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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第38話「毒牙」

 憎悪が目の前で膨れ上がる。

 まるで瘴気を纏うかのような殺意がシオンを貫いていた。木の陰から姿を現した情島(じょうしま) 朱莉(あかり)は、シオンが見てきた今までの彼女とは違う。まるで生者を憎み嚙み殺す動く死体(リビングデッド)のごとく変わり果てていた。


 対するシオンは凛とした姿で隙を見せず朱莉を見据えている。

 彼女はすでに知っていた。あの死霊魔術師(ネクロリッチ)が語った「人間に死霊武器は使えない」という言葉の意味も。それにより生まれたマリアの予想を裏付ける大浴 強一の突然死の原因も。

 全てをマリアから聞かされていた。


 シオンはかつていた同じ世界の人間として。そして今、このアフトクラトラスに転生者と同じく違う世界から来た一人の人間として伝えなければならないと感じていた。

 だからこそここに一人で残ったのだ。


「……副官だけか。あんただけでも血祭にあげたら少しは気が晴れるか」


「あの人を殺された恨みですか」


「あんた達に八つ裂きにされた強ちゃんの叫び声が頭にこだまするんだよ。殺せってな。全員……お前もあの死神も全部、皆殺しにしろってな!」


「……それは転生者大浴さんの言葉ではありません」


「お前にあいつの何がわかる!?」


「大浴さんはマリア隊長との一騎打ちの末、敗れました。愛する者を守るために刃を振るった真の騎士でした。確かにマリア隊長の斬撃は致命傷でした。ですが直接的な死因は……突然死です」


「でたらめ言うんじゃねぇ!」


 ゆらりと朱莉の体が揺れる。今にも飛びかからんとする猛獣のごとく、姿勢を低めた彼女の両手に握られているのは二本の双剣。体術に優れた朱莉に最も適した武器だ。

 腰に備え付けられた鞘から抜き放たれる鈍い光に呼応し、シオンは愛用のレイピアの柄を握る。


「でたらめではありません。彼だけではない。あなた達転生者全員の末路がそれです。あなた方はいずれ死ぬ。私はかつて同じ世界にいた人間として、マリア隊長との闘いの行く末とあなた達の最後を見届けるつもりです」


 ゆっくりと鞘から解き放たれる刃の切っ先を朱莉に向け、シオンは鋭く黄玉を輝かせた。


「そして、あなたが聞こえるという声はあなた自身が語っているもの。あなたの憎悪が生み出しているもの。憎しみに捕らわれ変わり果てたあなたを大浴さんは見たくないはずです。私もそんなあなたを見たくない」


 シオンの声が響いたその瞬間、憎悪の獣が素早く四肢を躍動させる。

 右手に握られた剣が白刃の弧を描いたと同時に、上半身を後退させ斬撃を回避するシオン。すかさずレイピアの刃が朱莉へ軌跡を走らせる。

 狙いは伸びた朱莉の右腕。交差するかのように繰り出された斬撃が彼女の右腕を切り裂いた……はずだった。


 シオンの鼓膜を震わすのは硬質な響き。手に返るのは金属を叩いたような衝撃。間に割ってはいるかのように朱莉の左手に握られた刃が、レイピアの斬撃とぶつかり火花を散らす。

 眼前で朱莉の体が足を軸に回転。シオンの刃を弾くと同時に遠心力を乗せ右手の短い直剣が鋭利な軌跡を描く。


 シオンは完全に姿勢を崩していた。朱莉の刃を阻むものは何一つなかった。

 しかし彼女の黄玉に映りこんだのは自らが流す血ではなく、金属同士がぶつかりあった火花だった。シオンだけではない。朱莉さえその光景に驚いたのか目を見開いた。


 朱莉の斬撃を止めたのは漆黒の鎌。それはシオンが常に見ていたマリアの大鎌だった。しかしその黒塗りの柄を握る手はマリアではない。

 振りむいた朱莉が憎悪に濡れた瞳で「彼」を見つめた。


「……鏡」


 刹那。転生者鏡 鳴落の鋭い手刀が朱莉の後頭部を強打する。斬撃体勢で防御に意識がいってなかったであろう朱莉はその場に崩れ落ちた。

 そんな彼女を手で支え鏡はアメジストの瞳をシオンへ向ける。


「……彼女は寝てないんです。食事も取っていない。大浴さんの亡霊に憑りつかれてしまっている。本当は彼はこんな朱莉さんを見たくないはずなのに」


「……何故、助けてくれたんですか?」


「あなたは朱莉さんを殺すつもりはなさそうでしたから。もしそうでないなら見捨てるどころか加勢してましたよ。ただできればあなた達との決着は戦場で……と思ってましたので」


 そこまで口にすると鏡は微笑んでみせた。


「自己紹介が遅れました。ボクは(かがみ) 鳴落(めいらく)といいます」


 物腰の低い優しい声音。仮にも戦うべき相手を前にしての不意の微笑みにシオンは、驚愕して目を見開いた。


「シ……シオン・イティネルです……」


「あの水場での一件以来ですね。あなたのことは実は大浴さんから聞いていました。王都解放軍にすごい美人な剣士さんがいるって。そしてその人が……日本の事を知っていたって」


「……そうですか」


「もし今の境遇でなかったら……もしお互い戦うべき立場になければ、あなたとは仲の良い友達になれたような気がします」


 両手で意識を失った朱莉を抱き上げた鏡をシオンの黄玉が見据える。

 見た目は可憐な少女そのものだ。殺気も何も感じない。しかしその紫紺の輝きにどす黒い炎がわき上がっているかのようにシオンには見えた。

 その瞬間、彼女は理解した。今、この場でもっとも危険な存在は暴走した朱莉ではない。目の前にいる鏡 鳴落だということを。


「それともう一つ。あなたに言いたいことがありまして。……大浴 強一さんの最後を看取ってもらってありがとうございます」


 返す言葉を思いつかずただ沈黙を貫くシオンに、鏡は口元を少しだけほころばすと背を向けた。

 

「ただ次会う時は戦場です。ボクはそこであなた達……いや死神マリアを殺します」


 マリアを殺す。そう言葉を残し鏡 鳴落は姿を消した。

 シオンは彼のそんな背中に冷たく濃密な殺気を感じながら、黙って見つめていた。

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