメンタルルーラー)の階級にあるリリーナの前では、同じ階級に属さないかぎり精霊魔法の行使はできない。


「お前達の精霊の刃。それでトレラント様を殺したのか? あの方を切り刻む感覚はどうだった? あの方は何と言って死んだ?」


 膨大な魔力がまるで物理的圧力を伴った風のごとく吹き荒れた。リリーナの殺意が彼女の中に潜む破壊の女神を引き出す。


「死ね。お前達に生きることなど許さない。国が生かしても天が生かしても私が殺す。天が国が裁かないのなら私が人誅を下す!」


 掲げた左手に渦を巻くは、収束した魔力の塊。浮かび上がり青白い球体を成すそれから撃ち出されるは、光の精霊の力を凝縮した魔法の弾丸だ。


中位精霊魔法ミドルランクエレメンタルマジック追尾する光弾ホーミングライトバレット


 無数の閃光が放射線状に駆け抜けた。球体が爆ぜると共に高速で空間を裂く細長い魔法弾(マジックミサイル)が暗殺者の頭部を打ち砕く。

 破砕。そして飛び散る鮮血。暗闇の中、首から上を失い、次々と崩れていく黒装束の姿。たった一言。たった一度の魔法。それだけで優に半数を超える暗殺者の集団が動かぬ屍となり果てた。

 その時、彼らが取った行動は捨て身の特攻。彼女ほどの相手を前に逃げるなど愚行に他ならない。背を向けても死期が早まるだけだ。


 生き残った暗殺者が一斉に暗闇を駆け抜け、リリーナへと刃を走らせた。

 サファイアの瞳が青白い炎のごとく輝く。その瞬間、収容所を殺意を纏った魔力が駆け抜けた。




 

「戻ってこない?」


 王都アフトクラトラスの中心。白き王宮内の一室でヴェルデは眉根を寄せた。

 彼の目の前にいるのは礼服に身を包んだ初老の男性。五大貴族アイディールに仕える殺し屋の頭領である。彼からもたらされた情報は「捕虜を殺害に向かった部下達が一人も戻らない」というものだった。


「捕虜の殺害は完了したのか?」


「はい。部下の一人に遠隔会話が可能な者がおります。その者の話では確実に始末したとのこと。ですがその後、まったく連絡が取れません。至急、他の者を向かわせて確認させます」


 その言葉にうなずきながらも、ヴェルデは思案するかのように視線を下に落とした。

 すでに全滅しているかもしれない。彼はそう考えていたに違いない。


 闇に潜む暗殺者など使い捨ての駒だ。目的さえ達成できれば死のうが構わない。だが問題は「誰が殺したか」だ。

 当主を殺されたエスペランス黒色騎士団が殺戮に走ったのか、それともミゼリコルドが手を下したのか。しかし貴族に仕える騎士団が動いたとなれば否応でも目立つ。

 殺戮に特化したエスペランス黒色騎士団が目立たぬ少数で動いたとしても、数十人いる暗殺者達をいとも容易く葬れるとは思えない。

 

 おそらく一桁の人数。いや一人の可能性もある。逃げ出す暇すら与えず一方的に虐殺できる人間がいる。


 それがヴェルデが出した結論である。

 頭を下げ、その場を立ち去ろうとした頭領にヴェルデが語り掛けた。


「ローグ。背後に気を付けろ(・・・・・・・・)


 暗殺者の頭領であるローグはその場で立ち止まり一瞬、驚いた様子だったが再度、深く礼をするとヴェルデに背を向けた。

 彼とて暗殺稼業に身を置く暗殺者だ。今の言葉の意味は理解できるだろう。

 ヴェルデはそう考えていたに違いない。しかし女神の現身は彼の予想をはるかに上回る速度で侵略を開始していた。


 数日後。王都内貧困街の片隅にある誰も住んでいない空き家で奇妙な声が漏れていた。

 それは柱に拘束されたローグの怒声である。彼が怒りの矛先を向ける先。そこにいるのは冷笑を浮かべるリリーナの姿だった。


「貴様! 何者だ!? この私、アイディール家を敵にまわす覚悟はできているのだろうな!」


「そうですか。あなたはアイディール家の人間ですか。さてはトレラント様の思想に敵意があるのですね。それで黒幕に協力しているといったところでしょうか」


「トレラント様? 貴様、エスペランス家の人間か!?」


「残念ながら違います。しかしあなたが知る必要もない。どうせ死ぬのですから。その前に洗いざらい吐いてもらいます」


「簡単に口を割ると思うのか? 馬鹿め。拷問でもなんでもするがいい。死んでも話すわけにはいかん!」


 リリーナはローグのその言葉に小首をかしげてみせた。

 可憐な少女のその仕草は可愛らしささえ感じさせる。しかし冷酷な光を宿したサファイアの瞳は、それを覆し恐怖を植え付ける。


「拷問? そんな非効率的(・・・・)なこと、私はしませんよ?」


 残酷な冷笑を見てローグは、戦慄が走るのか背筋を震わせた。

 彼は理解したに違いない。この小娘が「どうやって短期間でここまでたどり着いた」のか。

 口を割らないのは暗殺者も同様だ。彼らは情報を流すくらいなら死を選ぶ。そう教育されている。それなのにこの少女は、明らかにあの収容所に差し向けた暗殺者からローグまでたどり着いている。

