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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第1話「死神マリア」

 天は果てしなく続くような蒼穹が支配していた。

 しかし地上は血と死で溢れている。繰り広げられるのは肉を切り裂く刃であり、鎧を穿つ血槍だ。

 その生と死により奏でられた剣戟の音に惹かれたかのように、一人の少女は地獄へ歩み寄る。まるでぼろ屑のように踏みつぶされ肉片と化していく人間達に愉悦を感じるがごとく、真紅の瞳を煌めかせながら。



 アミナ砦を取り囲む草原の上で、王都解放軍と王国騎士団は凄惨な殺し合いを演じていた。

 アフトクラトラス国王カスティゴの悪政に端を発し、その玉座を覆すべく反旗を翻した聖騎士ヴェルデ率いる王都解放軍。そして国王を守る王国騎士団による国内紛争である。

 当初は僅かに王都解放軍が押していたが、五大貴族のうちの一つ「コンフィアンス」と「アイディール」が王国騎士団に加勢したことで状況が変化。さらにある存在が現れてから王都解放軍は劣勢を強いられた。

 

 転生者(レエンカルナシオン)


 王都解放軍は恐怖を込めてそう呼んだ。

 彼ら転生者はこの世界とは違う異世界の魂を持つ人間。そして魔法でも技術でもない特殊能力(アビリティ)を所持していた。その力は絶大で幾度も王国騎士団に勝利をもたらし、王都解放軍を血で染めた。


 勇者として讃えられる転生者の一人「モーデス」は、軽くウェーブのかかった茶色の髪を撫で醜く歪む口元を吊り上げる。

 王都解放軍は背水の陣だ。彼らの後ろに控える「アミナ砦」が最後の防衛線。そこを乗り越えれば聖騎士ヴェルデの本拠地「シュトルツ領」である。

 このアミナ防衛戦にはヴェルデ自ら指揮を執っているとの話も耳にしている。彼の首を国王に捧げることができればどれだけの「女」を抱くことができるのだろう。

 そんな妄想を脳裏に思い浮かべたのか舌なめずりをすると、彼は前を見据えた。そこへ別な騎士が声を張り上げる。


「王都解放軍の騎馬隊! 突撃してきます!」


「……めんどくせぇな。さっさとくたばれば楽なのによぉ」


 モーデスは緑に染色された軍服を揺らし、「スキルオープン!」という言葉と共に突き出した指をパチンと鳴らす。その瞬間、彼の目の前に具現化したものは青白く光る言語の羅列だ。

 モーデスの能力(アビリティ)により生み出されたそれは、対象の持ちえる技術を「言語」として「リストアップ」したものである。


「ははぁん。騎馬隊は騎乗スキルって表示されるのか。そりゃ馬を扱えなきゃ騎馬隊なんてやってられねぇしなぁ」


 彼の目に猥雑な光が宿る。天を仰ぐがごとく両手を広げると高らかに宣言した。


「スティィィーーール発動ッッ! 対象は騎馬隊の騎乗スキル!」


 その瞬間、槍兵の防衛線を決死の覚悟で切り抜けてきた騎馬隊に不可解な現象が起きた。先頭を走っていた騎士達が落馬しはじめ、瞬く間に騎馬隊の突進が瓦解する。暴れる馬と地面に転がる騎士にもつれ勢いが殺されただけでなく、踏みつぶされ死んでいく騎士達で地面が血で濡れていく。

 まるで不可視の壁により進行を阻まれているかのような騎馬隊のあっけない結末に、モーデスは冷笑を浮かべた。


強奪(スティール)の能力でまじ楽勝ゲーだぜェェ! どんな強者でも武器のスキル奪っちまえば雑魚も同然! ギャハハハッ!」


 高笑いが響く中、槍を持った歩兵が崩れた騎馬隊へと突き進んでいく。馬も騎士も長槍により串刺しにされ、勢いをそのままに王都解放軍本陣へと切り込んでいった。

 その瞬間、先頭を行く歩兵の目に信じられないものが映りこむ。それは人の「胴体」だ。凄まじい斬撃により分断された王国騎士団の骸が血をまき散らしながら吹き飛ぶ様だ。


 鮮血の雨が降り注ぐ中、それは立っていた。身の丈を遥かに凌駕する大鎌を片手で持つ美しき少女。整えられたセミロングに揺れる紫色の髪を薔薇の髪飾りで装飾し、戦場には相応しくない紫色のドレスで小柄な体を包み込んでいた。


 単騎。迫り来る数百の騎士に対したった一人。

 しかしその巨大な刀身が生み出す斬撃は、問答無用で騎士達を鎧ごと薙ぎ払っていく。盾も鎧も関係ない。戦陣を組んだ「肉の壁」すらその刃の軌跡を止めはしない。


 少女の足が大地を蹴った。まるで獲物を狙う蛇のごとく地面を高速で滑り、斬撃の威力と相まって破城槌のように戦陣を穿つ。

 繰り出される長槍の刃はことごとく空間を突き、それと同時に煌めく一閃が周辺の騎士を一撃の元に物言わぬ死者へと塗り替えていった。


 そして少女の姿はついにモーデスの視界にも入る。

 彼の高笑いは消え去っていた。しかしそれはほんの一瞬の出来事であり、すぐさまその尖った口角が猥雑な笑いを響かせる。


「……なんだこのガキ。なんでそんな鎌持てるんだよ。すげーな! すげーよ! まさにファァンタジィィィな世界だ!」


 周囲の槍兵が大地を突き進む中、まるでそこだけ円陣を組んだかのようにぽっかりと開いていた。その中で対峙するモーデスと少女。彼女の類まれな容姿とその妖艶とも見て取れる醸し出す空間を魅惑的に感じたのか、彼は舌なめずりをする。


