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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第3話「シオン・イティネル」

 目の前で小刻みに体を揺らし敬礼をする黒髪の女を一目みたマリアの感想は、まったくもって頼りないというものだった。

 慣れない動作のせいで徐々に体は傾き、慌てたかのようにそれを元に戻すシオン。緊張しているのか顔はこわばり、おそらく通常は端正であろう顔立ちも眉間に皺が入っていて台無しだ。

 体つきはどうみても戦闘経験のなさを物語っていた。弱弱しく覇気がない。まるでその辺をうろついていた農民に軍服を着せ無理矢理、敬礼をさせているかのようだった。

 威勢よく入室した割に騎士らしさの欠片もない彼女にヴェルデは、肩をすくめため息をついた。


「落ち着け。シオン。お前の念願がかなったぞ」


「……へ? ヴェルデ総大将。それってまさか……?」


 ポカンと口を開けた間抜け面を浮かべるシオンに、ヴェルデはテーブルの上に片膝をつき彼女を見据えた。


「そのまさかだ。本日より上級騎士マリアの副官を命ずる」


 その言葉に驚いたかのように目を見開き固まったシオンだが、みるみるうちに満面の笑みへと表情が変わっていく。まるで子供が欲しがっていた玩具を親から買ってもらったかのようにシオンは嬉しさのあまり身を躍らせた。


「やったぁぁ! これでマリア隊長のお傍に居られるんですね! 覚えてます? あの物資輸送の時に会いましたよね!?」


「あんたなんか知らないわ」


 目を輝かせるシオンとは対照的にマリアの視線は氷のように冷たい。


「あれ? でも念話(ケレブルムラング)で会話しましたよね? あれ私しかできないはずだから……。もしかして忘れちゃいました?」


「あぁ。あの時の。私の脳の中へ直接、言葉をぶちこんだ無礼千万なクソ女か。思い出したわ」


「あの……なんか敵意バリバリ感じるんですケド! ヴェルデ総大将!?」


 殺気がこもったかのごとく妖しく輝く紅玉にたじろぐシオン。助けを求めるかのように彼女は弱弱しい視線をマリアの背中越しから見据えるヴェルデへ投げかけた。


「やかましい。別にこの場でとって喰われたりはせんわ! それより念願がかなったのであろう? 自己紹介でもせんか」


「はい! シオン・イティネル二十歳。剣だめ弓だめ魔法だけ! それでもマリア隊長への思いだけは誰にも負けません! マリア隊長最高です! あの大鎌でばっさ! ばっさ! って切りまくるのは本当にかっこいいです!」


 身振り手振りでマリアの雄姿を再現し、瞳を爛々と輝かせ熱く語るシオン。しかしそれを見るマリアの表情は真逆で冷水を浴びせるがごとく冷めている。


「ねぇヴェルデ。この子。頭大丈夫なの?」


「お前の熱烈な信仰者だ。シオン・イティネル。二十歳。戦闘技術はからっきしだめ(・・・・・・・)。剣すらろくに握れない。弓もだ。だが乗馬だけは妙に上手い」


「馬に乗ることだけが取り柄の人間を副官に据えるなんて、何かの嫌がらせかしら?」


「お前に武勇に優れた人間などいらんだろう。お前に必要な部下は頭のイカれた(・・・・・・)人間達だ。お前の人間離れした壮絶な戦闘を見ても尻込みすることなくお前についていこうとする頭を支える軸が吹き飛んでいる奴らなんだよ。そういう意味では彼女はまさに適したイカれ具合(・・・・・)だ。何せお前の副官を熱烈に希望しているのだからな」


 当の本人は二人の会話を気にする様子もなく、今だその目でみたマリアの武勇伝を吟遊詩人のごとく全身を使って語り続けている。それをテーブルに片膝をつきマリアは見据えていた。

 ヴェルデは面白くない演劇を見ているかのように興ざめした表情でマリアへ言葉を続ける。


「副官に任命したのは訳がある。まったくの役立たずならばいくら熱烈な希望があろうと通るわけがない。彼女には特異な能力がある。魔法の才というべきか……一般的な魔法使用者を遥かに凌ぐ索敵能力と彼女にしか扱えない念話(ケレブルムラング)という口を介さない会話方法を取得している。お前にとって役に立つ能力なはずだ」


 彼のその言葉でマリアの脳裏に自らの初陣の光景が蘇る。

 戦場において情報伝達は生死を分ける要因にすらなり得る。多くの場合、それには狼煙などを合図として使用していたが、シオンの持つ念話ならばさらに細かく情報の共有と発信が可能となる。それは彼女の戦闘能力のなさを補って余りある要素だった。


「残りの兵に関しても希望者がいる。またお前自身も募兵するがいい。条件は任せる」


 話疲れて肩で大きく息をするシオンを見て、呆れたかのようにため息をつくとヴェルデは立ち上がる。「あとは任せる。何かあったら報告するように」と短くシオンへ話しかけると彼女の慣れない敬礼を一瞥し部屋を後にした。

