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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第2話「剣王が求めし力」

 クレアシオン大陸に存在する巨大国家「アフトクラトラス王国」は、王都アフトクラトラスを中心とし五つの領土に分かれている。

 すなわちそれは「エスペランス」「ミゼリコルド」「シュトルツ」「コンフィアンス」「アイディール」である。そして各々の領土を五大貴族が支配していた。

 王都は国王が座し、宮殿の頂きにはその姿を見ることがない「七賢者」が存在すると言われる。


 その領土の一つ「シュトルツ」内に紛争開始後、急遽、建築された兵舎内にて一人の騎士が椅子に腰かけていた。

 茶色い髪に彫りの深い顔立ち。身に纏う鎧は白銀に光り輝いている。アフトクラトラスでも数少ない「聖騎士(パラディン)」と呼ばれる騎士の称号を得た人間にのみ贈られる鎧だ。

 彼の前に立つのは赤毛の短い髪を持つ比較的若い騎士だった。その騎士は眉根を寄せ男へ問い詰める。


「ヴェルデ総大将。その話。本当ですか!?」


「本当だ。あの女に兵を与える。そして上級騎士(ヴァイスリッター)へ昇格だ。だからツヴァイフェル。あの女を呼んできてくれ」


「……大将。あの女のこと少し調べました。何もわからない(・・・・・・・)。素性も経歴も歳も! わかるのは性別とトマトが好きってことだけですよ!」


「トマトが好きとか健康的ではないか」


「冗談でいってるんですよね? あの女がトマトを好きな理由知ってます? 『潰れた人の頭みたいだから』だそうですよ! 頭おかしいにも程がある。確かに戦闘能力は高いですよ。募兵での実技試験で兵士の人形数体を大鎌で纏めて薙ぎ払ったのはもう兵士達の間ではその話題で持ち切りですよ。しかもあんな小さな少女が……ですからね」


「あの女の功績は褒められるべきだ。先のアミナ防衛戦において転生者を仕留め、我々を勝利に導いた戦乙女だ。確かに人並み外れた戦闘能力の由来は気になるところではあるが今、我々は予断を許さない状況だ。少しでも戦力は欲しい。それはわかるだろう?」


「……相手が明らかに化け物でも……ですか?」


「二言はない」


 きっぱりと言い切ったその言葉にツヴァイフェルは一瞬、肩を落とすとヴェルデに背を向けた。そして扉を見つめつつ彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……ヴェルデ総大将。あんたの副官ではなくかつての友人として言います。あんたは死神に魂を刈り取られる」


「望むところだ。例え死神の力を借りようとも俺はこの戦で勝利しなければならない」


 ヴェルデの言葉を背に受けながら、ツヴァイフェルは無言で部屋を後にした。

 しばらくして険しい表情で彼が戻り「連れてきました」と短く口にする。ヴェルデがうなずくとツヴァイフェルは扉の向こうにいる「彼女」に声をかけた。


戦士(クリーガー)マリア。入室を許可する」


 扉が開く音と共に流れ込んでくる人ならざる波動にヴェルデは、背に緊張が走るのか立ったまま一瞬体を硬直させた。

 言うなればそれは「死の気配」だ。戦場を駆け巡った彼だからこそ感じ取れるであろう冥府へ誘う鳴動。死神が大鎌を首に突き付けているかのような鋭利さでそれは部屋中を駆け巡る。


 扉が完全に開け放たれた。そこには長身のヴェルデの半分にも満たない少女が立っていた。

 綺麗に整えられたセミロングの紫色の髪。ルビーのように赤く煌めく紅玉の瞳。薔薇の髪飾りと見事に合わさった可愛らしいドレスが揺れる。

 咲き誇る花びらのごとく可憐な姿にヴェルデは言葉を失った。こんな年端もいかない人形のような少女が「死の匂い」を漂わせているなど誰が想像できようか。


 彼は息を呑むと「失礼した。かけたまえ」と口にし自らも席に腰を下ろす。マリアはテクテクと歩き始めると、座面に片腕を添え軽快に体を持ち上げ、自らの身長に合わない高い椅子に着座した。


「気まぐれというものはときに本人に想像以上の試練を与えるものね。自らこの体を選んだとはいえ不便でしょうがないわ」


「ヴェルデ総大将に失礼だ。着座の前に敬礼しろ。マリア」


「何故私が人間に敬礼をしなければならないの? 意味がわからないわね。説明してもらえる? そこのゴミ」


 冷たく言い放たれたマリアの言葉にツヴァイフェルが怒り心頭といった様子でみるみるうちに顔が赤く染まっていく。何かを言いかけた彼を殺意とも蔑みとも受け取れる冷酷な紅玉が貫いた。


「勘違いしているようだから言っておくけど。私は従軍したのではない。従軍してあげたのよ(・・・・・・・・・)。それは私の目的にもっとも効率がいいからに他ならない。でもゴミは所詮ゴミだわ。そんな処分品が私に命令など身の程を知りなさい」


 本能的に死を予感させるその血の瞳にツヴァイフェルは一瞬、体を小刻みに震わすと口を閉ざした。

 その様子をさも愉快そうに口をほころばすとマリアはヴェルデへ視線を移す。


「それはあなた……剣王ヴェルデであっても例外はないわ」


「……一筋縄ではいかない相手だとは思っていたが、まさかこれほどとはな」


 ため息をつくとヴェルデは固まるツヴァイフェルへ視線を移し「紅茶でも持ってきてくれ」と短く言葉を発した。それはツヴァイフェルをこの場から退室させるのと、マリアとの会話に邪魔を入れないためであった。

