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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第57話「命の糧」

 ランプが照らし出す通路をツヴァイフェルは、顔面を蒼白とさせながら走っていた。

 彼は女を視認した直後、ヴェルデに構うことなく部屋を飛び出した。あの女の瞳を見た瞬間に悟ったのだ。化け物は自分を狙っている。そして相対したその時、間違いなく殺される……と。

 ヴェルデなど知った事ではない。とにかくこの場から離脱しなければならない。彼はそんな焦燥感に駆られていたに違いない。


「ちくしょう! なんでだよ! なんでこうなった!? もうちょっとだったのに! くそったれな戦争が終わってやっと王宮での優雅な日々がくると思っていたのに! なんであの死神が俺の前に現れる!?」


 女が立っていた場所とは違う出口へ駆け込もうとしたその時、液体が飛び散る音と共に曲がり角から何かが転がった。

 咄嗟に立ち止まったツヴァイフェルの瞳に映りこむもの。それは、切り落とされた兵士の生首だった。

 ランプに照らされるは女の人影。それはゆっくりと魅惑的な肢体を躍らせツヴァイフェルへと歩み寄った。


「……ひさしぶりね。クソザコナメクジ(・・・・・・・・)。王宮での生活はいかが?」


「マリア! てめぇ、なんで生きてやがる!? 首だけになったのに何で生きられる!? 近寄るんじゃねぇ!」


「冷たいことを言うのね。私はお前に礼を言いたいのよ?」


「礼? 礼ってなんだよ……!?」


 恐れおののき、じりじりと後退するツヴァイフェルの目に映るは紅玉の輝き。

 暗闇の中、美しくも殺気に満ちた真紅の瞳だ。


「お前は私に思い出させてくれた。……人なんぞ所詮、ゴミだってことをね」


 肌を刺すかのような殺意に包まれ、恐怖が膨張する。

 通路に響き渡るのは、断末魔の叫びに似たツヴァイフェルの絶叫だった。




 王宮の磨かれた石の床をブーツが打つ音が響き渡る。

 ポタポタと液体が垂れる音と共にシオン・デスサイズは、真紅の瞳を前に向けた。視線の先に佇むのは国王が座る玉座。だが彼女が注視するのはそれではない。

 壁に下げられたランプに照らされるは一人の男。自らが座るはずである玉座を見つめ、彼はゆっくりと振り返る。彫りの深い顔立ちに茶色の髪。光り輝く白銀の鎧は聖騎士の証。

 剣王ヴェルデ・シュトルツである。


 シオンは相対した瞬間、彼の足元へ何かを投げ飛ばした。

 それはあらんかぎりの苦痛を受けたのか、恐怖に表情が歪んだツヴァイフェルの生首だった。ヴェルデはそれを一瞥しても眉一つ動かさない。

 まるで道端に転がる小石であるかのように、構うことなく歩み出ると剣の柄に手を伸ばした。


「お前も所詮はゴミか。同じゴミを糧とする傀儡の王よ」


 ほとばしる闇の波動。薄暗い中でもはっきり視認できる濃密な闇を携え、シオンの紅玉がヴェルデを貫く。


魂吸収ソウルトランスレイション


 彼女のその言葉が響いた瞬間、ツヴァイフェルの無残な死を前にしても身動き一つしなかったヴェルデが、わずかに眉を動かした。


「お前が戦争を起こした理由。それは魂吸収ソウルトランスレイションの儀式に大量の魂が必要だったからだ。大量の魂とはすなわち大量の死者。それの獲得にもっとも効率がいいものは戦争だ。七賢者と結託したお前にとって必要だったのは戦争による勝利などではない。戦争そのものを起こすことだった」


 魂吸収ソウルトランスレイション

 それは人の魂を吸収し生命エネルギーへと変換させる儀式魔法である。七賢者は王都を中心とした巨大六芒星を形成し、それにより国内で死亡した人間の魂を吸収、収束させ自らの糧とするのである。

 定期的に死者を<供給>させることで自らは永遠に生きる禁忌の儀式。それにヴェルデは加担した。七賢者と結託し自らが永遠の命を得るために大量の死者を出すことを求められた。


 それに対するヴェルデの答えが「国内紛争」である。民を大量虐殺してはただの残虐な王としての汚名のみ残る。だが前国王カスティゴの悪政から解放するという「大義名分」があれば、自らは王としての綺麗な身でありながら「合理的」に大量の死者を生み出すことが可能だった。

 シオンの言う通り、「戦争に勝利する」ことは問題ではない。「戦争を起こす」ことそのものがヴェルデの目的だったのである。


「マリア……いや、今はシオンか。お前の持論だと王は自らの理想を掲げ、それを成す為には全てを犠牲にしてもかまわないのではないか?」


「王たるものは覇業を成す為に民を血で濡らすこともある。だがそれは王が王たる自身の理想の糧となるべきだ。七賢者の傀儡と化した王という飾りを与えられただけのゴミに許された所業ではない」


「俺は誰が何と言おうと、傀儡と罵られようと、生きてこの国を恒久的に導かねばならない。それは他の誰でもない。俺にしかできないことだ」


 鋭い瞳で見据え、そう言葉を発するヴェルデに激情し、シオンの見開いた真紅の瞳が輝いた。


「……それを傲慢というのだ! 剣王!」


 闇が渦を巻く。

 シオンの右手に収束するのは濃密な霊子。死神たる彼女が生み出すは、死者を糧とした漆黒の刃。

 人の命を糧にするなど死の神にのみ許された所業。人の完成体として世界が創造されてから……人間が大地に降り立ってから生と死を与えてきた彼女にのみ許される。人が人のままで命を糧にすることはあってはならない。

 故にシオン・デスサイズは、ヴェルデを許しはしない。


死神の大鎌(デスサイズ)召喚(サモニング)


「聖剣抜刀!」


 暗闇を切り裂き、黒刃と白刃が生み出す剣閃が交差した。

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