プロローグ
マリアはため息をついた。
目の前にいる転生者は先程から「ステータスオープン!」という言葉を連呼している。その顔は恐怖に彩られ全身を小刻みに震わせていた。まるで自らを断罪にきた神にひれ伏すかのように。
マリアは転生者が不快極まりない。何故なら自らの「個」を保ちつつ、体を取り換え生き続ける彼らは、人間でありながら彼女と同様だからだ。不完全品である「処分品」がこともあろうに完成体である「世界の調整者」と肩を並べるなど業腹だ。
マリアには信じる理が存在する。死者は所詮、死者に過ぎない。生者にはなれない。それは彼女を生み出した創生の女神が「そう決めた」ことだ。転生者はその唯一無二の真理を覆す。故にマリアは殺すのだ。
なおも「ステータスオープン」という言葉を言い続ける転生者に苛立ち、マリアは手にする大鎌に力を込める。
一閃。血しぶきと共に恐怖に濡れた顔が地面に転がった。ゴミがただの肉片に切り替わった瞬間だ。その様子を見下ろすマリアの赤い瞳は、ルビーのように煌めきながら氷のように冷たい。
その時、耳元に声が響く。正確に言えば「脳内」にだ。「念話」と呼ばれる口を介さない通話だった。この部隊に配属される時、弱弱しい黒髪の女に指輪を渡され説明された記憶がマリアの脳裏に蘇る。
『お……王国騎士団がこちらに向かっています。おそらく増援です』
「……あなたはどこにいるの?」
『物資を運ぶ騎士団のすぐ近くにいます。こちらを護衛していた騎士は……全員、転生者との戦闘でほんの僅かしか残っていません。あの……あなたの状況は?』
「状況? 周りに動くものはいないわよ。右みても左見てもあるのは死体だけだわ」
『し……死体って……まさか一人で!?』
「あなたが誰か知らないけどそこでおとなしくしていなさい。……邪魔なだけよ」
『邪魔って……一人で殲滅するつもりですか!? 無理です! 接近中の王国騎士は軽く三十人以上いるんですよ!?』
「それが何?」
『それが何って……』
「たかだか有象無象のゴミが集まっただけの集団に何故私が敗北を喫するのか。理解できないわね」
『でも油断は……って来ます! 王国騎士団三十二名! あと二分で接触!』
脳に直接響く声音にマリアの体が呼応するかのように躍動する。
森林地帯に剣戟の音が響き渡った。木々に散らばるのは赤黒い血。地面に転がるのは白い騎士の胴体と恐怖に歪んだ首。黒光りする大鎌の刀身が閃光を生み出すたびに鮮血が大地を染めていく。
物資を運搬する騎士団が彼女の元に到達した時、マリアは血で濡れた切り株に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。
周りの木々は死者の声のように葉を騒めかせ、その幹は血で彩られている。地面には白い鎧の隙間から赤い薔薇のように臓腑が溢れた騎士の死体が、彼女にひれ伏していた。
むせるような血の臭いと共に広がる凄惨な光景であるにもかかわらず、小柄な少女の表情はどこかほころんでいる。綺麗に整えられた紫色の美しい髪に薔薇の髪飾りをつけ、可愛らしい紫色のドレスに身を包まれていた。
黒髪の女はその光景に絶句した。柔らかな陽光により照らされた彼女は、まるで絵画のごとく美しく、そして血と供物で賛美された聖母のように死と慈愛に満ちている。
女はゆっくりと少女に歩み寄り言葉を紡いだ。
「……名を聞かせてもらえますか?」
少女はその問いに視線を天に向けたまま答える。
「マリア。ただの気まぐれな死神よ」