表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
28/83

第27話「デザイア」

 アフトクラトラスの中心。白き王宮内が騒めいていた。

 まるで口論にも似たそれは王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルングと転生者である鏡 鳴落の間で巻き起こっている。普段はおとなしい鏡はこの時ばかりは、険しい表情を浮かべてゼーレに食い下がっていた。


 事の発端は次の王都解放軍との戦闘に(のぞみ) 結愛(ゆうな)情島(じょうしま) 朱莉(あかり)を従軍させるというゼーレの言葉からはじまる。

 結愛と朱莉は戦闘員である鏡や大浴とは違い支援が担当だ。だが数千にも及ぶ軍勢をサポートできるほどの能力は二人にはない。鏡や大浴と共に戦場にいきはじめて効力を発揮するタイプだ。

 そんな二人を戦場に連れて行って何になるのか。悪戯に危険な目に合わせるべきではない。もし連れていくのなら自分や大浴も同行させてほしい。これが鏡の発言の内容である。


 対するゼーレは首を縦には振らない。

 今回の作戦が「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」を……いや、死神マリアを打倒する好機と口にしながらも鏡の出陣を許可しなかった。大浴は能力に不確定要素が多すぎるという理由で却下された。


「好機と言うのなら何故、ボクを連れていかないんですか!?」


「ならぬ! 確かに好機と言った。しかし王都の守りを薄くするわけにはいかぬ! ベルフェは王都にて待機だ」


 結局、鏡は自らの主張を通すことかなわず、ゼーレの部屋を後にした。

 その後、自室で椅子に腰かけうつむく鏡の元へ結愛が顔を出す。彼女は険しい表情を浮かべる鏡の顔を覗き込んだ。


「先輩。ゼーレさんの所へ直訴にいったんですか?」


「行ったよ。答えはNOだった。君は戦場に駆り出される。……こういう時、高枝だったらどうしたんだろうな。あの王宮魔術師も理論立てて丸め込んだのかな……」


「……大丈夫です。先輩の分まで私。がんばってきますから!」


 陰りが見える鏡の表情とは対照的に結愛は爽やかな笑顔だ。

 一瞬、驚いて目を丸くした鏡は、苦笑いを浮かべながら彼女から視線を逸らす。思い起こしてみれば何度この笑顔に助けられただろうか。まるで地獄に落ちた彼を引きずりださんと手を差し伸べる天使のように鏡には思えた。

 思案するように中空を見つめながら、鏡は小さな声でつぶやいた。


「やっぱりボクも男なんだから、こういう時はしっかり言わないと駄目……だよなぁ」


「どうしました?」


「ボクね。この世界で一つ叶えたいことがあるんだ」


 小首を傾げてみせる結愛に鏡は、少女のように可憐な笑顔を見せる。


「戦争が終わったら君とどこかで一緒に暮らしたい。王都でなくてもいい。もっと遠くの静かな場所で」


 鏡の言葉を耳にして結愛は、驚いたかのように一瞬、青い瞳を見開く。そして何かをこらえるように小刻みに体を震わせると、先程見せた天使の笑顔を鏡へ向けた。


「はい。私も叶えたいです。その先輩の思いを。いいですね。小さな街で景色が綺麗なとことか……静かで……平和で……」


 結愛の可愛らしい整った顔を一筋の涙が伝う。

 鏡は優しくそれでいて力強く言葉を紡いだ。


「だから、必ず生きて帰ってきて」


 細く綺麗な指で涙を払うと、結愛は満面の笑みを浮かべた。




 ――情島 朱莉の部屋にて。


「鏡が?」


「あぁ。そうさ。あいつ。ゼーレさんに直訴しにいったみたいだよ。結愛から聞いた」


 ランプが照らす室内で椅子に腰かけ、朱莉は長い赤毛に櫛を通していた。その背中を大浴が見つめている。


「高枝が死んでからあいつは変わったよ。もう布団が大好きな自堕落鳴落(じだらくめいらく)じゃなくなった。あいつなりに考えているんだと思う。どうすれば生きられるか。どうすれば仲間を守れるか」


「それにはあの死神を倒すしかねぇだろ」


「……それ。できるの(・・・・)?」


 朱莉の言葉に大浴は口を閉ざす。

 ゲハイムニスの一戦で彼はマリアと遭遇している。もっとも逃げ回っただけだが、それでも彼女の恐ろしさは肌で感じられたはずだ。

 彼とは違い朱莉は鏡と共に直接、刃を交わす位置にいた。いくら障壁に守られているとはいえ、朱莉はあのマリアが繰り出す斬撃をその身に受け続けた。

 殺意のこもった真紅の瞳。再生する体。人をゴミとしか思っていない残虐性。そして彼女に付き従う死神の騎士達。人などという矮小な生き物が倒せる道理などあるのだろうか。

 朱莉の脳裏にそんな疑念が浮かび上がってもおかしくはない。そして、それを知っている大浴が答えを口にすることなどできるはずもなかった。


「だけどいざ戦うとなれば……やるしかない」


 いつも使っている髪留めでポニーテールの形に赤毛を結ぶと、朱莉は席を立つ。その時、沈黙を守っていた大浴が彼女の背中へと語り掛けた。


「……行くなよ」


「は?」


 予想外の言葉だったのか朱莉は、目を丸くして振り向いた。大浴は視線を逸らしたまま身動き一つしない。


「行かなきゃいいんだ。戦場なんかよ」


「強ちゃん。あんたね。あたしが行かなきゃ結愛だけに行かせる気?」


「結愛ちゃんもお前も行かなきゃいいだろ」


「どうしたのさ? 急に? あんたらしくないじゃん」


「怖いんだよ。お前がいなくなりそうで」


 ぼそっとつぶやいたその一言に朱莉の体が固まった。

 いつも無茶をする大浴を心配していたのは彼女のほうだ。喧嘩が弱いくせに短気で何かと問題ばかり起こしていた大浴を、朱莉は何度も助け時には喧嘩もした。しかし大浴本人の口から弱音が出たことなど一度もなかった。