 その方法に彼は覚えがあるのだ。


「……まさか」


 そこまで口にして彼の言葉は途絶えた。

 口から流れ出る血液。出ない声。リリーナ念動力(サイコキネシス)により声帯を潰されたからだ。

 彼女の美しく白い手がゆっくりとローグの頭部へと近づく。


「騒がれては集中できないので声を潰しました。それに記憶を引き出す際も叫び声でうるさいので」


 リリーナの手から魔力がほとばしる。その瞬間、まるで電撃を受けたかのようにローグの体が激しく震えた。

 彼女がここまでたどり着いた方法。それは直接、対象の脳に魔力を注ぎ、引き出した記憶を投影魔法陣に映し出すことである。だがその対象は、まるで電撃を注ぎ込まれているかのごとく激痛に苛まれることになる。

 もって数分でほぼ死亡する。仮に生きていたとしても最早、廃人と同様で人としての活動は全て失われる残忍な方法だ。


 彼女の視界に浮かび上がる魔法陣にローグの記憶が断片的に映像化していた。

 目まぐるしく変わるそれがある場面でピタリと止まる。それは頭領ローグと国王ヴェルデがあの捕虜殺害について話をしていた映像だった。

 話の内容を聞き、その場面を視界に収めたリリーナの瞳が鋭く光る。


「……黒幕は剣王ヴェルデか」


 魔力の放出が止まった。

 目や耳、鼻から血を流しうなだれるローグを見ることなくリリーナの唇が「燃えろ」と冷酷に口ずさむ。その瞬間、炎に包まれたローグの体が焼き尽くされると同時に彼女の体が虚空へと溶けて消えた。

 透明な体(インビジブルボディ)である。燃え盛る空き家から、誰の目にも映ることなくリリーナはその場から立ち去った。


 彼女は思案していた。

 剣王ヴェルデがトレラント・エスペランスを殺した黒幕であり、信書を闇へと消して戦争を起こそうとしている。

 それは確実だ。だが彼に近づくにはある程度の地位が必要となる。貴族でも何でもないリリーナは、王宮へと足を踏み入れるのは容易なことではない。

 まずは信用を得なければならない。そう考えたリリーナはエスペランスを通して貴族からの依頼を受注。難易度の高い依頼であっても迅速かつ正確な遂行に、貴族も注目するようになる。

 当然、その背景にはフラン・エスペランスの力添えもあった。


 そしてついにその時がやってくる。

 それは大臣より直接、依頼された高難易度の仕事だった。ある地方で起きている小規模な国内紛争を解決せよというものだ。

 とても十四歳の少女に託される依頼ではない。それだけ彼女の手腕が買われている証拠でもあった。

 その国内紛争とは、アイディールの奥地にて取れるクリスタルをめぐるものだった。クリスタルを管理する二つの部族が互いに権利を主張し、小競り合いから次第に戦争へと発展していったのだ。


 現地に到着したリリーナは恐ろしい行動を取る。それは紛争の原因となったクリスタルを粉々に砕いたのである。彼女いわく「クリスタルがあるから戦争が起こる。ならば無くせばいい」という至極、単純な発想だった。

 当然、二つの部族長は激怒。戦の矛先はすべてリリーナに向けられた。そして全ての戦士が彼女に打ち倒された。


 紛争を解決せよとは言われていたが殺せとは言われていない。当然、彼女は誰一人、殺さなかった。しかし歴然たる力の差は、彼らの戦意を喪失させるには十分ぎるものだった。

 リリーナは砕いたクリスタルをその地方に住む全ての人間に等しく配った。争っていた部族長も打ち倒された戦士も子供も老人も、全てが同じ量のクリスタルを得た。


「みんな同量だ。それを売れば金になる。もう戦争を起こす必要もない。そうでしょ?」


 来た時とは違う爽やかな笑顔でそう語るリリーナに、刃を向ける者など誰一人としていなかった。

 そして紛争を終結させ王都に戻った彼女へ大臣より直々に通達がきたのだ。国王陛下が会いたがっていると。

 かくしてリリーナは王宮へと足を踏み入れた。そして玉座の前で跪く彼女に、法衣を纏い王冠をかぶったヴェルデはこう告げた。


「コンフィアンス領に潜む<死神>を打ち倒してまいれ。成功した暁にはそなたを<王宮魔術師>として迎え入れよう」

 

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