通りすがりの男
バイトから帰ったあと、野菜の収穫にとビニール袋を手に畑に入った。
ピーマン、ナス、トマトを摘んでゆく。
今日の夕方に渡すと、サオリさんにメールを送っていたのだ。
畑の作業のあと。
ナワバリの見まわりから帰ってきたノラに、いつものようにネコマンマを食わせてやる。
ノラに執拗についていたノミは、朝晩のスプレー薬で退散してしまい、ミケも我が家に遊びに来るようになっていた。
それとともに……。
ノラとミケのメールのやり取りは終了し、愛してるだの大好きだのといったメールから、オレとサオリさんはようやく解放された。
ノミ騒動に始まり、ノラの浮気問題、身の縮むような代理メール、それらはなんとか無事に落ち着いたのだった。
「来たぞ!」
ノラの声で通りをのぞき見るに、仕事帰りのサオリさんがやってくる。
「トマトなんかです、どうぞ」
袋いっぱいの夏野菜を渡した。
「こんなにもらっていいのかしら?」
「ボクだけでは、とても食べきれませんので」
「ありがとうございます。トマト、父も母も大好きなんですよ」
「よかったです」
「ノラさん、よかったわね。ミケと、また会えるようになって」
サオリさんがノラに微笑みかける。
「ミケ、きびしいもんで……」
ノラが口ごもる。
「なんだ、会いたくないのか」
「そんなことはない。アイツを心から愛してるんでな」
「わかった、わかった」
「ごちそうさま」
オレとサオリさんは顔を見合わせて笑った。
翌日の日暮れ前。
畑の作業をしていると、
「いつもきれいにしてますな」
通りすがりの男から声をかけられた。
年齢は五十歳前後といったところで、散歩をしているのかラフな格好をしている。
「母からきれいにしろって、きつく言われてるものですから」
オレは苦笑いをまじえて返した。
男がなつかしいものでも見るように、オレの顔をまじまじと見つめる。
「お母さんの名前、もしかしてシズコさんじゃ?」
「そうですが」
「やっぱり」
「母と、お知り合いですか?」
「ええ、子供のころから。家が近いもんで、幼稚園から高校まで同じ学校だったんですよ。それで、ここにはお一人で?」
「はい。祖母が死んだあと、空き家になってたものですから、それでボクが」
「そうでしたか。いや、失礼。立派なトマトが目についたもので、つい声を……」
男はそう言い残して立ち去った。
ノラがやってきて言う。
「アイツがボスだ、ミケんとこのな」
聞いてびっくりだ。
先ほどの人物は、なんとサオリさんのお父さんだったのである。