 だが朱莉の目の前にいる彼は明らかに恐れている。そしてそれが情島 朱莉という人間を失うことだと理解した彼女は、直接言われたことに驚きを隠せない。

 しかし同時に嬉しさが込み上げてくるのだろう。その美しい顔がほころんだ。


「ほんと。らしくないね。強ちゃん。疲れてるんじゃないの?」


「……オレだってその……」


「大丈夫だよ。あたしは死なない。まぁいざという時のためにあんたの逃げ足の速さは貸してちょうだいよ」


 うつむくように視線を逸らす大浴に笑顔でそう語り掛けると、朱莉は赤毛を揺らし身をひるがえした。

 そして扉の前まで来ると、静かにそれでいて力強く言葉を紡ぐ。


「あたしは強ちゃんを置いて死にはしないよ」


 開いた扉が音を立てて閉まる。

 大浴の目にはいまだ朱莉の姿が映し出されているのだろうか。彼は誰もいなくなった空間をじっと見つめていた。



 

 夜も更けた王宮内で空色の髪が揺れる。少女のような容姿を携える鏡 鳴落だった。

 彼はせめて作戦内容だけでも知りたいとゼーレに詰め寄った。結果、やっと首を縦に振らせ一部始終を確認し終えた時、すでに太陽は落ちていた。


 自室へ戻るため薄暗い通路を歩く彼のアメジストの瞳が、壁を背に立つ短い金髪の男を捉える。腕を組み、険しい表情を浮かべる大浴だった。


「朱莉から聞いた。お前にしては珍しいな。戦場にいきたがるなんてよ」


「行きたくはないですよ。ただ、あの二人だけ行かせるのに納得がいかないだけです」


「オレも納得いかねぇよ。今回の作戦どうこうより、あのゼーレのおっさんにな。胡散臭いんだよ。あのハゲ。なんで頑なに王都の守りを強固にする? あのドS死神を殺す好機ってんなら、それこそ転生者全員送り込んでもいいもんだろ? だがそれをしねぇ」


「ボクもそう思います。彼は王都を守ることのみ注視している。確かに陛下がいる王都を守るのは、王宮魔術師であるあの人の仕事だと思います。でもあの死神を野放しにすればいずれ王都は危険な状態になります。それがわからない人ではないはず。ボクはそれ以外に理由がある(・・・・・)ような気がします」


 鏡のその発言を皮切りに、二人の間を沈黙が流れる。しかし突然、静寂を破ったのは大浴だった。


「なぁ。鏡。結愛ちゃんには話したのか?」


「しましたよ。行くなって。そうしたら笑顔で『大丈夫です! 先輩の分までがんばってきますから!』とか言われましたよ……」


「可愛い結愛ちゃんらしいなぁ」


「あそこまで爽やかな笑顔で語られると正直、毒気を抜かれた気分でした。苦笑いしかできませんよ……」


「お互い似たようなもんだなぁ。オレも朱莉の奴に『大丈夫』って言われたわ。何が大丈夫だってんだよ。相手見ろってんだ。男二人残って女だけ戦場とかやるせねぇよ」


 中空を見つめていた大浴の視線が一瞬、鏡へ注がれる。

 普段通りのどう見ても女にしか見えない容姿に、どこか鋭さを感じさせる紫紺の輝き。大浴は視線を逸らすと、沈黙する鏡へ短く言葉を投げかけた。


「お前はここに残れ」


「何故、残れと?」


「行く気だろお前。ゼーレのおっさんの命令無視して」


「……お見通しですか」


「当然だろ。そろそろ付き合いも長くなるしな。お前は顔には出ねぇけど目に出るんだよ。目を見りゃある程度わかる。お前はここに残れ。……オレが代わりにいく」


「何故ですか?」


「決まってんだろ! お前がいないとオレがあの二人を連れて帰った後、誰が飯作るんだよ! いっとくけど朱莉は料理下手だからな! 疲れた結愛ちゃんに飯作らせる気か?」


 驚きで目を見開いた鏡だが、口元をほころばす大浴の表情を見て、可憐な笑顔を見せた。


「……そうですね。料理作る人いませんね。帰りを待つ人いないと駄目ですね」


「そういうこった。ここはオレに任せておけよ。美味い飯頼んだぜ」


「わかりました。大浴さんにお任せします。あの二人を必ず連れて帰ってきてください」


 うなずく鏡を見つめ、大浴は微笑んでみせると背を向けた。

 鏡から見えない位置で彼の顔は、まるで死地へ赴く戦士のように決意に満ちた表情を浮かべていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