「決めた。今夜のおかずはこいつにしよう。強奪して連れて帰って縛ってロリの体を何度も何度も犯してやるよぉ。前の世界だと犯罪だけどここでは俺は勇者様だからなぁ! 一度、ロリの体ってやつを味わってみたかったんだよぉ!」


 モーデスの自らの妄想を垂れ流すがごとく悦に浸る様子を見ながら、少女は嘆息した。そしてその整った小さな唇が言葉を紡ぐ。

 その言葉はあどけなく可愛らしい外見からはおよそ想像のつかない辛辣なものだった。


「……何ぶつぶつ言ってるの。このゴミ」


 その瞬間、モーデスの笑みが消えた。「ゴミ? 俺がゴミ?」と何度もその歪んだ口元が言葉を続ける。


「けがらわしい糞に塗れた汚物が、私をそんな目で見ないでくれる?」


「は……はははははっ! 俺がゴミだとぉ!? んなわきゃねぇだろ! 俺は勇者様だ! ぶち殺すぞロリ女! てめぇには絶対、ゴミと罵ったことを後悔させてやるぁぁ!」


 モーデスの掲げた指先が少女に照準を合わせた。その茶色の瞳が狂気に濡れ輝く。


「お前の能力をチェーーーック!」


 声高らかに宣言される「スキルオープン!」の声。しかし彼の目の前に展開した魔法陣を思わせる青白い枠の中には「何も書かれていない」。

 その事実にモーデスはたじろぎ、じりじりと後退していく。


「何でェェ!? 何で技術を一つも持っていないィィ!?」


「技術? そんなもの持ち合わせてはいないわ」


 刹那。空間を裂いたのはまるで鈍器を思わせる少女の足だった。一撃の元に骨が砕け足をくの字に曲げたモーデスは苦悶の表情を浮かべながら地面に転がる。


「いてぇぇぇぇぇぇぇ!」


「単純な脚力。単純な膂力。単純な戦闘能力。あるのはただそれだけ」


 唇が言葉を紡ぎながら、残った右足、そして左腕を少女の足が地面を揺さぶる鉄槌のごとく打ち砕いていく。目を見開き、涙を流しつつ地べたを這いずりながら許しを懇願するモーデスの声も、彼女の耳には届きはしない。


「努力など知りはしない。何故なら私はお前達ゴミとは違い、『強くあれ』として生み出された。人間が生み出した努力も技術も私にとってはただの茶番劇に過ぎないわ」


 ゆっくりと少女の可憐な足がモーデスの頭に添えられる。これから起きる事実が彼の脳裏によぎるのかモーデスは「助け……」と声を振り絞るがその瞬間、無情にも彼女の足はモーデスの頭を貫いた。

 血と脳漿が入り混じった液体が地面に広がる中、びくんと彼の体が激しく痙攣し動きを止める。


「汚らしい口で何度も私と声を交わすな。ゴミ」


 少女はまるで剣の切っ先のごとく鋭さを秘めた瞳で骸と化したモーデスを見下す。そして、ゆっくりと顔を上げた。

 その魅惑的に光り輝く真紅の瞳は、自らに槍を向ける騎士に注がれる。彼らは凄惨な光景と今まで勝利を与えてきた転生者のあっけない幕切れに恐怖を覚えたのかじりじりと後退していった。


「ねぇ。教えてくれないかしら? 私。最近従軍したばかりなんだけど……」


 少女……マリアの表情が生を弄ぶ死神の冷笑をもって歪む。


「昇格するには、やっぱり敵の首をあげるのが早いのかしらぁ?」


 人は死の予感により恐怖を感じる。まさに目の前にいる少女はその権化に等しい。騎士達の戦場における鍛えられた感覚が告げているのだ。この女と刃を交えること。それ即ち「死を意味する」と。


 一人の騎士が恐怖に耐えられず逃げ出したと同時に堰を切ったように、彼女の前から多数の騎士が背中を向け走り出す。それとほぼ同時にマリアの体が躍動した。

 陣形の乱れを察知したのか王国騎士団の将が騒めく方向へ視線を移したその時、彼の目に映るものは逃げ惑う騎士の哀れな姿。そしてその後ろでぼろきれのように体を分断され、吹き飛ばされていく人間だった何かだった。


 刹那。真紅の瞳が赤い帯を空間に描く。豪華な鎧に身を包んだ騎士との距離を大地が縮むかのごとく一瞬で詰めたマリアの鎌「死者の叫びザ・デッドオブバンシー」が一閃を煌めかせた。

 血煙をあげ地面に転がる将の首を前にして、恐怖に歪む表情を浮かべ騎士達が一目散に散っていく。崩れゆく王国騎士団を攻勢と見たヴェルデの一令の元、王都解放軍が凄まじい勢いで蹂躙していった。


 マリアはその虐殺の光景をさも愉快そうに眺めながら今だ血の滴る生首を持ち上げた。その整った唇が冷酷に歪む。


「戦果としては……上々といったところかしら?」

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