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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第16話「転生者の追憶」

 鏡 鳴落は生前「日本」という国にいた十七歳の学生だった。

 運命の日。彼は同じ学校に通う年下の後輩である望 結愛と隣町まで電車に揺られていた。その時、彼らを不幸な運命が襲う。それは電車の脱線事故だった。

 激しい衝撃で体が揺さぶられる瞬間、鏡は咄嗟に隣に座る結愛の手を握った。それが彼のこの世界における最後の記憶だった。


 意識が覚醒する。

 鏡が目を開けた時、その瞳に飛び込んできたのは白い世界だった。ぼやけていた焦点が次第に形を整いはじめた時、それは白い壁に覆われた部屋であることにすぐ気が付いた。

 自らの体を覆うものは白いローブ。そしてそれを支えるものは質素なベッドだ。起き上がる瞬間、体に鈍い痛みを感じた。自らの体ではないような違和感もある。しかし動かすうちに全て霞のように消え去っていった。

 鏡は自らの顔を見た時、まったくの別人になっていたことに驚いた。長い空色(スカイブルー)の髪。アメジストの瞳。しかしその女性のような容姿は前世とは変わらず、むしろこの体はさらに女性らしさが強調されていた。それは自分自身でも男か女かわからなくなるほどに。


 ただ一人、ぽつんと部屋を見渡していた鏡の前に一人の男が現れる。

 群青色のローブに頭髪が一本も生えていない頭。奇妙な刻印。その怪しげな風貌に一瞬、たじろぐ鏡だが、丁寧に礼をする彼に鏡の緊張感がやわらいだ。


「気が付いたようだね。私はアフトクラトラス王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルング。ようこそ。アフトクラトラス王国へ」




 転生者(レエンカルナシオン)

 それが鏡に与えられたこの世界での呼び名だった。それと同時に「ベルフェ」という名ももらった。

 転生者という名が示す通り、鏡は「別な世界から死によってこの世界へ転生」した。ゼーレ・ヴァンデルングの話では、ごく稀に別な世界からこのアフトクラトラス王国へ人間として転生する事象が確認されているという。そして、理由は定かではないが、ある特殊な能力(アビリティ)を生まれつき身に着けていることがあると。


 鏡は率直にゼーレへ「何故、転生したのか」問いを投げかけた。何故、自分なのか。何故、特殊な能力を身に着けるのか。

 ゼーレの答えは「わからない」だった。彼の知識を持ってしても転生については、何一つ解明されていないのだという。それは女神の悪戯か。人智の範疇を超えた何かによるものなのか。

 いずれにせよ鏡は、再び歩み出した第二の人生をこの世界で生きることに決めた。それ以外に彼に残された選択肢はないのだから。


 王宮の中でのんびり暮らしていた鏡はある時、ゼーレ・ヴァンデルングにより部屋に呼び出される。

 その時、彼の目の前に立っていたのは六人の男女だった。黒髪の男に短い金髪の男や赤毛のポニーテールを揺らす女などが一室に集まっている。

 鏡はその瞬間、彼らが同じ転生者だと理解した。感覚的なものか、彼らから発せられる空気がこの世界の住人とは明らかに異質なものを纏っていることを感じ取ったからだ。


 ゆっくりと部屋へ足を踏み入れる鏡の視線とある女の瞳が交差する。青いセミロングの髪に眼鏡をかけた少女だ。彼女の持つ碧眼がじっと鏡を見つめている。明らかにそれは感情的な、あるいは情熱的な熱を帯びていた。

 鏡のアメジストの瞳が見開く。姿形は違う。だが一目で彼女だとわかった(・・・・・・・・)。あの事故の瞬間、手を握った彼女だと。


「……鏡先輩?」


 瞳にうっすらと涙を浮かべる彼女に鏡は微笑んだ。


「やぁ。結愛」




 ゼーレ・ヴァンデルングは集まった七人の転生者に言葉を告げる。

 それは現在、ある男が不穏な動きを見せていること。さらにいずれ戦争に発展するであろうこと。そして転生者達にこの国を救って欲しいと。

 鏡だけではない。ここにいるみな特異な能力を身に着けていた。その力を活用すれば可能であるとゼーレは言う。さらにいずれ起こるであろう戦争において勝利すれば、転生者達を「勇者」として褒めたたえ、この世界において何不自由ない安住を約束すると重ねて告げた。


 転生者達は元より一度死んだ身だ。さらにこの世界においては知識はなく、仮に王宮から放り出されれば右も左もわからない浮浪者だ。

 彼らにとってこの世界における安住と行先が暗闇に閉ざされた外の世界。それは秤にかけるまでもない選択肢だった。

 そして転生者達は王国騎士団に入隊し、厳しい戦闘訓練を受けることとなった。そして、各自が持つ特殊な能力(アビリティ)を次第に開花させていった。



 鏡達は一度、全員と集まって話をしたことがあった。

 それは各自の前世における詳細を知るためだ。転生者達の口から語られる言葉によりある事実が浮かび上がる。

 それはここにいる七人はみな日本人であること。さらに「あの脱線事故で死んだ人間」だということ。そして全員が十六歳から十七歳の男女であることだ。


 七人の転生者のうち一色 海斗と志食 大樹は、他の五人とはあまり関わり合いを持とうとはしなかった。常に二人で行動し、勇者として褒めたたえられている地位を利用し次々と侍女に手を出していた。

