第46話「儚い理想」
マリアは肩口から流れ出る血を気にすることなく、大鎌を横に構えた。
本来であれば彼女の体は傷口を即座に再生する。しかし聖剣に秘められた<神聖属性>にはそれを阻害する効果がある。
神聖属性に関与するのは光の精霊だ。その力の源は四大元素とはかけ離れた存在。マリアの生みの親である創生の女神へとたどり着く。
彼女の唯一にして最大の弱点が女神の力という事実は、マリアでさえ女神の掌の上を泳ぐ一匹の魚にすぎないことを表しているのかもしれない。
マリアの紅玉の前で白魚のような鏡の手がひらひらと舞う。
複製顕現の言葉と共に紡ぎ出されるのは、緑色に発光する光の渦だ。
「暴食のスキル発動。身能吸収」
周辺の兵士より立ち昇る緑色の光は、一筋の虹のように紡がれ鏡へと注がれていく。その瞬間、まるで体力を奪われたかのように薔薇騎士団の騎士達が地面へと崩れていった。
彼らは何が起こったかわからないといった様子で目を見開き、地べたを這いずり回っている。マリアは素早くそれを一瞥すると、鏡へ鋭い視線を送った。
「……身体能力を奪わせてもらいました。あなたは強すぎますので」
彼の言葉とほぼ同時にマリアの足が大地を蹴る。
噴き出す血をもろともせず、紫色のドレスが舞った。三日月を形成した巨大な刀身が唸りを上げる。
一閃と共に響き渡るは硬質な金属音。火花が散ると同時にマリアの瞳に映るのは、斬撃を抑え込んだ金色の錫杖だった。
「複製顕現。顕現せよ。七宝剣」
天を突く七本の光の柱。眩い輝きと共に浮かび上がるは金色の大剣。
それはあの大浴 強一が繰り出した「強欲の運命筒」の持ちうる最大の殺傷能力を発揮する七本の斬撃だ。
「斬撃行為。発動」
七つの剣戟が即座に後退したマリアに襲いかかる。
真紅の瞳が鋭い眼光を放ったと同時に間隙を縫うように、彼女の体が躍動した。それはあらゆる障害物を乗り越え獲物を狩る獣のごとく、斬撃の雨を掻い潜っていく。
七つの斬撃を紙一重で回避し、マリアの左足が大地を穿つ。体ごと打ち出された強烈無比な斬撃。それは空気を揺さぶる響きと共に鏡へと剣閃を生み出した。
その瞬間、彼の整った唇が言葉を紡ぐ。
「複製顕現」
刹那。巻き起こるは炎を伴う爆発。白煙と共に血をまき散らし吹き飛んだのは、大鎌を握りしめるマリアの右腕だ。
傲慢の星明。あの転生者、高枝 陽樹が使用した不可視の爆弾。マリアの斬撃に合わせ複製したそれは、回避する暇すら与えない。
しかし、真紅の瞳は輝きを失わなかった。左腕のみとなった体で爆炎を掻い潜り鏡の懐へと潜りこむ。
右腕を犠牲とした密接距離からの強打。大鎌を失った彼女の咄嗟の判断力から生み出された拳がらせん状の風を纏った。
マリアの膂力ならば拳一つでも人の体を肉塊にできるほどの破壊力を有する。それが炸裂すれば転生者とて命はない。
「咄嗟に素手に切り替えるとは……さすがですね」
ひしゃげ潰れるのは鏡の肉体ではなかった。硬質な響きと共に血煙をあげたのはマリアの左腕。
彼女の拳に合わせるように潜り込ませた鏡の左手に衝撃の波紋が広がっている。魔法障壁の表面を拳の破壊力が流れていく瞬間だった。
それは転生者、情島 朱莉が有する障壁「憤怒の城壁」である。
右腕を吹き飛ばされ、左腕を破壊されたマリアが一瞬、体勢を崩すかのようによろけはじめる。その瞬間を鏡は逃さなかった。
素早く右手で聖剣の柄を握り、腰を落とす。鞘走りから速度を上げ、右足の踏み込みと同時に白刃を煌めかせた。
「ボクの身に何が起ころうとあなたさえ倒せれば……仲間を守れたらそれでいい!」
抜き放たれた刃は、精密にマリアの首元へと軌跡を生む。
彼女は動かない。
「あなたさえ死ねばそれでいいんだ!」
「……本当にそれでいいのか? 転生者め」
刹那。響くは金属音。弾き跳ぶのは刃と刃が衝突した火花。
瞬時に再生した右腕が大鎌「死神の大鎌」を具現化させ、鏡の渾身の斬撃を止めた。
交差する刃の向こうで真紅の瞳が輝いたその時、まるで見えない壁を押し付けられるかのような巨大な圧力が鏡を襲う。力を込めたと同時にマリアの大鎌が聖剣の刀身ごと彼の体を後退させた。
驚愕したかのように目を見開く鏡を、マリアの鋭い眼光を放つ紅玉が貫く。
「人形として惨たらしく死にたいか? 私に刃を向けてまで生きようとするお前の最後の姿がそれか?」
マリアはゆっくりと大鎌を構えた。
漆黒の刃が小雨の中、彼女の思いを乗せ黒曜石のごとく光り輝く。
「それがお前にとってこの場にいる意味なのだとしたら、腐った汚泥の理想に埋もれて死ね! 転生者!」




