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第一話 殺意の奴隷

 人間の国でとうとう異世界から勇者が召喚された。

 魔王を倒すためだそうだ。ご苦労なことだ。

 一体どんな化け物が呼び出されたのかと気になって蝙蝠を飛ばしてみたら、情報規制が敷かれていた。秘匿したい何かがあるのか?

 黒髪黒眼の少年の姿をしていることだけはわかったが、他に面白そうな話は聞けなかった。役立たずの蝙蝠め。

 これが三ヶ月前のことだ。


 勇者に関する情報が降りてこない。

 完全に王城で止まっているらしく、蝙蝠では潜れない。

 仕方がないから鼠を使う。流石に有能。

 名前はタロウ・ヤマダ、出身はニホン国、職はコーコセ、一番の特徴は羽虫のような弱さ。殺し合いどころか殴り合いをすることすら難しい、殴るくらいならと殴られ続ける始末。

 ……それホントに勇者か?

 今は王城で戦えるように訓練中で、毎日ボロボロになるまで扱かれているようだ。なんか、その、強くなれるといいよな、応援してる。

 これが二ヶ月前のことだ。


 勇者が少数精鋭部隊を組んで魔王討伐の旅に出たと発表された、という情報を蝙蝠が持ってきた。大々的に王都で見送りが行われたらしく、構成は勇者、騎士、僧侶、魔術師とのこと。

 しかし、鼠に確認をとるとタロウ・ヤマダは魔王討伐の旅には出てはおらず、それどころか前日の深夜のうちに王城を抜け出し、魔族領の方向へと姿を消したらしい。

 人間が追いかけてくるのを恐れたか。運が良ければ魔族に見つかってそのまま殺されるだろうが、どうだろうな。

 これが一ヶ月前のことだ。


 そして、今日。

 奴隷市場に新しい人間が入ったという噂を耳に挟んだ。

 黒髪黒眼の儚げで美しい少年だそうだ。実際に足を運んで見に行ってみると、確かにいた。手足と首に枷をつけられ、檻の中で膝を抱えている。顔には何の感情も映っていない。服装は質素ながらも小奇麗なものを着せられていた。たぶん目玉商品だからだろう。

 動かず騒がず檻の中に収まる姿は、まるで出来の悪い人形みたいだった。

 奴隷商の豚がにたにたと気色悪い笑みを浮かべて揉み手しながら説明している。


「これは偶然手に入った一品なんですけどねえ、いやあ幸運でしたよお、人間の黒髪黒眼は珍しくてですねえ、更に顔まで良いときたら、そりゃあ、ねえ、我々もこの素晴らしい商品を早くお客様の手元にって使命感に駆られちゃいますよねえ、最初こそやや反抗的な態度もありましたが今はもうこんなに大人しくなっちゃって、あぁもちろん調教は済ませてありますよお、お求めになられたらすぐお使いいただけるようにしておりますのでえ」


 豚が鳴く。それを半ば聞き流しつつ、少年を見つめて話しかける。


「死ねなかったか、そうとう運が悪いな」


 どれ、よく顔を見てやろうと腰を屈めて檻越しに真正面から覗き込んだ。

 少年は相も変わらず魂が抜けたような無表情だったが、ふとこちらを見る。視線がかち合う。黒い目だ。真っ黒な絵の具をべったりと落としたような。黒、一色。

 ……ええ、これのどこが調教済みだって?

 豚の言うことは信用ならないな、と溜息を吐く。

 隠す気がないのか、気付いていないのか。ぎらぎらと飢えた獣のように煌めいているその黒色は、奴隷と呼ぶには些か物騒過ぎるだろう。

 これは絶対に飼い主の喉を食い千切るやつだ。狩人とでも呼んだ方がまだ相応しい。


「これが弱い、ねえ? 鼠の目は節穴になっちゃったかな」


 だとしたら減給モノだな、と軽い気持ちで軽く呟く。

 何かあったときの護衛として近辺に潜ませている鼠が今の台詞を聞いて一人焦る様子を想像をすると、くつりと笑いが込み上げた。わたわたしているに違いない。

 しかし、優秀な鼠のこと。残念ながら恐らく鼠の目は正確だろう。

 奴隷として一通りの調教を施されてもなお意思を残しているのに、調教していない万全の状態を弱いと評したのはどういうことか。

 それはつまり。

 調教されたからこそ、殺意を覚えた(こうなった)と考えるべきだ。


「……いずれにしても買いだな。奴隷商、これを貰おうか」

「おおっと、お買い上げありがとうございますう! それでは手続きはあちらで。いやあお客様のところに行けるなんてこいつは幸せものですねえ!」


 豚が頭を下げ、売買の手続きを行うべく天幕の向こうへと案内される。

 目玉商品が上客に売れたことで機嫌の良い豚の様子に、ああこれはかなり吹っかけられるなと予想する。

 力で解決できない交渉事はあまり得意じゃないんだよな……、蝙蝠でも引っ張って来るべきだったかな。口八丁手八丁で生きているような蝙蝠(アイツ)ならきっとこの豚が青くなるまで値切ってくれるだろう。

 いい考えだ、次に買う機会があればそうしよう。

 自分の口で値切るのは早々に諦め、案の定吹っかけられた法外な値段を一括で支払い、早々に手続きを済ませ、枷の鍵を受け取り、少年を引き取る。

 流石に一括で支払われるとは考えていなかったのか、豚が目を真ん丸に見開いて驚いているのは笑えた。あと無反応かと思いきや実は少年もこっそり凝視していて驚いているのだと気付き、二度笑った。

 そりゃ普通は札束(トランクケース)がぽんと出てきたらそうなるわな。

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