第55話「慟哭」
眩い光により生み出された火炎と爆風。それがマリアを包み込もうとした瞬間、彼女の体を何かが突きとばした。
不意の衝撃で体勢を崩すその時、マリアの紅玉に映りこんだもの。それは炎に呑まれるシオン・イティネルの姿だった。
連鎖爆撃弾。
後にそう名付けられた魔法地雷は、兵器という名に相応しく無差別に、無慈悲に騎士達の命を吸った。木々の間隙を縫って炸裂する炎と爆風は、人の体を鎧ごと粉砕し焼き尽くした。
周辺の木々は炎に包まれ、暗雲に閉ざされた空間を赤く照らし出す。その下で四肢を砕かれ、無残な焼死体となって「紫の薔薇騎士団」の騎士達が転がっていた。
肌を刺す熱風に紫色の髪をなびかせ、何かが立ち上がる。
それは、もはや人ではない焼けた肉の塊と燃え盛る木々に囲まれた中、紅玉を輝かせるマリアだった。彼女の視線の先に倒れているのは、髪留めが外れ、美しい黒髪を地面に広げたシオンの姿。
そんな彼女を見つめるマリアの表情は、石像のように無機質で、血が通っていない人形のように冷たかった。
「……あんた。何してんのよ」
表情を変えることなくマリアは短く語り掛ける。
言葉は冷静だった。赤い瞳も冷徹だった。普段と変わらないマリアだった。だがその中に沸き上がるものの正体を彼女はわからなかった。燃え上がる炎。どす黒く渦巻くそれは全身を震わせる。
そんな彼女にシオンは口元に微笑みを浮かべると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……だって。隊長を守るのは私の役目ですから……」
「馬鹿じゃないの? 魔法地雷くらいじゃ私は死なないのよ?」
「で……ですよね。でも何故か体が勝手に……動いちゃいました。今、私、どうなっているんですか? すごい下半身が……熱くて動かないんです」
「当然じゃない。あんた。下半身なくなってるわよ?」
「あ……あちゃー。そ……そうですか。それじゃもう……隊長に……ついていくこと……できないんですかね……」
「あんた。それでもいいの?」
「……いいわけないじゃないですか。だって……隊長のそんな顔みたら……傍に居なきゃって思っちゃうじゃないですか」
シオンの力のない震える声に、マリアはハッとなって顔を撫でる。
そこにあるのはいつもの感触。しかし確実に全身が震えているのが伝わってきた。瞬きすらしない見開く瞳で、自らの震える小さな手をみた時、マリアは自らに起こっている現象を理解した。
恐怖。
世界の調整者として、ありとあらゆる者を斬り、世界を回った彼女がはじめて抱いたもの。
女神にさえそんな感情を抱いたことはない。これほどの……何かを失うことに対する恐怖など。
そしてそれは、目の前で死を待つのみとなった女性に対してのものだと理解した。
「……隊長。私にとってマリア隊長は憧れでした。気高く孤高で。強くて美しくて。いつも隣にいて、でも手が届かない頂きに佇む存在。……私はもうここで死ぬんでしょうか。もうあなたについていくことはできないんでしょうか……。でも私はできるのならまだあなたについていきたい。あなたが成す事をどんなことであろうと見ていきたい」
ゆっくりと血に濡れた手を伸ばすシオン。その時、彼女の手を何かが包み込んだ。
それは、マリアの小さな両手だった。
「……あんたに全てを私に委ねる覚悟があるのなら共にいることはできるわ。あのマリアのように」
「それなら答えは一つです。マリア隊長。私の体をお納めください。あなたの糧となれるのなら例え死んでも本望です」
残り少ない力を振り絞り形作った笑顔でシオンはそう言葉を紡ぐ。そんな彼女にマリアはゆっくりと顔を寄せた。
そっとマリアの細い指がシオンの顔へと添えられる。その瞬間、彼女の額に浮かび上がるのは奇妙な刻印だった。
まるでシオンの体内に吸い込まれるかのように刻印は消滅する。それと同時にマリアは微笑んだ。
「あんたは私と共にいる。未来永劫、私として」
光の失いかけた黄玉と紅玉が混ざり合う。
精一杯の満面の笑みを浮かべたシオンと、マリアの微笑みが交差した。
刹那。最後の地雷が爆発する。
炎と爆風はマリアを巻き込み、彼女の体を粉砕し焼き尽くした。
目を見開き転がるマリアの首。それを魔法陣にて遠距離から確認している男は、満足気に口角をあげてみせた。
赤毛が震え、悪鬼のごとく笑みを浮かべるツヴァイフェルである。
「終わりだ。死神」