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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第5話「紫の薔薇騎士団」

 王都解放軍の本拠地シュトルツ領に建つ兵舎の一室で、机を眺めている女がいた。

 それはひたすら書類の整理をしているシオン・イティネルである。魅力的な肢体を白い軍服で包み込み、長い黒髪を後ろに束ね大きな髪留めで留めている。そんな彼女が整理している書類の山はマリアの募兵に応募した兵士達の資料だ。

 当の本人たるマリアは椅子を倒しテーブルの上に足を乗せ、呑気にトマトに噛り付いていた。


「……隊長。本当に募集条件はこれでいいんですか?」


 視線を移すことなくシオンがマリアに問う。

 マリアの募兵の条件。それは「馬に乗れること」と「トマトが食べられること」……その二点のみであった。

 一つ目の条件はマリアが希望するのが「騎馬隊」だからだ。彼女の超人的な殺傷性能から考えればそれがもっとも適している。


「騎馬隊を組織したいのはなんとなくわかりますが、何でですか?」


「だらしないことに人間は馬に乗らないと私に追いつかないのよ。どうして人という生き物は足が遅いのかしらね」


「いやいや。それ普通ですって! 自分の足で馬と並走できるの隊長くらいですってば! それと……二つ目の条件は?」


「あんたがトマトを買い込んだからでしょうが!」


 血のように赤いブラッドトマトが宙を舞いシオンの頭にこつんと当たると、彼女の手の上にぽとりと落ちる。シオンはそれを頬張ると黙々と書類に目を通しはじめた。


 マリアに入隊希望(ラブレター)を送った人物達は曲者ぞろいだった。それはもうシオンの頭を悩ませるほどに。

 死刑宣告を受けた罪人。ハイエルフからも人間からも疎まれ迫害の対象となっていたダークエルフ。牢獄されていた半吸血鬼(ヴァンピール)など。通常の隊長ならば確実に入隊できるわけがない。

 しかしマリアは条件さえ合えばその全てを受け入れた。シオンが見ている資料は「すでに入隊済み」のものなのだ。


 中には通常の兵士もいた。ほとんどがあのアミナ防衛戦にて騎馬隊を構成していた騎士達だ。

 彼らはモーデスにより騎乗スキルを強奪され、成す術もなく串刺しになる運命だった。しかし待機命令を無視したマリアの突撃により命を救われた。

 モーデスの持つ強奪の能力は使用者が死ぬと奪われた技術は元へ戻る。それにより戦場へと復帰した彼らはその恩義を返すべくマリアの募兵に応募したのだった。

 総数千人たらずの騎馬隊。それがマリアの持つ全勢力だ。

 

 一通り目を通すとシオンには次の大仕事が待っている。彼らに持たせる念話に使用する指輪の作成だ。

 シオンの得意とする念話(ケレブルムラング)は、彼女を中心とした脳内における会話の共有である。シオンが作る特殊な刻印を刻んだ指輪を身に着けることで、口を介さずに会話することができるという魔法の一種である。それは現アフトクラトラスにはなかった技術(・・・・・・)だ。

 

 敬愛するマリアには街で買った高価な指輪に刻印を施し、満面の笑みで渡したが他の兵はそうはいかない。

 木彫りで形だけかろうじて指輪となっている質素な代物に一つ一つ刻印を刻んでいく。一個作製するのはそれほどの苦労でもないが人数が多すぎる。

 当然、それは一日で終わる作業量ではなく、彼女は休憩をはさみながら黙々と一個ずつ処理していた。


 数日たったある日。

 部屋で惰性を貪っていたマリアが「兵の様子を見てくるわ」と突如つぶやき、直剣を象った木刀をくるくる回しながら扉を開けて出ていく。

 以前にマリアはこう告げていた。「兵が集まったら私直々に見定めてあげる……」と。

 マリアによって木刀で殴り倒される兵達を思い浮かべたのか、シオンはその後ろ姿を見て苦笑した。


 一時間ほど経っただろうか。

 シオンは休憩がてらふと兵達がいるであろう訓練場へ足を運んだ。そこで彼女の瞳に飛び込んできたもの。それはシオンの予想通り「死体の山」だった。


 正確に言えば死んでいるわけではない。みな木刀により打ち倒され地面に這いつくばっているだけだ。

 数百人はいるであろうひれ伏す彼らを見下すかのように、「男の背中に腰を下ろしている」マリアは、小柄な肩の上で木刀を遊んでいる。

 シオンはその珍妙な光景に訝しげな表情を浮かべた。マリアが腰を下ろしている椅子。……いや間違いだ。四つん這いになった男の背中。それは頭のみアーメットを被り上半身は裸。下半身はズボンを履いている筋骨隆々の大男だ。