 ヴェルデのその意思を感じ取ったのか、ツヴァイフェルは無言で頷くと部屋を後にしようとする。その時、マリアの声が響き渡った。


「紅茶はいただくけど男の入れたものなんて飲めないわ。侍女に淹れさせなさい。できれば若いほうがいいわね。十代か二十代が理想だわ」


「……性別制限からさらに年齢まで注文つけるのかよ。二十ぴったりの女がいる。そいつに淹れさせれば文句ないだろ?」


「いいわね」


「ごゆっくり」


 吐き捨てるように言葉を口にすると素早く向き直りヴェルデに対して敬礼をすると、ツヴァイフェルは部屋を後にした。

 ヴェルデはじっとマリアの瞳を見つめた後、おもむろに口を開く。


「……お前が何者なのか関知しない。正直な話、今の我々にはそんな余裕すらない。周知のことだとは思うが転生者の出現により我が王都解放軍は崖っぷちだ。アミナ防衛戦にて勝利して辛うじて首の皮一枚つながった程度なのだよ」


「剣王も堕ちたものね」


「これは俺個人の戦ではない。それゆえ俺だけが戦い生き残ればいいわけではないのだ。王都解放軍として勝利を掴むためならばいくらでも堕ちてやる」


「それで? 剣王は私に何を望む? 地に堕ち血と泥に塗れたかつての英雄が、死神に魂を売り渡してまで手に入れたいものは何?」


 マリアの冷静な声音が響く中、ノックの音と共に扉が開き年若い一人の侍女が部屋に足を踏み入れた。彼女はマリアとヴェルデの中央に設置されたテーブルへ白いティーカップを置き、一礼すると部屋から姿を消す。

 白い陶器でできたカップの中には赤みがかった液体が揺れ、かぐわしい香りが部屋に漂う。マリアの赤い瞳はずっとヴェルデを見据えたままだ。


「俺が求めるもの。それは全てを屠る絶対的な暴力だ」


「それはあなたをも亡き者にする可能性を秘めているのよ?」


「承知している。俺とお前の望みを達成したのち、俺の魂を狩りたいというのなら狙うがいい。簡単にはくれてやらんがな」


 マリアの白く細い指がティーカップの取っ手に絡まり、その整った唇へ紅茶を流し込んでいく。一口飲み終えテーブルの上に置くと彼女は口元をほころばせた。


「剣王は目の前の少女に随分と恋い焦がれているご様子ね」


「笑わせるな。少女とは見た目だけの話であろう? 中身はまったくの別物だ。それに我々は利害が一致している。お前の目的の一つは転生者を狩ることであろう? 他の歩兵を無視し、待機命令すら無視して転生者の元へ一目散に飛び出したお前を見れば一目瞭然だ。我々にとってもあの存在は最大の障害だ。お前が俺に協力してくれるなら全ては丸く収まる」


「私がここにきた理由も説明する必要はなさそうね。確かに私の目的は転生者を皆殺しにすることよ。それには王都解放軍に入隊するのがもっとも効率的だもの。でなればこの私が人間とこうも和気藹々(・・・・)と話なんてするわけがないわ」


 彼女は再び紅茶を口に含み、細く綺麗な足を椅子の上で組むと魅惑的な瞳をヴェルデに向ける。


「交渉成立よ。剣王」


「では先のアミナ防衛戦の功績を讃え戦士(クリーガー)から二階級跳びの上級騎士(ヴァイスリッター)へ昇格だ。そしてお前に兵を与える」


「私に人間(ゴミ)を率いれと?」


「話は最後まで聞け。例えお前が数十人、いや数百人分の戦闘能力を持っているであろうとはいえ相手は数千の兵をもってお前を殺しにくるだろう。お前の眼鏡に適う兵を集め組織しろ。それはお前を支援し、また我々の戦力ともなる」


 ヴェルデの言葉は正しい。

 いかにマリアが人間を遥かに凌駕した戦闘能力を有するとはいえ単騎にすぎない。王国騎士団は何千、何万で刃を彼女に向けてくることになるのだ。

 剣王にとってマリアは転生者に対する切り札だ。死なないまでも行動不能になってしまったなら、それは転生者の暴虐を許す形となってしまう。人智を超える能力を持つ彼らを殺すのはまた人智を超越した存在だけだ。

 彼女が鍛え上げた兵はマリアを守るだけでなく、戦力として王都解放軍に勝利をもたらすことにも繋がる。


「確かにいくらなんでも私一人で数千数万の兵を相手にするのは無理があるわ。でも私に付き従うなんて物好きが本当にいるのかしら?」


「適任者がいる」


 ヴェルデの言葉に呼応するかのように扉をノックする音が部屋にこだました。「頃合いがいいな」と彼が口元をほころばす。

 入室を許可されたと同時に扉がゆっくりと開いた。

 後ろを振り向いたマリアの紅玉に映るもの。それは白い軍服に身を包んだ黒髪の女だった。彼女は靴を鳴らし敬礼の姿勢を取る。


「お……御呼びに預り参上しました! シオン・イティネルです!」

アフトクラトラス王国の騎士階級について少しふれます。上から高い順になっています。


1.聖騎士<パラディン>

2.神聖騎士<シュヴァリエ>

3.大騎士<カヴァリエーレ>

4.純白の騎士<ラインヴァイスリッター>

5.上級騎士<ヴァイスリッター>

6.騎士<リッター>

7.戦士<クリーガー>

8.兵士<ゾルダード>


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