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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第14話「陥落」

 暗闇の中、真紅に染まった眼光が帯を引く。

 その紅玉が短く刈り上げた金髪の男を捉えた。地をすべるように低空で駆ける紫色のドレスが回転し、黒色に染まった斬撃が牙を剥く。

 刹那。響き渡るは硬質な衝撃音。火花を散らしマリアの刃を防いだのは、金色に輝く錫杖だった。先端が三又に別れ中央に筒が鎮座している奇妙な形体を有しているそれを握るのは転生者……大浴(おおえき) 強一(ごういち)だ。


 マリアの紅玉と男の鋭い眼光が交差する中、耳に響くのは大地が震えんばかりの猛々しい雄たけびと馬の蹄が駆ける音。シオン達が正門の解錠に成功し、外で待機していた紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッターがなだれ込んできたのだ。

 金の錫杖を両手に掴み、大鎌を捌くと素早く距離を取る大浴。その顔は冷静そのもので眼下で巻き起こる死の饗宴にもまったく動じる気配がない。

 彼は錫杖を一回転させるとコツンと地面をついた。


「……おい。ケット。そこにいるんだろ?」


「勇者アモン様。どうやら王都解放軍が門を開け攻め込んできた模様」


 アモンこと大浴の後ろで控える上級騎士(ヴァイスリッター)ケットは、そう口にした後、息を呑んだ。

 白の下地に骸骨の死神が描かれた軍旗。あれはまさに紫の薔薇騎士団のものだ。彼らの勇猛ぶりは当然、王国騎士団も周知している。さらに目の前にいるのはその頭のイカれた隊を率いる死神マリアだ。


 ケットは思案するかのように一瞬、視線を落とすと大浴の背中を見据える。

 この砦を放棄すべきか戦うか。数の上ならば王国騎士団のほうが多い。しかし完全に虚を突かれた騎士団はぼろぼろだ。砦の門が固く閉まっている中ならば心の余裕がある。しかし今、そんなものは存在しない。我が身を守る砦の盾はすでに砕かれた後なのだから。

 引くか攻めるかの思案を見透かすかのように大浴は、じりじりと歩み寄る死神を前にケットへ言葉を紡いだ。


「今からオレが能力(アビリティ)を解放する。もし<七宝剣>という文字が出たら……兵を集めて攻めに転じろ。今はバラバラだが集めれば数ならこちらが上だ。砦の中央にある大広間を防衛戦として戦陣を組みなおす」


「はい」


「だがもし<参槍>という文字が出たなら、その時はオレの秘奥義を出すときだ」


 王都解放軍をことごとく血で染めてきた転生者の繰り出す秘奥義。ケットにはどれほどのものか想像すらつかなかったことだろう。

 シャンっと三又にぶら下がった丸い金属が音を鳴らす。大浴はマリアを睨みつけたまま口を開いた。


「なぁ。ロリ死神さんよ。あんたとの戦いで試させてもらうぜ。オレの運勢をな。状況は良くねぇが……災い転じて福となすっていうしな!」


 金の錫杖から光が溢れだす。それは三又の中央に座す金色の筒から発せられていた。


強欲の運命筒マモン・フェイトシリンダー発動!」


 金色の筒が左右に割れ口を開く。中で光が渦を巻き何か文字のようなものが浮かび上がってきた。

 大浴の能力……「強欲の運命筒マモン・フェイトシリンダー」は非常に特殊である。それは出現するランク<レアリティ>によって形体を変化させるというものだ。レアリティは四種類あり「壱剣(エイス)」「参槍(トリア)」「伍弾(サンク)」「七宝剣セプテム」と分かれている。

 先程のケットとの会話はこの運命筒の能力と関係していた。仮に七宝剣(セプテム)が出るのなら……今のこの状況さえ覆せる可能性があるということだ。まさに強欲が生み出す運命の悪戯と言える。

 

