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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第24話「聖母」

 高枝 陽樹の訃報が王都アフトクラトラスにいる(かがみ) 鳴落(めいらく)の元へ伝えられた。

 彼はそれを聞いた時、怒るわけでも悲しむわけでもなく至って冷静だった。美しい顔をまるで人形のように身動き一つさせず、話を聞き終わると無言で兵へと背を向ける。そして自室への扉を開ける彼を慌てた様子で(のぞみ) 結愛(ゆうな)が後を追った。


 扉が閉められる。そこは鏡と結愛だけの世界だ。彼は椅子に腰かけると両手の拳をテーブルに叩きつけた。

 普段、おしとやかで柔らかな印象を与える鏡とは到底、思えない激しい感情の露呈を吐き出した姿だった。彼の中に沸き上がるもの。それは激しい怒りだ。


「……ボクはあの時、殺すべきだった。卑怯者と蔑まれようともたとえ刺し違ってでもあの時……死神マリアを斬るべきだった!」


 アフトクラトラス建国記念日。戦闘行為が一切、禁止されたその日に鏡はマリアと二人で話をした。


 あの死神が隣で、腕を伸ばせばすぐ首を絞め殺せる距離で隙だらけだった。武器も持たず殺気すら感じられなかった。その場で大鎌を複製し一閃すれば首が落ちていたかもしれない。

 しかし鏡はしなかった。彼は心のどこかで幻想を抱いていた。「話せばわかりあえるかもしれない」……そんな砂上の楼閣に等しいもろくも崩れ去る理想だ。

 

 そんなわけがない(・・・・・・・・)


 相手は転生者を二人も斬殺した女だ。転生者の首を狙う死神だ。そしてその刃にまた一人殺された。

 高枝に何度も指摘されていた。甘すぎる幻想は身を滅ぼすと。鏡は今だ生きている。しかし死は彼ではなく高枝を選んだ。

 鏡に死が語り掛ける。次は誰だ? お前が守るべき隣にいる青髪の女か?

 

 自らの胸中に激しく沸き起こる、どす黒い負の感情に押しつぶされそうになりながら、鏡は両手で頭を抱えた。

 頭がおかしくなりそうだった。今すぐにでもマリアを斬殺したい殺意に塗れた感情。今まで経験したことがない心の闇だ。

 しかし鏡は心の奥底で理解していた。その殺意の刃が向けるものはマリアではなく……甘い幻想を抱いていた自分自身だと。


 その瞬間、柔らかく温かな感触が鏡を包み込む。彼はハッと目を見開いた。

 結愛が鏡を抱きしめていた。まるで聖女のように清らかで聖母のように慈愛に満ちた優しさに、鏡の心に浸食していく闇が消え去っていく。

 美しい顔を蒼白とさせた彼に結愛は笑顔を見せた。


「自分を責めないでください。荒々しい先輩なんてめったに見れないけど、やっぱり先輩らしくないですよ。いつものようにふんわりと。それでいて優しく可愛らしく。それが鏡先輩じゃないですか」


 結愛はいまだ小刻みに体を震わす鏡を再びそっと胸元へ導いた。


「私。何故か知らないけど高枝さんの声が聞こえるんです。俺には構うなって。ましてや復讐とか刺し違えてでもとかそんなのするなって」


 彼女は抱きしめる腕にぎゅっと力を込める。


「お前達は……生きろって」


 鏡は無言だった。ただ結愛の胸の中で震え続けていた。まるで寒さに体を身震いさせる子猫のように。

 結愛はただひたすら彼を抱きしめていた。




 全てが静寂と闇に包まれる夜。

 王都アフトクラトラスにそびえ立つ王宮の一室で、ランプの下に奇妙な刻印が浮かび上がっていた。

 現アフトクラトラス王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルングである。光の元にさらされたのは、彼を特徴づける刻印を刻んだ一本とて頭髪のない頭だ。

 彼は椅子に腰かけ思案を巡らしているのか一点を見つめている。その脳裏に浮かぶもの。それはおそらく「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」……いや死神マリアであろう。


 あの女は危険だ。彼はそう危機感を感じていたに違いない。

 マリアが王都解放軍に現れてからというもの全ての歯車が狂い始めていた。三人の転生者の死。王国騎士団の度重なる敗退。彼女を野放しにしていれば、いずれは王都へ死という災いを招くのは明白だ。


 ゼーレはある資料を手に取り目を移す。

 そこに書かれているのは、ヴェルデとそれに関わる王都解放軍の動き。そして少ないながらも死神マリアについての情報だ。

 この国内紛争が始まった当初、ゼーレは金と戦争終結後の身の安全を確保するということを条件に「ある男」を懐柔していた。その男を使って王都解放軍の情報を探らせていたのだ。


 王都解放軍はコンフィアンス領を着実に侵攻し、その矛先が王都の外周をかすめつつある。国王カスティゴにしてみれば身の毛もよだつ光景かもしれないが、ゼーレにしてみれば「王都さえ落ちなければ」問題ないのだ。

 王都さえ健在ならばいくらでも戦える。彼にはそれが可能だった。しかし死神マリアだけは危険だ。あの女は全てを覆す。戦略もゼーレの思惑も兵力による暴力さえも。

 

 ヴェルデなど二の次。マリアを殺さなければならない。


 ゼーレは筆を取り紙に何かを書き始める。そして封をするとアフトクラトラスの王宮魔術師の証である刻印を打ち付けた。

 そして兵の一人にそれを渡し、早馬である場所へ早急に送らせることを指示し、闇へと消えた。




 ――コンフィアンス領内王都解放軍駐屯地。


 太陽が燦燦と光り輝く中、ヴェルデの古くからの友人であり副官であるツヴァイフェルの部屋でシオンが立たされていた。

 彼女の表情は至って冷静そのものだが、目の前にいるツヴァイフェルは不機嫌そうに眉根を寄せている。その様子から彼の持つ短い赤髪が、怒りにより逆立っているかのようにすら感じ取れた。