 剣王の後ろ姿を目だけで追うシオンを妖しく光る紅玉が貫く。片膝をついたままのマリアは物言わぬ人形のように彼女を見据えていた。

 何か話題を出そうとあれこれ言葉をひねり出しているのだろう。シオンの瞳が焦点が定まらず右往左往しているその時、短く凛とした声音が部屋に響き渡る。


「……腹が減ったわね」


「お……お任せください! ご用意してあります!」


 パッと表情が明るくなったシオンは、ごそごそと扉の奥から木箱をマリアの目の前に運んできた。椅子を回し無表情で見つめる彼女へシオンは自慢げに微笑み箱を開封する。

 真紅の瞳に飛び込んでくるのは血のように赤い大量のトマトだった。「ブラッドトマト」と呼ばれるシュトルツの名産でその名の通り赤黒いトマトだ。

 だが物騒な名前に反して甘く美味しい。戦場において血の雨を降らすマリアにはまさにぴったりの食物だと言える。


「トマトが大好きだという情報はすでに知っています! 隊長への敬意と愛をこめて持ち金でありったけのトマトを買ってきました! ぜひご賞味ください!」


 星々のように瞳を期待で輝かせシオンは屈んだまま両手を広げてみせる。その瞬間、空を切る音と共に繰り出されたのは剃刀のごとく鋭利な曲線を描くマリアの片足だ。「うぼっ」という声と共に顎を蹴られシオンは床を転げまわる。


「痛いです!」


「あんた馬鹿? こんな大量のトマトを私に喰えとでも言うの? 体がトマトになってしまうわ。あんたの頭の中は脳みそではなくてトマトが詰まってるんじゃないの? そのデカい胸を切り取って代わりにトマトでも詰め込んであげましょうか?」


「ううううう……」


 痛みが走るであろう顎を抑えながら涙目で立ち上がるシオン。マリアは無造作に木箱の中からトマトを一つ取り出すと、それを品定めするかのように眺めながら「きちんと処分なさい」と冷徹に言い放つ。

 シオンは「はい……」と短く答え木箱を抱えて部屋から出ていった。その後、どうやら駐在している騎士達に配っている様子で「戦場にトマトなど持っていけるか!」と怒鳴る声と平謝りするシオンの声がマリアの耳に響いていた。


 部屋に一人取り残されたマリアはゆっくりとトマトを口へ入れる。

 彼女の体はほぼアンデッドに近い。不老不死でたとえ体が破損しようとも再生する。食物も水さえ摂取する必要がない体だがそれは「欲求がない」ことへは繋がらない。「食欲」「睡眠欲」という三大欲求と言われる基本的な部分は人間と同様であり、「腹が減らない」わけでないのだ。

 だからこそ「美味」というものへの欲求も存在する。シオンの用意した「ブラッドトマト」はその点、彼女の合格ラインだったようだ。咀嚼するマリアの顔がほころんでいく。


「……ゴミに配るにはもったいない代物だったわね」


 誰もいない部屋でぼそっとつぶやくマリア。その時、彼女の脳裏に何者かの声が響く。

 当然、シオンの念話ではない。彼女の念話はシオン特製の刻印を刻み込んだ指輪を所持することにより、口を介さない脳内における会話が可能になるものだ。マリアは現在、それを持ち合わせてはいないのである。

 シオン以外に脳内へ直接語り掛けてくる存在。女の声に似たそれに心当たりがあるマリアは妖しく真紅の瞳を輝かせた。


「……何か御用かしら? 世界の監視者(ワールドオブザーバー)


 世界の監視者(ワールドオブザーバー)。それは世界の創造主たる創生の女神が最初に生み出した「神の遺産」と呼ばれるものの一つ。その名が示す通り「世界を監視する」のが彼女の務めだ。

 その監視者の指示に従い、均衡を破る者を排除するのが世界の調整者ワールドコーディネーター。つまりマリアである。もっとも彼女は気まぐれで簡単に首を縦には振らないわけだが。


『まさかお前が軍属に下るとはな。その幼い体といいお前の気まぐれは本当に理解できない』


「小言をいうために話かけているわけではないでしょう? 転生者のこと……かしら?」


『そうだ。あの世界の均衡を崩す可能性がある者達……転生者だがお前はすでに二人殺している。残りは五人だ』


「思ったより少ないのね。本当に均衡を崩す存在なのか疑問に思えるほどだわ。もっともたとえ違うとしても殺すけど。あの存在は実に……不愉快極まりない」


 力を込めたブラッドトマトが手の中で砕け血のように赤い汁が地面に滴る。

 まるで潰れた人の頭のように映るのだろう。見つめるマリアはそれをさも愉快そうに口元を歪ませ口へ放り込み喉を通すと、艶めかしく舌で汁を舐めまわした。


『私が脅威に感じるものは彼らの能力ではない。彼らが持ち込む異世界の知識(・・・・・)だ。今だそれは静寂を保っているがいつ開花するかわからない。間違いなく均衡を脅かす存在となるだろう』


「それで、私はこの後どうすればいいのかしら?」


『王都を目指せ。何故ならば転生者達は王都より現れる。王都地下にある私の千里眼をもってしても見ることができない場所。そこに何かある』


「王国騎士団が群がる厳戒態勢の中、王都を目指すねぇ。ならばどのみち私がここにいるのは正解だったわけね」


『今回はお前の気まぐれが功を奏した形になっている。狙うべき場所は王都中心にそびえ立つ王宮の地下だ』


 監視者の声が響くと共にマリアの紅玉が殺意を抱くかのように赤く煌めいた。


「王宮……七賢者のお膝元。そして王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルングの本拠地……か」

 

3話で登場する「世界の監視者」ですが、死世界のシルフィリアでは「ワールドオブサーバー」と表記されています。実はこれは間違いで正確には今作の「ワールドオブザーバー」です。

死世界のシルフィリアのほうは時間をみて後程、全面改稿の予定です。

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