ノラの信条
バイト代が通帳に振り込まれたので、今日は商店街にある自転車屋に行き、前に品定めをしていたママチャリを手に入れた。
帰りはさっそく自電車である。
その途中。
靴屋に立ち寄り、畑の作業ではく長靴を買った。
自転車と合わせるとかなりの出費となる。それで欲しかった服と靴は、次回のバイト代が入るまで見送ることになった。
帰るといつものように、ノラが玄関先で丸くなって寝ていた。
チリ、リリリ……。
ベルを鳴らしてやった。
「おっ!」
ノラが驚いて顔を上げる。
「それ、買ったのか?」
「ああ、自転車があると便利だからな」
自転車を玄関前に押しやってから、前のカゴから長靴の入った袋を取り出す。
「ほんとはコンビニではく靴がほしかったんだがな」
「ワシのクソのせいか?」
「気にすんな。それよりオマエ、夕方の見まわりはすんだんだのか?」
「これからだ」
「じゃあ、早くすませてこい。オマエにいいものを作ってやるんで」
「そいつは楽しみだな」
ノラはひとつ背伸びをしてから、ナワバリの見まわりに出かけていった。
家の裏にある倉庫に入った。
倉庫の中にはクワやカマのほか肥料など、祖母が使っていた農作業の道具一式がある。
長靴をそこにしまい、引っ越しのときに使った段ボール箱をひとつ取り出した。
――ノラ、喜ぶだろうな。
そんなことを考えながら、農作業用のヒモと段ボール箱を持って玄関前にもどった。
それから……。
自転車のうしろの荷台に、段ボール箱をしっかりとくくりつけた。ノラの座席のできあがりである。
オレもひとつ背伸びをする。
引っ越しの日に見た山々のつらなりが、ずいぶんと色鮮やかに化粧替えをしていた。
――ノラと紅葉狩りにでも行くか。
自転車があれば、少々の距離があってもノラを連れていける。ナワバリを出たことのないノラも、知らない外の世界を見てみたいだろう。
ノラが見まわりから帰ってくる。
「作ったぞ、これだ」
帰りを待ちかねていたように、自転車の荷台の段ボール箱を指さしてみせた。
「なんだ、それは?」
「オマエを乗せてやろうと思ってな。どうだ、これでオマエも遠くまで行けるぞ」
「ワシはいい」
「なんでだ?」
「ナワバリは出らん」
「少しぐらいならいいだろ」
「そうじゃない。ほかのヤツのナワバリは荒さん、こいつは野良としての、オレの信条だ」
「信条か……」
はたしてオレには、人としての信条のようなものがあるのだろうか。
――ないだろうな。
残念だがそう思う。




