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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第49話「気魂の叫び」

 双剣聖レジーナ・エスペランスは肩で息をすることもなく、冷静にそして冷酷に前を見据えていた。

 大雨に打たれる黒の戦闘服は鍛え抜かれた美しい体を包み込み、表面を伝う雫には血の色は混ざっていない。それとは対照的に竜の牙を模した双剣「精霊の竜牙エレメンタル・ドラゴンファング」は、刀身から鮮血を滴らした。

 

 彼女の周辺には、おびただしい数の兵士の死体が転がっている。

 それら全ては、王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルングにより操られ壁となった者達だ。レジーナは眉一つ動かすことなく全てを斬り伏せた。まさに「残虐の女王(グラオザム・レジーナ)」の二つ名が示す通りに。

 

 対するゼーレ・ヴァンデルングは苛立ちを隠せない様子で眉根を寄せている。

 即座に放てるのはせいぜい中位魔法程度だ。しかしそれでは目の前の残虐の女王は抑えられない。「精霊の竜牙」に備わっている魔法相殺(マジックオフセット)魔法付与(マジックエンチャント)により、光弾をはじき返すためである。

 さらに彼女の達人の動きは、いくら兵士を壁にしようとも間隙を縫って刃を滑り込ませる。白刃は徐々にゼーレへ迫り、首筋数センチ先をかすめることすらあった。

 長くはもたない。ゼーレが苛立ち焦るのも当然だったことだろう。


 ゼーレの髪のない頭部が光を発すると同時にレジーナの体が大地を駆ける。

 彼の頭の中では、高速で思考が紡がれていたに違いない。どうすればこの女を始末できるか。どうすればこの場を切り抜けられるか。

 だが時間の猶予を与えるほど、残虐の女王の刃は決して遅くはない。


 水がごとく流麗な動きからレジーナの体が鋭利な軌跡を描く。

 高速で迫る双剣聖に、ゼーレは咄嗟に念動力(サイコキネシス)により兵士を叩きつけるかのように操った。しかし切り裂かれることなく、兵士の体は何かに貫かれ軌道がずれ、レジーナの横をかすめていく。


 体から突き抜けているのは、太い矢だった。

 兵士の体は操られると同時に次々に打ち抜かれ、全てはレジーナの体を逸れていく。驚愕したのか目を見開くゼーレの視線の遥か先で並の人間では引く事すら困難であろう大弓を構え、白銀の鎧姿の男が狙いを定めていた。


「……そういえば剣王は弓も得意だったな」


 飛ぶ兵士の間隙を縫いながらレジーナは細く笑んだ。


「ヴェルデェェェェッ!!」


 ゼーレの叫びがこだまする中、レジーナが舞う。

 距離を詰めた彼女の足が大地を踏みしめたと同時に繰り出される流麗な白刃。それは剣閃を生み出してゼーレへと高速で迫る。


「お、おのれぇぇぇっ!」


 その瞬間、斬撃が駆け抜けたとほぼ同時に魔術師の体は消失した。

 彼が立っていた場所に魔法陣が刻まれている。それは緊急脱出用に事前に仕込んでいた転移魔法陣だ。


 獲物が逃げ去ったというのにも関わらず、レジーナは冷静だった。

 斬撃を放った刃を一瞥すると高速で空間を裂く。それと同時に地面に飛び散るのは、兵士のものとは違う温かな鮮血だ。


「手応えはあった。死んではいないだろうがそこまで浅くもあるまい」


 彼女の言葉に呼応するかのように矢が放たれた場所から旗が掲げられる。

 それは王都解放軍の軍旗だ。剣王ヴェルデが本陣より離れ支援にきたわけではなかった。本陣そのものがすでにゼーレの近くまで進攻していたのだ。


 レジーナは、殺せずともゼーレ・ヴァンデルングを抑え込む時点で役目を果たしていたのである。頭脳である彼が苦戦しているうちにヴェルデは、本陣を進攻させた。

 その本陣と挟撃し、王国騎士団の密集陣形を崩したのは他ならない「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」である。

 マリアはゼーレに悟られぬよう真後ろからではなく側面から攻め込み、王国騎士団を混乱に陥れた。中央突破により王国騎士団を分断し、ヴェルデの本陣と挟撃にて壊滅させた。

 

 マリア達が転生者に勝利し強襲してきた時点で、もはや勝敗は決していた。

 ゼーレの逃亡により王国騎士団は瓦解。迫る剣王の本陣と死神の部隊を見た兵士は、戦うどころか逃げる気力すらなかった。

 そして、<ヴェットシュピール>における国内最大規模の内戦は終焉を迎えた。



 王都アフトクラトラスにそびえ立つ白き王宮の地下で、わずかにうめき声が響いていた。

 陽が落ち周辺は暗闇に閉ざされようとしている。そんな中、ランプの光に照らされるのは苦悶に満ちた表情を浮かべるゼーレ・ヴァンデルングの姿だ。彼は痛みが走るのか腹部を抑えたままよろよろと歩いている。


 双剣聖による斬撃は、致命傷には至らなかったが決して浅い傷ではなかった。さらに「精霊の竜牙」の炎の剣で切られたため傷口は焼け、傷の治りが極端に遅い。

 そんな動かすたびに痛みが走る体で、ゼーレはある場所へと向かっていた。


 王都の地下に佇む人気のない地下室。

 その封印された扉の前にゼーレは立つ。封印に触れ魔法構成を刻むと扉は音も無く開いた。

 奥へと続く階段の先はぽっかりと空間が広がっている。ゼーレはそこへたどり着くと短く光の魔法を放った。それにより真っ暗な部屋に灯りがともされ、周囲の光景が彼の視界に広がる。