 溢れだす光が収束した。そして筒の内部に浮かび上がる文字は……「参槍(トリア)」だ。それを見た大浴は「爆死かよ」と短く呟き苦笑した。


「ケット。出すぞ。オレの奥義を……」


 その瞬間、大浴は空へ何かを投げつける。空中で青白く爆発したそれは魔法で作られた特殊な信号弾だ。

 色は青色。つまり……撤退を意味する信号である。


「まさか……アモン様!?」


「逃げるんだよぉぉ!」


 空から青白い光が差す中、大浴は脇目も振らず一目散に大地を駆ける。マリアは呆れたかのように肩をすくめてみせた。

 その瞬間、まるで弾丸のごとく彼女の体が射出される。凄まじい速度で大浴に接近した。


「呆れるわね。戦う前から逃げるとか。私は男の尻を追いかける趣味はないのよ。おとなしく死んでくれないかしら?」


「やかましいわ! 誰がおめぇみてぇな化けモンとまともに戦うってんだ! このスカタンッ! 命あっての物種だろうが!」


 マリアの持つ大鎌の殺傷範囲に彼の体が入った瞬間、剣閃が走る。

 しかしそれが大浴の体を切り裂くことはなかった。光で形成された逆三角の幅広な対称刃を持った槍が宙に浮き、マリアの斬撃を弾く。

 槍状に変化した錫杖による自動攻撃。大浴の持つ「強欲の運命筒マモン・フェイトシリンダー」の能力の一つである。


「諦めが悪い男ね!」


 再度、マリアの足が大地を蹴る。

 瞬時に距離を詰めてからの一閃。唸りを上げる刀身が錫杖とぶつかり合い硬質な衝撃音を響かせる。その瞬間、振り向く大浴とマリアは同時に、光で構成された穂先部分に裂け目が入ったのを見逃さなかった。


「一撃でこれかよ!?」


 走り続ける大浴へ続けざまに剣戟が襲いかかる。刃こぼれした槍の部分で辛うじて追撃を阻みながら大浴の足が砦の中を駆け抜けた。

 大浴は転生前から誰にも負けない特技があった。それは「逃げ足の速さ」である。まさにそれを活用している彼だが足の速さでいえば当然、マリアの圧勝だ。

 しかし複雑に入り組んだ砦の中では直線部分は少ない。それ故マリアの自慢の脚力も真価を発揮しなかった。さらに逃げながらも斬撃を弾く錫杖に大鎌の一閃も大浴を捕らえられない。

 マリアはひたすら逃げ続ける彼を、怒り狂ったかのように険しい表情で追いかける。


「どうせなら女の尻のほうがいいわ!」


「あんたそっち系かよ! このレズ死神が!」


 距離を詰めたマリアの繰り出した斬撃が大浴を捉える。振り向きざまに彼は「強欲の運命筒」を叩きつけるがその瞬間、目の前で光が砕け散った。

 逆三角形に形成された光の矛先が、まるでガラスを割ったかのように欠片となって空中に散らばる。マリアはその隙を逃すことはなかった。

 続けざまに体を回転させ、加速した刃を大浴へ走らせる。それは人間の体など易々と両断する破壊の一撃だ。

 しかし彼女の刀身は大浴の体を切り裂くことはなかった。

 突如、マリアの眼前で空間が湾曲し爆ぜる。無から生み出された熱と光が彼女の視界を遮り、その体を後退させた。

 白煙によりぼやける視界の中に黒髪の姿が浮かび上がる。マリアの紅玉に映る人影。それは黒い軍服に身を包んだ男だった。


「苦戦しているようだな。大浴。加勢にきたぞ。といっても……逃げる手伝いにな」


 白煙を凄まじい速度で何かが切り裂く。

 猛獣のごとく四肢を躍動させたマリアの姿だ。殺意に濡れた紅玉が赤い帯を引き、大鎌が黒い斬撃を生み出す。

 だが彼女の目の前で迸るのは転生者の血ではなかった。膨大な光の渦。それが爆ぜマリアの視界を呑み込んだ。

 何も感知できない白の世界に包まれながら、それでも構うことなく刀身を振るうマリア。光を切り裂き、視界が戻ったと同時に彼女の目の前に人影はなかった。

 マリアは嘆息する。それと同時に鎌の先端を地面へ叩きつけた。


「私の前から何度も逃げ果せるとは不愉快極まりないわ。次はないわよ」


 引き抜くと同時に「王国騎士団が撤収していきます!」というシオンの念話がこだまする。マリアは「深追いは不要」と短く答えると鎌を肩にかつぎ、闇へと消えていった。


 その後、遅れて到着した王都解放軍の援軍は、もぬけの殻と化したゲハイムニスの広場で祝杯のごとくトマトを頬張る「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」の姿を目撃する。

 円陣を組む騎士達の中央。その中でどこから持ち出したのか血のように赤いワインをグラスに入れ、マリアは優雅にくるくると回していた。

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