虚ろ話 天使のような悪魔の宣告
――殺してやる。
殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――。
どす黒い感情が渦を巻く。 もはや全てが憎い。
この世界の、全てが。
◇
正直、どこにでもいるような平凡な学生だったと自分では思っている。
良く言えば、思慮深くて落ち着いた。悪く言えば、臆病で地味な。自己主張のしない周りに流されやすい男子。決して毒にも薬にもならない奴。
周囲から抱かれている印象は、恐らくそんなところだっただろう。
そんな僕が、どうして、何の因果があって「勇者」なんてものに選ばれたのか。
夕暮れ時の学校からの帰り道、突然足元が光ったかと思えば、次の瞬間にはいくつものシャンデリアが光り照らす煌びやかな大広間にいた。
僕の周囲には真っ黒なローブを身に纏った怪しげな人たちがいて、その中から僕の目の前まで堂々と歩み寄ってきたのは、その中で唯一ローブを着用していない、派手なドレス姿の凛とした美しい少女だった。
腰まである桃色がかった金髪、吸い込まれそうなほど深く赤い瞳。携えた微笑みは見た者に優しく穏やかな印象を与えるが、それでいて、決して逆らってはならないような威厳と、上品さを持ち合わせていた。
思わず、見惚れた。それほどに美しい少女だった。
少女は自らをルクマーレ王国の第一王女アリステラ・ロージュ・フォン・ルクマーレと名乗った。
僕のことを勇者様と呼び、両手で包み込むように僕の手を握ると「ぜひステラと呼んでくださいませ」と微笑う。
「勇者様、どうかこのステラにお名前を教えていただけませんか?」
ステラは僕の顔を覗き込むように少し潤んだ上目遣いで、切なくそう懇願した。距離が近いせいだろう、ふわりと彼女の纏う良い香りが僕の鼻孔を擽る。石鹸の香り、だろうか。
こんな状況、ドキドキしてしまうのは男ならば仕方がないだろう。こんなに美しい女性と普段ここまで近づくことがないせいで、心臓がうるさい。
思わず一歩後ろに下がるが、逃さないとばかりにステラはまた距離を詰める。
「お願いします、勇者様。どうかお名前を……」
「あ、はい。名前、僕の名前、は」
美しいステラに望まれるまま自分の名前を喋りそうになって、はたと気付く。
――いや、待て。この状況は、何だ?
さすがに夢と現実の感覚の区別はつく。だから、随分と浮世離れした状況ではあったものの、これが現実だということは確かだった。
では、どうして僕はこんなところにいるのか。
その原因があるとすれば、方法はさっぱりわからないが最も疑わしいのは当然、目の前のステラや、周囲を囲む怪しげなローブの人たちであって。
拉致、監禁、誘拐、犯罪。そんな単語が次々と脳裏に浮かび上がる。言い知れぬ不安感に包まれた。
「勇者様?」
黙り込んだ僕を不審に思ったのか、微かに眉を顰めるステラ。
このままではいけない、と直感的にそう思った。
名乗らなくては変に思われる。何か、何か名前を――。
「……や、山田太郎です」
咄嗟に口から出たのは、あまりにもお粗末な偽名だった。
ぶわっと背中から冷や汗が出る。バレる。絶対バレる。十中八九、それは本当に本名かと指摘される。
何だよ山田太郎って! い、いや、もちろん、そういう名前の人も実在するはずだ。僕の知り合いにはいないけど。でも、何らおかしくはないし。疑われるかもしれないが、そういう名前なんだと最後まで突き通せば恐らくきっと大丈夫。
大丈夫……だろうか……?
「ヤマダタロウ様? 長いお名前なのですね、普段はどう呼ばれていらっしゃるのでしょうか?」
意外な反応だった。ステラは僕が名乗った偽名に疑問を抱くことなく、それどころか僕の愛称を問う。
「えっと、ステラ、さん。山田が苗字で、太郎が名前、なんですが」
「まあ、そうでしたか! 勝手に勘違いしてしまってお恥ずかしいですわ……」
ステラは恥じ入るように少し俯くと手を頬に当てる。その仕草を思わず“可愛い”と感じてしまうのは、僕が女慣れしていないせいなのだろうか。
「勇者タロウ様。改めまして、今回は召喚に応じてくださってありがとうございます。タロウ様のお力を借りられること、誠に嬉しく思いますわ」
「は、はあ……?」
「それでは、儀礼に従って“鍵”をお伝えします。勇者タロウ様の“鍵”……それは、悪しき魔王を倒すことですわ」
魔王を倒さない限り、タロウ様は“制約”によって元の世界に帰ることは絶対に叶いませんの。
ステラは天使のような微笑みで、悪魔のような宣告をしたのだった。