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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第41話「深慮遠謀」

 煌々と灯されたランプの光の下、浮かび上がるのは頭髪のない頭。

 群青色のローブを身に纏った王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルングの目の前に奇妙な魔法陣が空間に刻まれている。そこに映し出されるのはぼんやりとした人影だ。

 鮮明に映し出されることのないその人物は、辛うじて赤い髪に比較的若い男だということだけが見て取れた。ゼーレは鋭い瞳をその男に向けながら言葉を紡ぐ。


「その情報、間違いないな?」


「……えぇ。ヴェルデ・シュトルツは次の戦に全勢力を投入します。想定七千。当然、あの死神率いる紫の薔薇騎士団も含まれます」


「戦になる場所はおそらくアフトクラトラス領内の平原<ヴェットシュピール>になるだろう。周囲は山岳地帯だが……剣王の作戦はどうなっている?」


「平原にて小細工なしのぶつかり合いです。薔薇騎士団による側面からの奇襲案もありましたが、周辺は山岳地帯ゆえ騎馬隊には不向きです。死神マリアを先頭に正面から突撃しますよ。あの人は」


「わかった。ご苦労。こちらもそれを想定しておこう」


「……ゼーレ様。忘れていないですよね?」


 会話をやめようとしたゼーレに男が語り掛けた。


「忘れてなどいない。この戦が終われば君の身の安全は保障する。それと王国騎士団での同じ階級の授与、さらに満足に暮らせるだけの金は用意する。案ずるな。私は約束は守る男だ」


「期待しています」


 その言葉を最後に魔法陣の人影は消滅した。ゼーレはそれを見据えるとふんっと鼻で笑う。


「……金に目がくらんで主すらすぐ裏切る男めが。せいぜい手の内で踊るがいい」


 ゼーレは部屋を後にすると薄暗い通路を歩き始めた。

 周囲は暗く染まった夜。通りすぎるのは見回りの兵のみだ。


「問題はエスペランスとミゼリコルドがどれだけ兵力を導入するか……だな。とくにエスペランス黒色騎士団は危険だ。七千という数は過去最大。相当数のエスペランス兵が紛れ込んでいると考えていいだろう。最悪、試作ではあるがあの<新兵力>を導入せねばなるまい……」


 王宮魔術師の書斎に近づいたその時、小声でそう呟きながら歩く彼の動きがピタリと止まる。

 扉の前に立つゼーレの視界に映るのは空色の髪を持つ少女のような姿。転生者、鏡 鳴落の持つアメジストの瞳がゼーレを見つめていた。


「ベルフェか。どうした?」


「ゼーレさん。お話しがあります。次の戦の作戦についてです」


「……いいだろう。立ち話ではなく中で聞こうか」


 ゼーレに促され書斎に入ると鏡は椅子に腰かけた。部屋の奥からワインを持ちだしテーブルに置くとゼーレは、その少女のような容姿を見つめる。


「では、今回の作戦に関して君の意見を聞こうか」


「本陣とは別に背面からの奇襲に対応した迎撃部隊の編成をしてください」


「戦場は山に囲まれた平原<ヴェットシュピール>だ。背面からの奇襲ならば騎馬隊であると思われるが、山岳地帯をそれなりの数の騎馬隊が移動するのは無理がある。そのような策はおそらく講じないであろう」


「ですが山に囲まれた場所であれば本陣の兵站線を断たれると孤立します。さらに背面を取られ挟撃される恐れもあります。あの死神の騎士達ならやりかねません」


紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッターか。だが私の手に入れた情報では、あの死神マリアは真正面から突撃してくるとの話だ。ベルフェ達にはそれを迎撃してもらいたい」


「シングラーレ平原での戦いをお忘れですか? あの戦で紫の薔薇騎士団は高枝……ルシの能力である傲慢の星明ルシファー・ルス・エストレスの地雷原を駆け抜け死角を取りました。彼らなら山を乗り越え背面を取りかねません」


「……ふむ。では君はどう考えている?」


「本陣とは別にボクを含めた転生者達とあの部隊で紫の薔薇騎士団を迎え撃ちます。そしておそらく死神はそれを承知で来ることでしょう。本陣同士の戦の影で繰り広げられるその戦いが、ボクらにとっての最終決戦になると思っています」


 鏡の真剣な眼差しを受け、ゼーレは顎に手を添えて思案するかのように視線を下へと落とした。

 しばらく沈黙が流れた後、彼はおもむろに鏡を見つめる。


「……いいだろう。兵力は君の部隊を含めて千人ほどだ。それ以上は出せない。おそらく紫の薔薇騎士団もほぼ同数だろう。今度こそあの死神の首をとってくるのだ」


「はい。ありがとうございます」


 鏡は一礼すると部屋から姿を消した。

 ゼーレはその背中に視線を移すことなく、今だテーブルの上で揺れる赤いワインを見つめている。


 鏡の言葉とあの男の言葉。どちらが真実か。

 仮に鏡が間違っていたとしてもそれならばそのままヴェルデの背面をつけばいいだけの話。それにあの男は常にゼーレに真実の情報をもたらしてきた。今更、掌を返すとは到底、思えない。


 ゼーレ・ヴァンデルングはそう考えていたに違いない。




 その日はこれから起こる戦という惨劇の行く末を暗示するかのように、どんよりとした空が広がっていた。

 山岳地帯に囲まれた平原「ヴェットシュピール」に鎧のこすれる音が響き渡る。行軍する騎士達がにらみ合うようにその動きを止めた。


 王国騎士団、その数六千。対する王都解放軍、同数の六千。

 汚泥の空を飛ぶ鳥の目を盗み、王都解放軍の全貌を知ったゼーレ・ヴァンデルングは、怒り心頭といった様子で声を張り上げる。


「ツヴァイフェル! 貴様! 私を裏切るつもりか!」


 ゼーレに王都解放軍の情報を流していた男……ツヴァイフェルの話では王都解放軍の総数は七千。そしてその中にマリア率いる「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」も含まれていたはずだった。

 しかし実数は六千の上にマリアの姿はそこにはない。彼女とその騎士団はどこへ行ったのか、この時点でゼーレには理解できていたに違いない。

 鏡の言葉が真実を突いていたのだ。


 ゼーレの咆哮が届くはずのない離れた場所で赤髪を揺らし、ツヴァイフェルは口角を上げる。

 同数なら数の上では互角の戦い、さらに伏兵はかの「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」だ。転生者さえ始末できれば王国騎士団の兵站線を断ち、挟撃へ持ち込める。

 彼は最後でゼーレではなくヴェルデを選択したのである。


「……悪いな。ゼーレのおっさん。俺はねぇ。勝てるほうを選ぶんだよ」


 その時、ツヴァイフェルの小さなつぶやきをかき消すかのように兵士達の雄たけびが大地を揺らす。

 王都解放軍の中央で白銀の鎧を身に纏ったヴェルデが一振りの剣を抜いた。それは彼が騎士階級の最高位「聖騎士(パラディン)」たる証。汚泥の空の中ですら輝きを失わない聖剣だ。

 ヴェルデは、その聖剣を掲げ叫ぶ。


「王都解放軍! 突撃!」

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