第21話「策士 策に溺れる」
馬の蹄が大地を穿つ。
マリアを先頭に騎馬隊「紫の薔薇騎士団」がシングラーレ平原を駆け抜けていく。狙うは騎馬隊の死の特攻により爆弾が消費された王国騎士団の本陣左翼だ。
常に先頭をいく彼女は、今回は珍しく馬に跨っている。それもシオンの後ろに。
マリアは突撃命令を出す直前、「あなたが先頭をきりなさい」とシオンへ告げた。
「私は後ろにいるわ。魔法ってね。苦手なのよ」
それはシオンへ体を預けていると同意義だった。
もし爆発に巻き込まれればマリアとて肉体は損傷する。彼女なくして薔薇騎士団の強烈な攻撃性能はない。
本陣へ到達するのに時間がかかればそれだけ相手に余裕を与えてしまい奇襲の意味がなくなる。奇襲が失敗すれば地雷原を駆け抜けてくる可能性があることを相手に証明することになるだろう。そうすれば対策も容易だ。
つまり……このシングラーレ大戦で勝てる糸口を失うのである。
マリアはそんな重大な局面でシオンへ全てを委ねたのだ。彼女の索敵の目の能力と地雷原を突き進む決死の覚悟を信じて。
「恐れるなシオン。時に蛮勇は知略を破る。それを忘れるな」
シオンは真剣な眼差しでうなずいた。そして今、先頭をきって馬を走らせている。すぐ後ろにマリアの気配を感じながら。
左翼に近づくにつれ鼻につくのは死臭。肉が焦げた焼死体の臭いが漂う死地が迫っていた。
『紫の薔薇騎士団散開陣形。索敵の目で可能なかぎり爆発を避けろ。防げるものは何でも使え。味方の死体でもだ』
マリアの念話による鋭い声音が騎士団全員の脳裏に響く。それにシオンが続いた。
『地雷原突入! 私達の旗を掲げなさい!』
風になびく白の下地に紫の薔薇。そして大鎌を手にした骸骨の姿。それはシオンの生きる場所。騎士団全員の戦う場所。そして死神マリアが統べる場所である「紫の薔薇騎士団」の連隊旗だ。
『紫の薔薇騎士団! 突撃!』
鳴り響くは鼓膜を震わす警笛。それは索敵の目による敵性勢力が存在することの証だ。
肉眼では見えない。しかしシオンの瞳に浮かぶ小規模な魔法陣には明瞭に浮かび上がっていた。おびただしい数の光球。全てが触れれば爆発する不可視の爆弾だ。
息を呑み唇を固く結ぶシオン。その瞬間、彼女の駆る馬が光球の間隙を縫って駆け抜けていく。
周辺にはバラバラになった王都解放軍の死体が散乱していた。彼らの無謀ともいえる突撃によりマリアの思惑通り爆弾の数は消費され、馬数頭なら駆け抜けられるほどの隙間ができていた。
それでも避けきれず爆発を起こし散っていく騎士もいる。だが薔薇騎士団は止まらなかった。中には前で吹き飛んだ死体の一部を盾にして、血まみれになりながら爆発を回避した者もいた。
シオンはただひたすら前だけを見ていた。
一歩間違えれば死ぬかもしれない状況で彼女の心は歓喜していたに違いない。ずっと背中を追うことしかできなかった存在と今、彼女は肩を並べて共に走っている。
それがシオンにとってはただ……嬉しかったのだ。
突如、警笛が止む。
約二割の損失を出し薔薇騎士団はついにその矛先を王国騎士団へと向けた。その瞬間、マリアの鋭い声音が響く。
『薔薇騎士団、紡錘陣形。奴らの脇腹を穿て』
転生者高枝 陽樹は鋭い瞳で前を見ていた。
戦況は計画通りに動いているように見える。王都解放軍は左右に「傲慢の星明」が設置されていることに気づき、攻めあぐんでいるのは彼の思惑通りだったことだろう。
弓兵による矢の雨に痺れを切らし、王都解放軍が攻め込んでくるのも時間の問題だ。密集陣形で迎撃し、数が減ったところで後退と見せかけて誘い込む。そして左右に展開していた爆弾を前方に集結させ、解放軍を纏めて始末する。それが彼が考えたシナリオだ。
欠点は左右からの奇襲による本陣への中央突破だが……「まさか地雷原を駆け抜ける馬鹿」などいない。高枝はそう思っていたに違いない。
しかしそれは……彼が持つ傲慢がもたらした甘さだったのかもしれない。
「左翼から敵襲!」
突如、耳に響く大声に高枝の目が驚愕したのか大きく見開いた。一瞬、体を硬直させた後、本陣の左翼へ視線を移す。