 表情を変えることなくシオンはゆっくり近づくとその椅子男に話しかける。

 

「……何してるんですか?」


「椅子である」


「いやだから、なんで椅子なんですか?」


「我は椅子である」


「質問を変えます。なんで裸なんですか?」


「馬鹿者め! マリア隊長のケツ……失礼。お尻の感触を味わうために決まっておろうが! 我はこの方の椅子になると誓ったのだ! 戦時は刃となり敵を切り裂き、常時は椅子として素晴らしい座り心地を提供すると!」


 豹変した男にビクッと体を震わせるシオン。手に汗握らせ熱弁する男の言葉を耳にした途端、彼女はまるで変態を見るような冷めた目つきで彼を見据える。

 だがその背に乗るマリアはシオンとは正反対で、上機嫌といった様子だった。


「悪くない座り心地だわ。高さも合わせているしね。今度からあなたはチェアーマンと名乗りなさい」


「お褒めいただきこの上ない幸せ! さらに名を頂くなど絶頂であります!」


「……あの隊長。この状況って……?」


「今、集まれる兵隊を全員ここに招集して模擬戦をさせたのよ」


「なるほど。それでみな隊長にひれ伏したわけですね」


「違うわ。私は一切手を出していない。模擬戦を勝ち残ったのは……この椅子よ」


 予想外の言葉に「えぇ!?」と驚愕の声を上げ、シオンは椅子男……チェアーマンを見つめる瞳を大きく見開いた。

 マリアの招集によって集められた数百人の兵士達は、彼女の一令の元、木刀を手にこの訓練場で激しい模擬戦を開始した。そして全ての者を打ち倒しマリアの前に跪いたこの半裸の大男に彼女は告げる。「望みを一つ言いなさい」と。


「あなた様の椅子となりとうございます!」


 それがこの男。チェアーマンの誕生である。何故椅子を申し出たのかは不明であるが、人間離れしたその実力はマリアも認めるほどのものだった。


 実はこの男、人間ではない。その決して人前では脱ぐことがないアーメットの下は醜い吸血鬼の顔であり、人と吸血鬼の混血「ヴァンピール」なのだ。

 吸血鬼としての高い身体能力を持ちながら陽の光の下でも活動できる人ならざる存在。そんな彼は吸血鬼の血が混ざっているというだけで投獄され、死を待つのみだった。

 だが彼の目の前に少女の姿をした死神が現れる。死の匂いを漂わせた美しき死神は彼に告げた。


「私の刃となれ」


 その実力を私のために使うならば生きる意味を与えると。そして彼はマリアに忠誠を誓った。

 おそらく彼にはマリアは死神になど見えていなかったことだろう。自らに生を与える聖母のごとく輝いていたに違いない。


 シオンは多少、癖が強いもののそれでもマリアに忠誠を誓い、彼女の元に集う仲間達を見渡す。

 地面に這いつくばっていた者達もよろよろと立ち上がり、マリアの元へと集まり始めた。その目は光を失いはせず痛む体をもろともせず彼女の前に並ぶと敬礼の姿勢を取る。

 シオンを含めみな思いは一緒だった。目の前で生きる意味を与えてくれる可憐な死神に全てを捧ぐと。そしてマリアもまた彼らの思いを知っている。

 彼女の口元がほころんだ。まるでそれは聖母のごとく慈愛に満ち、それでいて悪魔のように冷酷だった。


「まったくもって。健気なゴミどもだ」



 その後。シオンを中心として兵達は連隊旗を作成した。

 連隊旗とは、軍内で自らの部隊を示す旗である。王都解放軍ではヴェルデの意向により、連隊旗のデザインと部隊名は自由とされていた。

 大して興味がないマリアを置き、シオンと制作に携わった兵達は自らが敬愛するマリアに相応しい連隊旗を作り上げた。それは白の下地に大きな紫の薔薇。そして中央に大鎌を携えた死神を描き、その左手には血のように真っ赤なトマトが握られている。

 そして部隊名はすでにシオンが決めていた。マリアが募兵を開始した時、すでに彼女の中でマリアに仕える騎士達の姿を思い描いていたのだろう。


 紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター


 戦場において敵の血により彩られた紫に輝く可憐な薔薇。それはマリアを象徴する言葉。そして彼女に付き従う騎士団にもっとも相応しい名だった。

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