第10話「死者の対談」
人間には死霊武器を扱うことはできない。
エスケレトが口にした言葉は真実だ。何故なら彼は人間でありながら不死を渇望し、死霊魔法を研究している第一人者なのである。人の身では死霊魔法を追求することはできない。それは彼自身が己の身をもって体現しているのだ。
死霊魔法の源は「霊子」である。それは人が死んだ際に発生する魔力であり、いわば人の魂の欠片と言える。マリアが縦横無尽に大鎌である「死者の叫び」を振るえるのは、戦場という「人の死が多い」場所だからだ。
人間というものは他の生物を殺し食す生き物だ。それは「人の業」とも言えるが食するものは「人以下の生物」に限られる。何故なら魂を摂取すると同意義だからだ。人は「人と同等の魂」を喰らうことはできないのである。
魂を摂取した人間が招くもの。それは「業の崩壊」だ。
「……人間は死後、魂は女神の元へたどり着き業により秤にかけられ、再び地上に戻り人として受肉する。この世界で信仰されている創生の女神がもたらす理だわ」
「その通りデス。人間が死霊魔法を扱うとはその理から反することを意味しマス。業なきものは人に非ズ。業をもたない人間など人ではありませン。アンデッドと同類デス。人を捨てなければ死霊魔法は使えまセン」
「それじゃあんたは、転生者はアンデッドだとでも言いたいの?」
「そもそも転生者というものが不可解なのデスヨ。異世界というものが存在するのかワタシにはよくわかりませんが、仮にそれがあるとシテ。人間の体にその異世界の魂を定着させるというのデスカ? 元となった人間の意思ハ? それとも個を宿した魂の受肉? そんなもの神でなければ不可能デス」
「創生の女神が人の世に手を出すことは断じてないわ。彼女を見ていた私が保証する」
「アナタが言うのならそうでショウ。神の遺産である世界の調整者。しかし何故、転生者の話ヲ?」
エスケレトの言葉にマリアは思案するかのように頬杖をつき、視線を逸らした。さらりとした艶やかな紫色の髪が揺れる。
「戦ったからよ。その転生者とね」
「……軍属に下ったというのは本当だったのデスカ。人とあまり関わりを持たないアナタがそうなるとは驚愕のあまり顎が外れそうダ」
「なんならそんな心配しないように砕いてあげるわ」
「やめてくださいヨォ。顎どころか頭蓋骨そのものが粉砕されてシマウ」
大袈裟に骨だけの頭を抱えながら上半身をくねくねと動かすエスケレトを、マリアは「芝居が下手過ぎよ」と呟き鋭い瞳で凝視する。
「……転生者は王都より来たる。その意味わかる?」
「王都ですカァ。王都といえば現王宮魔術師ハ……?」
「ゼーレ・ヴァンデルング」
一瞬、骨で形成された彼の上半身がピクリとも動かなくなった。その漆黒の空洞は、何かを思案しているのか一点を見つめたままだ。
しかし突如、動き出したエスケレトは、骨だけの手で白骨化した顎をさする。頭の中を整理して言葉にする時の彼の癖だ。
「ゼーレ・ヴァンデルングといえば……魂縛魔法の使い手でしたナァ」
「……あの……魂縛魔法ってなんですか?」
マリアの後ろで黙って耳を傾けていたシオンがここではじめて言葉を口にする。エスケレトは彼女を一瞥すると「魔法使用者の方デスカ?」と問いを投げかけた。
「はい。ですがちょっと聞きなれない魔法だなぁと思って」
「それは不思議な方ですネェ。扱える魔法使用者はあまり多くはないですが知識としては通常もってるはずですが……まぁいいでショウ。魂縛魔法とは魂を特定の場所に留める魔法デス。死霊魔法に通じるように思えますが根本的に違いマス。死霊魔法は魂そのものを変質させル。魂縛魔法はただ特定のものへと縛りつけ消滅させないようにするだけの魔法デス」
「ゼーレ・ヴァンデルングがそれを得意としているの?」
「そうデス。彼は王宮魔術師となる前から魂縛魔法の研究者として名を挙げていましたからネェ。もしかしたら今はワタシが知っているものより進化した魂縛魔法を開発しているかもしれませんネェ」
「そう。だいたいわかったわ」
突如、椅子から立ち上がると「それじゃ」と短く言葉を発しエスケレトに背を向けるマリア。その小柄な背中へ彼は語り掛けた。
「聞いてもいいデスカ?」
「何?」
「アナタが転生者と戦う理由はもう一人の神の遺産による言葉が原因デスカ? それともアナタ自身の考えデ?」
「両方よ。私にとってあいつらは不愉快でしょうがない。アナタも知ってるでしょう? 私の真理でありこの世界の理でもあるあの言葉を」
エスケレトはマリアに向けていた視線を下げると白骨化した腕を組んだ。黒いフードの中へと頭を沈め、まるで闇に染まるかのように、頭蓋骨は漆黒に埋もれていく。
「死者は所詮、死者にすぎなイ。生者にはなれなイ」
「その通りよ」
シオンが目で追う中、マリアは短くそう告げると扉を開け部屋を後にする。
慌てた様子でシオンはエスケレトに礼をすると彼女の後を追った。がらんとした誰もいない椅子を見つめ彼は小さな声で言葉を紡ぐ。
「それはアナタが……怒るわけダ」