王国騎士団は全員、前しか見ていなかった。誰も爆弾の海を抜けるなど思ってはいなかった。そして自らの脇腹を抉る薔薇の死棘に気が付いた時はすでに手遅れだった。
兵の目に映るのは宙に浮く少女。その手に握られているのは漆黒の大鎌だ。
一閃。横なぎに放たれた斬撃が数人の兵士の胴体を吹き飛ばす。血と肉片が舞う世界で死神マリアは、生を貪るがごとく冷笑を浮かべていた。
彼女の斬撃を合図にチェアーマン率いる重騎馬隊が突撃する。チェアーマンはランスを突き刺すのも面倒とばかりに巨大な愛馬の踵で兵を踏みつぶしていく。
王国騎士団は予想外の状況に驚き槍すら構えてはいない。剣を薙げば首が飛び、馬は小石を蹴り上げるがごとく人間を吹き飛ばしていく有様だ。
「密集陣形を解いて左翼へ兵を向かわせろ!」
咄嗟に高枝が声を張り上げる。
紫の薔薇騎士団の地雷原突破は完全に予想の範疇を超えていたことだろう。自らの能力に絶対の信頼を置いていた彼は、前方へ兵を集中していたあまり左翼は兵力が薄かった。そこを重騎馬隊に突撃されたのではひとたまりもない。
まるで紙でできた壁を突き破るかのように、本陣へ浸食していく薔薇騎士団を見て彼は眉根を寄せた。その表情は怒りとも見て取れる。傲慢からか油断からか、自らの甘さに激情する顔だ。
策士、策に溺れるな。鏡からの忠告が彼の脳裏を駆け巡っていたことだろう。
高枝の指示により前方を固めていた密集陣形が解除され、兵の一部が左翼へと集結していく。
その瞬間をヴェルデは見逃さなかった。薄くなった陣形前方へここぞとばかり騎馬隊を突撃させる。馬の蹄が大地を駆ける音が響き渡り、猛烈な勢いでランスを握った騎士が兵士へ迫った。
パイクに刺し貫かれながらも数が減った故、勢いは騎馬隊が勝っている。ヴェルデの本陣はその矛先を高枝達へと突き進めた。
戦場はたちまち混乱をはらんだ大乱戦へと流れていく。なだれ込んでくる紫の薔薇騎士団の騎士達に直剣で応戦しながら、神聖騎士ポルヴェニクが叫んだ。
「まずい! ルシ殿! 王都解放軍の騎馬隊が薄くなった前方へ突撃してきますぞ!」
「クソッ! 仕方ない! 傲慢の星明を前方、左翼に展開させて迎撃するしか……」
高枝の言葉がそこで止まった。
彼の黒い瞳に映る姿。それは滴る血で濡れた刀身を持つ可憐な少女。しかしその身から発せられるは死の気配。鮮血を帯びたかのような紅玉を輝かせた死神マリアだ。
「……お前は見誤った。私の兵の覚悟を見誤った。お前が持つ傲慢そのものがお前達の敗因だ」
その心臓を握りつぶすかのような殺気に一瞬、体を硬直させながらも高枝が動く。
至近距離からの「傲慢の星明」だ。不可視の爆弾が具現化したと同時に爆発するそれを回避するのは困難だった。
轟く爆音と炎が混じった光の渦がマリアを包み込む。爆風と同時に血と肉片が飛び散った。しかしそれはマリアではない。高枝が破壊したのは……王国騎士団の死体だ。
刹那。マリアの足が大地を穿つ。
横なぎに構えた大鎌「死者の叫び」が死体ごと切り裂く剣閃を生む。爆発による白煙と血煙は彼女の姿を隠す煙幕となって高枝の視界を奪った。
一閃。それと同時に光り輝くは、目に映る世界すべてを染める青白く膨大な光。あのゲハイムニス戦でマリアから逃げおおせた高枝の緊急回避用の「星明」だ。しかしマリアはその眩い輝きに戸惑うことなく刀身を振り切った。
手に感じるのは確かな肉を断つ手応え。鼻に漂うのは鮮血の臭いだ。
光が収まり視界が戻った瞬間、マリアの前に高枝の姿はなかった。ただ地面に散らばった赤黒い血と切り落とされた彼のものと思われる腕が転がっていた。
風が流れていく。それは紫の薔薇騎士団とヴェルデ率いる本陣の騎馬隊が蹂躙していく死の風だ。
紫色のセミロングの髪をなびかせマリアは血だまりに濡れる腕を見据えている。その整った唇が震えた。
「……あれだけ犠牲を払って得たものは腕一本か!」
激情に駆られ手にする大鎌の刃を腕に突き刺す。
マリアの殺意が込められた真紅の瞳が、高枝が逃げた方向を冷酷に貫いていた。




