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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第31話「暴虐のタクティクス」

 生ぬるい血の臭いが混じった風が葉を騒めかせた。

 伏兵として潜んでいたフィロスの隊の元へ「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」が到着する。


 マリアとフィロスの混成部隊の総数二千五百。対するレイザック軍二千。かつて倍の兵力で迫っていた王国騎士団は、マリアに各個撃破され半数以上、損失を出していた。

 王都解放軍フィロス部隊。その中央で青髪を風になびかせるフィロスは、慣れない手つきで左耳を抑える。その指には木でできた質素な指輪がはめられていた。


「マリア殿の予想通り敵は突撃してくる様子。挟撃できなかったのは残念ですが、ここまでは予想の範疇ということですね」


『敵はどうやら私を殺したくてうずうずしているようね。丁重におもてなししないと駄目だわ』


「ここからが正念場ですが兵の士気は高いです。これもマリア殿のおかげ。敬服いたします」


『私をおだてても何もでないわよ』


「素直な気持ちです。……しかしこの念話(ケレブルムラング)……ですか。これは便利ですね。紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッターの迅速な騎馬隊運用は、これに支えられているのですね。副官殿にも恵まれたご様子で」


『やっぱそうですよねー。私って実は結構、すごいですよねー!』


『この馬鹿はおだてたら駄目よ』


 上機嫌なシオンの声音を冷たく刺し貫くマリアの声に、フィロスは苦笑した。

 その時、一人の騎士がフィロスに駆け付ける。「敵軍、動きました!」という緊迫した声音とともに、シオンの念話が響く。


索敵の目(サーチアイ)にて確認。敵性勢力騎馬隊がくさび形陣形にて突撃を開始。紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター迎撃態勢に入ります!』


『ゴミどもの目的は薔薇騎士団を貫き本陣(わたし)を仕留めることにある。私を中心に方陣を組め。そんなに突撃したいのなら通らせてやればいい(・・・・・・・・・)


 死神マリアをまるで守るかのように迅速に騎士達が方陣を組み、突撃を開始。しかしその方陣は途中で割かれ半月陣形に近い形を形成していく。

 シオンが緊張した声音で「接敵!」と響かせたその瞬間、紫の薔薇騎士団と王国騎士団騎馬隊が激突した。

 交差した瞬間に槍と槍がぶつかり合い火花を散らす。王国騎士団は勢いをそのままに紫の薔薇騎士団を切り裂いていった。

 先頭を駆ける騎士の前に障害はない。馬で揺れる視線の先に徐々に姿を現すのは、フィロス率いる歩兵達による密集陣形だ。大地を駆ける蹄の音が近づく中、フィロスは剣を掲げ声を張り上げた。


密集陣形(ファランクス)を崩すな! 盾兵。前進!」


 槍を捨て両手で鉄の大盾を数人がかりで大地に突き刺した歩兵が、体に力を込め大盾で立ち塞がる。


「ここが正念場だ! こらえろ!」


 声が響き渡ったその瞬間、前進した大盾と騎馬隊の槍が激突した。硬質な衝撃音と共に馬のいななきが響き、それを覆い尽くすほどの兵達の咆哮が支配する。

 盾により勢いを殺され、長槍により突き刺され絶命する騎士。馬に踏みつぶされ大地を鮮血で染める兵士。血で血を洗う激戦が繰り広げられる中、はるか後方、王国騎士団の本陣で馬に乗り、(のぞみ) 結愛(ゆうな)は前を見つめる。

 彼女の視界には小規模な魔法陣が展開されていた。シオンが使用するものと同じ索敵の目(サーチアイ)である。シオンほど高性能ではないものの、それでも離れた場所での戦況を観察することは可能だ。


 騎馬隊が突撃した後、結愛は無言だった。

 なるべく犠牲を出さないように、自らが生き残れるように打開策をただひたすら模索していた。そんな彼女が突然、口にしたのは「え?」という驚愕に満ちた声音だった。


「……結愛?」


 朱莉に声をかけられ振り向いた結愛の美しい顔は、蒼白と化し震えていた。


「紫の薔薇騎士団が……!」





 フィロス率いる密集陣形を突き崩さんと槍を振るう王国騎士団の後方で、何かが猛烈に大地を駆け抜けていた。

 白い下地に薔薇の花びら。右手には大鎌、左手には真っ赤なトマトを手にした死神が描かれた連隊旗。それを風になびかせた紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッターだった。


 死棘は決してへし折られたわけではない。マリア達は中央突破されると見せかけて半月陣形からU字へと騎馬隊を動かし、そのまま敵勢力の横を駆け抜け集結。その後背面を取ったのだ。

 先頭をいくマリアは、愉悦に口元を歪ませる。目の前にいるのは背後から猛獣が迫っているとも知らずに、目の前のウサギに気を取られた哀れな狩人の群れだ。


「尻に火でもつけてやれ」


 後方からの蹄の音に王国騎士団の一人が振り向いたその瞬間、その首を大鎌が襲う。

 すべてを切り裂く剣閃。それが騎士達の首を胴体を馬ごと切り裂いていく。まるで投げ捨てられるゴミのごとく吹き飛ぶ人間だった肉の塊に驚愕する間もなく、マリアの斬撃を合図に突撃するのは重騎馬隊だ。


 愛馬を駆るチェアーマンは通り抜け様、槍で王国騎士団の騎士を貫き投げ捨て、暴虐に渦巻く瞳を前に向ける。

 敵はほぼこちらを見ていない。フィロス隊が密集陣形で抑え込んでいるのが功を奏し、挟撃体勢に入っている紫の薔薇騎士団に障害など何もない。槍を放てば敵は貫かれ、剣を振れば首が落ちる。


「いまだ! 攻勢に出るぞ! 盾兵後退! 槍隊前へ! 突撃!」


 フィロスが剣を掲げ叫ぶ。槍を構えた歩兵が密集陣形のまま突撃していった。

 王都解放軍が圧倒的優勢であるにも関わらずマリアには隙が無い。紫の薔薇騎士団を左右に展開させ混乱する王国騎士団を半包囲。槍を構え前進してくるフィロス隊で蓋をし完全包囲を実現させる。それにより逃げ場のない王国騎士団は成す術なく壊滅していった。


 王国騎士団騎馬隊壊滅。

 その報を震える声で結愛から聞かされた朱莉は、茫然として迫り来る死神を見据える。

 少女の容姿を有した死神マリアは、ただの暴虐に満ち溢れただけの暴力の化身ではない。彼女の武力は人並み外れているが、それだけではなくシオンの念話を活用した迅速な騎馬隊運用に加え忠実に従う騎士達。さらにマリアの行動力に洞察力を駆使した戦術が合わさり、この戦場の死神達が生まれるのだ。


 朱莉と結愛は絶望に満ちた瞳で前を見つめた。

 ゆっくりと確実に血に濡れた紫の薔薇騎士団の旗が迫っていた。先頭に麗しき少女の嘲笑とも受け取れる笑みを添えて。

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