 ツヴァイフェルがそうなった理由。それはシオンから提出された「マリアに関する調査書」の内容に不満があるからに他ならない。


 マリアの調査書。騎士として優秀とは決していえない彼女が、副官に任命された理由がそこにはある。確かに化け物じみた死神女の副官を引き受ける人間にまともな奴はいない。

 シオンがそんなイカれた役に自ら志願したことは確かだ。しかしその裏でマリアを探る為に、ツヴァイフェルが彼女を副官にするよう働きかけたのは事実だった。つまりシオンは自らの目的を果たすために、あえてツヴァイフェルの誘いに乗ったのである。

 ツヴァイフェルにしてみれば、明らかに人外の化け物。そして戦闘能力に特化したマリアは得体の知れない恐怖の対象だ。決して頼もしい仲間などではないのである。

 

 しかしシオンをマリアの副官に就かせたのはいいが、出てきた調査書がふざけたもの(・・・・・・)だった。

 夜は寝てるところを見ない。トマトをよく食べる。意外と部下思い。おだてると優しい……など重要な情報は一切、書かれていないからだ。おそらく彼が知りたかったものは「素性」や「弱点」などといった弱みに付け込めるものであったことだろう。


「これが調査書? ふざけるな!」


 ついに激情に身を委ねたかのように調査書を机にたたきつけるツヴァイフェル。しかし、彼とは対照的に目の色一つ変えず立っているシオンは、冷たささえ感じる冷静さで言葉を紡ぐ。


「私の得た情報は以上です。それ以外はありません(・・・・・・・・・・)。そしてもう彼女の身辺調査は終わりにします」


「あぁ? お前。副官の任解かれてもいいっていうのか?」


「構いません。例え副官という役職がはく奪されたとしても、私は隊長についていきますので」


 強い意思がこもったその言葉にツヴァイフェルが表情を歪め、勢いよく立ち上がる。


「ついに本当に頭イカれたかぁ!? それとも何か。お前。あのレズ死神の夜の相手でもして虜になっちまったのかぁ!?」


 激情を露わにし罵倒するツヴァイフェルに対し、シオンはまったく動じる気配がない。その姿にははじめてマリアの前に現れた時の彼女にはない気丈さが垣間見えた。


 表情一つ変えないシオンにツヴァイフェルは舌を鳴らすと歩き出す。「お前がここにいるのは誰のおかげだ」と脅しめいた言葉を吐き出しながら苛立ちで口元を歪ませた。

 ゆっくりと彼の指が直立するシオンの下腹部に添えられる。女性にしては長身で魅惑的な肢体を舐めるように指をはわせるツヴァイフェル。しかし彼女はそんな状況でも眉一つ動かさない。


 彼の苛立ちが頂点に達したのか指を離し、今にも殴りかからんと拳を握りしめたその時、突如、扉が開いた。

 そこにいたのは紫の薔薇。可憐な姿からは想像できない殺気を放出するマリアの姿だ。


「……副官に用があるんだけれど。解放してくれないかしら? そこのゴミ(・・・・・)


 彼女を見たツヴァイフェルの脳裏に浮かぶ言葉はまさに「一触即発」だったことだろう。

 本来、兵舎内における騎士同士の闘争はご法度である。だがそんなもの「人間」が「人間」のために作った決まりにすぎない。この女には関係ない(・・・・)のだ。


 おそらく上官であろうと何であろうと、いや剣王でさえ彼女はいとも容易く斬りかかることだろう。そして今、まさにマリアはその牙をツヴァイフェルに向けている。何よりその針で刺すような鋭利な殺気がそれを物語っていた。

 ゆっくりとツヴァイフェルは拳を下ろす。「行け」と短く呟くと部屋の奥へと消えていった。


 彼の部屋から解放され通路を歩くマリアとシオン。マリアからは先程までの強烈な殺気は消え失せていた。

 シオンはそんな彼女へ視線を移す。


「……隊長。さっきの話。聞いてましたか?」


 シオンの言う「さっきの話」とは当然、マリアの調査書に関することだろう。

 彼女の問いにマリアは、前を向いたまま「あんなゴミとの会話など興味ないわ」とだけ短く口にした。


「今、何時だと思っているの? 私の食べるトマトは誰が買うのよ。この馬鹿副官」


「あ、はい! 今すぐ買ってきます!」


 少し影を落とした表情をしていたシオンの顔がぱっと明るくなる。

 その時、彼女は理解したに違いない。マリアはシオンがツヴァイフェルの企みによって調査していたのを知っている。そして、そうでありながら彼女を副官として自らの傍らに置いていることに。

 しかしマリアに背を向けたシオンの表情は、先程の明るい顔ではなく陰りが見えていた。


「まぁ隊長みたいな方は、私みたいなダメダメ副官のことなど気にする必要ないですよね」


 マリアに心酔するあまり一時の寂しさから思わず出た本音だったに違いない。一瞬、固まった後、早足で駆けだそうとしたシオンを「待ちなさい」と突如、マリアの声が貫いた。

 振りむいたシオンの表情は、普段と変わらず笑顔である。


「隊長?」


「言っとくけどただ気まぐれよ? あんた。お昼は私と一緒に食べなさい」


「お……おぉぉ! 初お昼のご一緒! もちろんです! 大至急買ってまいります!」


 敬礼をすると一目散に走り出すシオン。そんな彼女の背中をマリアの紅玉が見つめていた。


「……だからあんたは馬鹿なのよ」

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