第58話「リインカーネーション」
暗闇に浮かび上がるは無数の剣戟。
刃と刃が交差しぶつかり合い、火花を散らしては儚く消えていく。
ぼんやりと照らされる灯りの下、誰も座ることがない玉座の前で、シオン・デスサイズは刃の奥で紅玉を輝かせる。
彼女の脳裏を過るのは散っていった「紫の薔薇騎士団」の騎士達。そして、この体の持ち主であるシオン・イティネルの笑顔だった。
彼女は許せなかった。
自分が目の前の男の野望に利用されていたことではない。そもそもゴミが画策した陰謀などどうでもいい。
自らに付き従い、死闘をくぐり抜けた騎士達とシオンに少なからず彼女は特別な感情を抱いていた。常に一人で生きてきた彼女には、彼らと出会うまで理解できない感情だったに違いない。それが「仲間」というものだと。
そんな彼らの命は、七賢者と剣王の遊戯の前に剥奪された。彼らの命を懸けた戦いは、血濡れの舞台で繰り広げられる前座でしかなかった。
そしてすべてを知った時、シオン・デスサイズは再び冷酷無比な死神へと戻った。漆黒の刃に仲間達の無念を乗せて。
シュッという鋭い吐息と共に繰り出される聖剣の刃が空間を裂く。
だがその瞬間、ヴェルデを襲うのは物理的圧力を伴った重厚な剣戟。シオンの大鎌が聖剣の刃ごとヴェルデの体をはじき飛ばす。
骨が軋み、柄を握る手がしびれるのをヴェルデは負けじと握り返した。その彫りの深い顔立ちに汗の雫が伝わっていく。
気を抜くと刀剣ごと真っ二つにされるほどの斬撃。暗闇に血のように赤い真紅の瞳を輝かせ、生を狩るべく大鎌を振るうシオンはまさに死神だ。
人などが敵う相手ではない。しかしヴェルデは引くわけにはいかなかった。喝を入れるかのごとく床を強く踏み込むと声を張り上げた。
「貴様がどれほど強かろうと、例え神であろうと俺はここで引くわけにはいかん! 俺には委ねられている! 集められた命と引き換えにこの国を導き理想郷を築き上げることが!」
「理想郷? 人にとって理想郷など他人から付与されるものではない。自らが自らのために作るものだ。少なくともお前が作る血塗られた理想郷など、ゴミの命で築き上げたゴミ溜めでしかない」
ゆっくりと構えた巨大な刀身が妖艶な輝きを放つ。
「おしゃべりは終わりだ。死にただの肉片と化せ。傀儡の王」
まるで地面が縮んだかのごとく高速でシオンが距離を詰める。繰り出される大鎌にとって鎧などただの紙切れに等しい。
回避は不可能。ならば前進するのみ。
そう思ったのかヴェルデは引くどころか前に踏み出した。その瞬間、シオンの白刃が弧を描く軌跡と共に凄まじい速度で彼へ迫る。
鼓膜を震わすは硬質な響き。シオンの刃と聖剣がぶつかり合い火花を散らした。
渾身の打ち込みで大鎌を捌いたヴェルデの体が加速する。鋭い踏み込みと同時に生み出されるは白銀に輝く剣閃。それは精確にシオンの首元へと迫る。
今だ斬撃体勢にあるシオンは、虚を突かれたかのごとく身動き一つしなかった。
「貴様を殺して俺は希望を得る! 永久の王としての未来を!」
「……馬鹿が」
紅玉が輝いた。その瞬間、ヴェルデの瞳が驚愕したかのように見開く。
彼の眼に前飛び散るのはシオンの鮮血ではない。金属と金属がぶつかり合う際に発生する火花だ。
聖剣の刃はシオンに届く事無く虚空で止まっていた。そこにあるのは、彼女が握る大鎌と同様の漆黒の刃。
シオンの左手に握られた二つ目の大鎌が、聖剣ごとヴェルデの体をはじき飛ばした。
「二重魔法・死神の大鎌召喚」
ヴェルデの体が戦慄したかのように一瞬、震える。
薄暗い空間に浮かび上がる対となる二本の漆黒の大鎌。そして血濡れのごとく煌めく真紅の瞳。そこにあるのは恐怖以外の何物でもないことだろう。
「くそったれ女神へのお祈りは済んだか? 細切れになって私に踏みつぶされる覚悟はあるな? ……一片残さず肉片に変えてやる」
刹那。繰り出されるは二本の刀身による高速の剣戟。
防御の暇さえ与えない斬撃は、瞬く間にヴェルデの聖剣をはじき左腕を切り落とす。飛び散る鮮血の赤い雫の奥でシオンの体が舞った。
右足の踏み込みと同時に加速した刃は空間を裂き、ヴェルデの首元へ到達するとピタリと動きを止める。
「終わりだ。剣王」
シオンの唇がそう言葉を紡いだ瞬間、横一文字の軌跡が走る。それはヴェルデの首を断ち切った。
目を見開いたまま床に転がり、血だまりに埋もれる彼の首を一瞥すると、冷酷な瞳を輝かせシオンは背を向けた。
その瞬間、飛び出す鮮血と同時に衝撃が走る。
彼女の目に映るのは、自身の胸元から突き出る聖剣の切っ先。シオンの後ろで右手に剣を握り起き上がるヴェルデの姿があった。
驚愕で目を見開きシオンが振り向く。彼女の瞳に映るそれは首がない死体のままだ。
「……お前。まさか……」
口から鮮血を吐き出しながら見つめるその先で、首のない胴体が揺れる。切り落とされた左腕が吸い寄せられるかのように持ち主へと戻り、左手がゆっくりとあるものを持ち上げた。
それは、妖しく輝く瞳を携えたヴェルデの切り落とされた頭だ。
「もうすでに魂吸収の儀式ははじまっているぞ。死神!」
ヴェルデが口角を上げ笑う。
「吸われた魂だけ俺は何度でも新しい肉体を得て蘇る。俺こそが真の転生者だ!」




