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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第40話「餞<はなむけ>」

 コンフィアンス領内王都解放軍駐屯地。その中の板張りの部屋で仰向けに転がっている人物がいた。

 大きく息をするシオン・イティネルである。肌に汗を浮かび上がらせ体を休める彼女に、紫のドレスをなびかせマリアが近づく。

 紅玉がシオンの顔を覗き込んだ。


「これから戦争だって時に休みもせず訓練とはあんたらしいわ。しかもあの双剣聖とね」


「はい。ちょっと二刀の相手を想定してまして。ここアフトクラトラスだと二刀流はやっぱりレジーナさんかなぁって」


「よくあの残虐の女王(グラオザム・レジーナ)が模擬戦なんかに首を縦に振ったわね」


「最初、全然相手にしてくれませんでしたよ。でも『胸が大きいからって嫌わなくてもいいじゃないですかー』って言ったら引き受けてくれました。……えぇ。鬼の形相で」


「あんた煽るの結構、得意よね。それで? さんざんやられて寝そべってるわけ?」


「まったく手も足もでませんでしたー! でも収穫はありましたよ」


 笑顔でそう語る彼女にマリアは微笑みで返すと、突如、シオンが上半身を起こす。その表情は先程の笑顔が消え去り、真剣身を帯びた黄玉をマリアに向けていた。


「隊長。一ついいですか?」


「何?」


「隊長にとって転生者との戦いって……何の意味があるんですか?」


「転生者を殺す。それ以外に何があるの?」


「私、思ったんです。最初、隊長は不愉快だから殺すって言ってました。存在が許せないからだって。だけど今の隊長は違うんじゃないかって」


 シオンの言葉にマリアは動かない。

 怒りを露わにするわけでもなく、氷のように冷酷な表情を浮かべるわけでもない。ただじっとシオンを見つめたままだ。


「私に転生者達の正体や最後にどうなるかを教えてくれましたよね。その時、感じました。隊長の中で彼らに対する何かが変わっている。確かに命を奪おうとしていることは変わらない。だけどそこに何か意味があるんじゃないかってそう思えたんです」


 シオンの黄玉とマリアの紅玉が交差する。

 しばらく沈黙した後、マリアが口元をほころばせた。


「……そんなことを私に言うのはあんたくらいだわ」


 マリアはシオンから視線を逸らすと窓の外を見つめた。

 その表情にはどこか慈愛に満ちている。まるで聖母のように。


「確かに最初はあんたの言う通りよ。不愉快ただそれだけ。しかし今は違う。このくそったれ女神が作った箱庭の中で奴らは奴らなりに生きる意思を持ち、許されない存在でありながら生きようとこの私に刃を向ける。その女神に歯向かうと同意義の彼らに少し興味を抱いたのよ。女神の元で真の神となれる立場を捨てたかつての私に思えてね」


 マリアは真の神となるのをやめた。そして女神が舞い降りる地「女神の遺産(エリタージュ)」を離れた。

 魂は完全体でも肉体はそうではなかった。それゆえ取り換える必要があった。もし女神の元にいればいずれは完全体になったかもしれない。


 しかしマリアは女神が敷いたレールの上をただ動くだけの存在にはなりたくなかった。

 マリア……いや原名「プリメーラ」はこの世界でただ一人であり、何者にも縛られず自らの意思で生きていく存在でありたかった。例えそれが女神の意思ではなかったとしても。

 そんな彼女は、この世界において許されない存在でありながら、それに縛られることなく生きようとする転生者に、かつての自分を見ていたのかもしれない。


「彼らはいずれ死ぬ。あの男のように。しかしそれが彼らの死ぬべき姿なのかしら? この世界の調整者としてあえて言うわ。彼らは人として死ぬべきだ(・・・・・・・・・)


 シオンはマリアの凛とした立ち姿を黙って見つめている。

 温かな陽光に包まれた美しき死神は、彼女にとって輝いて見えていたに違いない。はじめてマリアに出会ったあの時のように。

 そこに立っているのは紛れもない女神そのものだ。


「だからこそ私は……マリアは転生者を皆殺しにしたい。それが彼らに対する私からのせめてもの手向けだ」


 彼女のその言葉が響き渡った瞬間、すっとシオンは立ち上がった。

 視線を移すマリアの真紅の輝きとシオンの金色の輝きが重なり合う。そこには笑顔を向けるシオンの姿があった。


「私はあなたの副官です。あなたが戦うというのなら私はそれに従います。……だけど正直に言います。できれば彼らを助けられないかって私、心のどこかで思ってました。でも今の一言で迷いが消えました。それが彼らにとって正しい最後の姿なんだと思います」


 シオンの言葉にマリアは微笑みで返した。

 その時、一人の騎士が二人に駆け寄る。マリアとシオンの視線を受けて彼は敬礼の姿勢を取った。


「ヴェルデ様から通達です。二日後、王都への進軍を開始するとのことです! 本日、これより作戦会議が開かれます。マリア殿、シオン殿お二人に招集がかけられております。ぜひご同行ください」


「わかったわ」


 マリアの表情から微笑みが消える。

 そこにいるのは美しくも鋭い紫の薔薇。「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」隊長であり、世界の調整者ワールド・コーディネーターであるマリア・デスサイズだ。


「シオン。いくぞ。最後の戦いに」

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