 おびただしい数の書物が部屋の壁に佇む室内をゼーレは無言で歩いた。

 そして行き着く先は、さらに広大な玄室。周辺は闇に閉ざされ物音ひとつしない。だがぼんやりと中央に二つの灯火が浮かんでいた。

 光により照らされたその存在を見てゼーレは一瞬、驚愕したのか目を見開く。暗闇に浮かぶは紫紺の輝き。転生者、(かがみ) 鳴落(めいらく)の姿だ。


「ベルフェ!? どうやってここに!?」


 何も答えずまるで亡霊のように立っている彼に、ゼーレは苛立ちを覚えたかのように眉根を寄せる。

 元はと言えばこの男がマリアに負けたのがヴェットシュピール戦における敗因だ。エスペランスが妙な正義感に突き動かされ、王都解放軍に参加したのもそうだ。

 さらに言うなら剣王ヴェルデ。あの男がこともあろうに死神であるマリア・デスサイズを引き入れたのが最大の敗因だ。


 すべてがゼーレの思惑通りに動かなかった。

 役立たずの転生者ども。裏切ったツヴァイフェル。自らに傷を負わせたレジーナ。カスティゴ国王に従わず戦争を起こした張本人ヴェルデ。そして全ての計略を覆した死神マリア。

 全てが憎い。ゼーレ自身は何も間違いはない。従わない馬鹿者どもが窮地に陥った全ての元凶だ!

 そう思ったであろうゼーレは怒り心頭といった様子で、痛みも忘れたかのように鏡に駆け寄る。


「答えろ!」


「……ゼーレさん。ここにあるのはなんですか?」

 

「答えろと……言っている!」


 ゼーレは怒りに身をまかせ鏡を殴り倒した。

 転がる彼を何度も踏みつけうめき声をあげる鏡を見下ろすと、肩で大きく息をしながら悪鬼のごとく口角を上げる。


「……いいだろう。それじゃお前に教えてやる! 転生者? そんなものはこの世界にはいない! お前達はなぁ。豚だよ豚! 人なんかじゃない。そんな価値はない! 勇者様とかおだてられてその気になってる哀れな家畜だ!」


 再び鏡の体をゼーレは踏みつけた。


「お前達の体は魂縛した魂を結び付けた人形だ。一年に一度、王都の空に満月が輝く時がある。その時、全ての魂が一度、あるべき場所に帰るために収束するのだ。私はそこに網を張った。魂縛に成功した魂を使って兵士を生み出すためだ。使い捨ての豚のような兵士をな!」


 何度も蹴られながら鏡は抵抗しなかった。時より怒りとも悲しみとも似つかないうめき声だけがこぼれていた。


「能力を使いたくても使えまい! この部屋はある魔力を発生するクリスタルが設置されているからなぁ。それがある限り、お前達はただの豚に成り下がる」


 ゼーレの怒りと憎しみが混在した醜く歪んだ顔が鏡へ近づく。


「お前達に能力を与えた私に礼の一つくらい欲しいものだ。あれは異世界ではなくこの世界でのみ発現するらしい秘められた力。元々、この世界に生まれていた場合、潜在能力として持ち合わせていたであろう能力を私が引き出したのだよ。……そんな苦労をさせてまでお前達は! お前達は私の役にも立たない豚だった! 三年五年は生きるはずなのに生き残ったのはお前だけか!」


 力の限り鏡を蹴り上げると、途端に激痛が走ったのかゼーレは苦悶の表情を浮かべよろめき地面に座り込んだ。しかし直後に卑しい笑みを顔に貼りつかせる。


「……もっとも。たかだか二年程度で死んだ貧弱な雌豚がいたようだがなぁ!」


 その言葉が響いた瞬間、鏡の手が大地を突く。

 震える体を起こし、まるで怒りに染まったかのようにアメジストの瞳が光り輝いた。


「なんで。……どうして」


 鏡の脳裏に浮かび上がるのは、死んでいった仲間達の姿。

 そして、青い髪を揺らし笑顔を見せている(のぞみ) 結愛(ゆうな)の姿だった。


「どうして! ボク達をあの世界で死なせてくれなかったんですか!」


 叫び声が暗い室内に響き渡った。

 その気迫にゼーレは一瞬、たじろぐかのように言葉を詰まらせると「ふん。豚が吠えおって」と短くつぶやく。


「お前達、豚のことなど知るか。どうせお前など捨て駒にすぎん。そう。私には手駒はまだまだ健在だからなぁ!」


 起き上がるゼーレは両手を広げた。

 それと同時に広い空間に光が灯され、周囲の状況が鮮明に映りこむ。鏡達を取り囲むそれは魔法筒(マジックシリンダー)に保管された推定十六歳ほどの少年少女の姿。

 裸の彼らは死人のごとく肌は蒼ざめ、頭部には縫合した形跡があった。それは頭部を切り開き、魂を魂縛した魔法石を埋め込んだ跡だ。


「私は間違いを犯した。お前達、豚に自由意志を与えたことだ! そんなものはいらない! 私の意思に忠実に働く兵士。それが必要だったのだ!」


 狂気に満ちた瞳を輝かせ、ゼーレは天を仰ぐ。


「さぁて! 儀式をはじめよう! 今こそ目ざめ王都解放軍を滅ぼすのだ!」


 笑い声を上げるゼーレを見据え、今だ地面に伏せる鏡は、震える声で言葉を紡いだ。


「……マリアさん。あなたの言う通りでした」


 その言葉が響いた途端、ゼーレの笑い声がピタリと止まる。

 ゆっくり視線を動かす彼の視界に映るもの。それは血のように赤い紅玉を輝かせるマリア・デスサイズの姿だった。

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