 望 結愛と情島 朱莉はそんな彼らを軽蔑の眼差しで見ていた。大浴 強一は気さくで誰とでも話す兄貴分な性格だったが朱莉には頭が上がらず、結愛の見た目が気に入ったのか彼女の前では常に男を見せようと張り切っていた。


 一方、鏡は王宮魔術師ゼーレ・ヴァンデルングを心の底から信用していなかった。突如、現れ自分達が転生者だと告げた彼のあの時より見せる鋭い瞳に恐怖に似たものを感じていたからだ。

 そんな彼と同じ思いを抱いていたのは高枝 陽樹である。それをお互い知って以来、鏡と高枝はよく話す仲となり、互いの思いを打ち明けていた。そして鏡の推薦もあり転生者の中でまとめ役が必要だと判断された際、高枝がリーダーとして発言するようになる。

 

 転生者達はこの世界では孤独だ。

 勇者として讃えられようと人並み外れた特異な能力を身に着けていようと、彼らは違う。この世界の住人ではないのだ。

 転生者達の心の中に不安と混ざり合うそんな思いを察したのか、ある時、高枝は転生者全員にこう告げた。


「俺達の仲間は俺達で守らなければならない」


 それはこの世界で生きる彼らの指針となった。転生者の身は転生者達で守る。この世界に取り残されたたった七人の唯一の希望だ。

 この国を救って欲しい。ゼーレ・ヴァンデルングの言葉に彼らは首を縦に振った。だが最も守りたいものは国などではなかった。再びこの世界に生を受けた仲間達だった。


 鏡 鳴落も同様だった。

 しかし彼が本当に守りたかった存在は、常に傍らから離れない青い髪を揺らす少女だったに違いない。




「先輩?」


 ハッと鏡の意識が現実に戻った。目の前では覗き込むように結愛の碧眼が見つめている。「大丈夫だよ」と微笑む鏡を見て彼女は可憐な笑顔を見せた。

 長い木製のテーブルにつく転生者達の視線が鏡に注がれる。


「なんだ? 鏡。寝てたのか?」


「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」


「なんだ。いつものことか」


 呆れたかのように肩をすくめてみせる大浴。テーブルの上には様々な料理が並び、香ばしく焼けた肉の匂いや芳醇なスープの香りが鏡の鼻をくすぐる。

 すべて望 結愛が作ったものだ。彼女の料理の腕前は王宮のお抱え料理人も舌を巻くほどで、戦場におけるサポート役より料理人のほうが適正が高いのではないかと言われるほどだった。


「何か考え事でもしてたんですか?」


 焼かれたパンを皿に乗せ、鏡の前に置いた結愛は隣に座りながらアメジストの瞳を見つめた。

 大浴が笑いながら言葉を紡ぐ。


「どうせこいつのことさ。布団でも恋しかったんだろ」


「それもあるけど……ちょっとね。ここに来た時のことを思い出してた」


「オレも思い出してきたぜ。はじめて会った時の話な」


 大浴がパンを頬張りながら口を開く。その隣には赤毛のポニーテールが印象的な情島 朱莉が座っていた。


「あたしも思い出した」


「あれは衝撃的だったなぁ? 朱莉」


「……またその話ですか」


「だって鏡。お前や結愛ちゃんは慣れっこかもしれねぇけどな。オレらにしてみたらびっくりもんだぜ? なぁ? 高枝?」


「確かにな。はじめて全員揃った時、『男は俺と大浴、一色、志食の四人か』って話してたら鏡が『いえ。五人です』」


「おうよ。朱莉の他に可愛い子が二人いるぜって張り切ってたら片方が男とか仰天もんだろ! どこからどうみても女にしか見えねぇ」


 笑いながら話す大浴を見つめ、苦笑する鏡。「生前からその手の話は言われてましたよ」と話す彼に結愛が微笑んだ。


「でもそのおかげで私はほっとしました。なんていうか……先輩だと一目でわかるというか。実は生前、一度女装してもらって街中歩いたことありましたけど、ナンパされまくって大変でしたね。あ、あと学園祭の舞台で……」


「やめて。その話は思い出したくないからやめて」

 

 鏡の黒歴史を語り始めた結愛の口を咄嗟に塞ごうとした彼に、転生者全員の笑い声が浴びせられた。

 戦争という血生臭いものから離れた唯一、心が安らぐ温かい空間がそこにはあった。それは鏡が求めたものであり、彼や高枝達が守りたいものでもあった。

 鏡はそれがいつまでも続くものだと信じていた。


 その首筋に大鎌を突き付けられるまでは。

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