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第二話 馬車の中にて

「まだ聞いていなかったな。お前の名は?」


 奴隷市場から館に帰る馬車の中。眼前に座る少年を見やり、改めて名を問う。

 少年の足についていた鉄枷は外したが、手首の方はまだ残したままにしてある。逃げる分には捕まえればいいだけだが、狭い馬車の中で暴れられるのは面倒だ。

 王都では、タロウ・ヤマダと名乗っていたことを一方的には知っている。しかし、まともに考えれば、この少年がその名を名乗ることはもうできないだろう。

 タロウ・ヤマダなんて珍しい名は異世界から召喚されたという勇者様以外に有り得ず、加えて、ここは魔族領で、目の前にいる(おれ)は明らかに魔族だ。

 素直に名乗れば拷問か死亡か、どちらにせよ無事でいられないと判断するのは容易なことである。


「…………」

「はは、そう睨むなよ。お前だって、再び檻の中には戻りたくはないだろ? 懐かない犬は別に嫌いじゃないが、状況判断ができない愚かさは要らん。お前の選択によっては考える(・・・)ぞ」

「…………捨てました。名乗るような名は、ありません」

「……へえ。そうかい」


 少し考え込んだあと返ってきた言葉に、にんまりと笑顔を浮かべる。

 てっきり適当な偽名を言うかと思ったんだが、外れたようだ。


「では、何か代わりとなる名が必要になるな。何がいいか。黒髪黒眼だからクロでいいか。いいな。そうしよう」

「え」

「ああ、気に入ってくれたようで何よりだ」

「……」


 簡単でわかりやすい方がいいだろう。若干非難めいた目が向けられている気がするが、気の所為だということにしておく。


「さて、お前の名は決まったのだから今度はこちらの手番だな? では、名乗ろう。心して聞け。我が名はレオハルト・シュア・アルゼヴォイド――」


 少年改めクロの喉が鳴る。

 大きく目を見開き、立ち上がると、手枷がついたまま力を込めて両腕を振り上げ、手枷の端、角になっている部分が当たるように俺の頭に狙いを定め、強く、強く強く強く殺意を持って俺を殺すために振り下ろす。

 瞬間。

 そこにはクロの首元に短剣の刃をあてがう濃緑色のマントを纏った幼女と、その幼女に背中を足で押さえつけられ、無様にも床に倒れ伏しているクロの姿があった。


「まあ、なんだ。何の取り柄もない魔王なんだがね」


 クロは取り押さえられながらも、殺意の籠もった眼で俺を睨みつけていた。

 果たしてその眼に俺はどれほど憎く邪悪な生物として映っているのだか。愉快なことだ。


「閣下、ご無事で?」


 濃緑色のマントを纏った幼女は、こてんと首を傾げて平静な声音で問う。

 答えなど分かりきっているだろうに確認せずにはいられない、これにはどうも生真面目が過ぎるところがあった。


「ああ。この通り問題ない、鼠」

「それは良うございました。それでこの、クロ、でしたか。如何します?」


 ガタガタッ、と荒い道を通った馬車が多少揺れる。そろそろ館に着く頃だろう。

 クロは鼠の小さな足によって床に縛り付けられたまま、威嚇する動物のように荒く息をしながら強い殺意を持って俺を睨み続けている。

 時折、鼠の足を振り払うために暴れようとするが、鼠のその幼い外見からは想像できないだろう力強さによって完封されていた。


「館に着いたら猫に任せるつもりだ。先にクロに紹介しておいてくれ」

「……承知しました」


 鼠は一つ頷くと、クロを押さえつけていた足での拘束を外す。

 そして、途端に俺に襲いかかろうとするクロの首元を後ろから掴み、ぐるんと力任せに反転させて向かい合い鳩尾に重く拳を叩き込むと、声もなく気絶によって脱力したクロを両手を使って担ぎ上げた。

 とはいえ、鼠の身長が足りていないためにクロの足は床についているが。


「それでは、閣下。御前失礼します」


 鼠は担いだまま器用に一礼する。

 瞬きをした次の瞬間には馬車の中にいるのは俺一人となっていた。

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