野良猫の世界
ネコマンマの入ったノラ用の器を持って、玄関のドアを開けると、
「遅いじゃないか」
ノラがオレを見上げる。
「バイト、今日は昼からなんで、ひさしぶりにゆっくり寝てたからな」
「おっ! ごちそうだな」
今日は特別に、魚の煮つけを乗せてやっていた。
ノラがさっそく魚にかぶりつく。
「うまいか?」
「ああ、こんなのはなかなか食えん」
最近はゴミステーションにカラス対策の防御ネットが張られるようになり、そのあおりをくっているのだと愚痴をこぼす。
「オマエらの世界もきびしいな」
「ああ、楽じゃない」
ノラは味わうように、メシの最後の一粒までなめあげた。
バイトまで時間がある。
それまで今日は、隣接してある祖母の畑の草取りをすることにした。ここに来る前、母からきれいにするよう強く言われていたことだ。
畑の隅に菊の花が見える。
祖母が植えていたのだろう、茂った草にも負けず花を咲かせていた。
草取りの前。
菊を数本だけ折り取って、床の間にある祖母の遺影の前に飾った。
――これ、咲いてたから。
祖母は花が咲くのを見ないまま逝った。あの世から花を見て、きっと喜んでくれているだろう。
畑にもどると、ノラが畑の草むらにしゃがみこんでいた。
「ノラ、そこでなにをしてるんだ? もしかして、クソか?」
「ああ」
ノラは自分が落としたモノの上に、うしろ足で適当に土をかけてからやってきた。
「ここ、もしかしてオマエのクソだらけか?」
「まあな、ここは落ちついてやれるんで」
「そうか……」
草取りをする気がいっぺんに失せた。
「どうした?」
「草取りをしなきゃならんのんだ」
「やればいいじゃないか」
「やる気がせんだろう、オマエのクソだらけとわかってはな」
「じゃあ、せんのか?」
「いや、しないと悪い。でも、今日はやめておく。クソを踏んでもいいよう、長靴がいるからな」
「持ってないのか」
「ああ、バイト代が入ったら買いに行かなきゃしょうがない。どうせ靴が欲しかったんで、そのときついでに買う」
「悪かったな。これからクソはよそでやる」
「小便もだぞ」
そう念を押してから、草取りをあきらめて家にもどった。
バイトに行くまで玄関先に座って、ノラから野良猫の世界のことを聞く。
ノラの話では……。
食うほかにも、ナワバリを守っていかなければならない。少しでも油断すると、ほかのヤツに乗っ取られてしまう。
さらには危険な人間もいる。
最後に、ノラがポツリとつぶやく。
「アンタのばあさん、いい人間だったなあ」