ノラの浮気
トマトの実がずいぶんと大きくなり、早いものは赤く色づき始めている。そして今朝、ナスとピーマンを初めて収穫した。
ノミ騒動から一週間後。
病院で処方された薬と煙の出る殺虫剤で、オレは忌まわしいノミから解放されていた。
かたや……。
ノラは今もノミ地獄にいる。
スプレー式の薬は逃げまわっていやがり、ノミ取り首輪はかたくなに拒否した。
「なあ、ミケもしてるだろ。こいつを首につけてるだけで、ノミがいなくなるんだぞ」
いくら説得しようとも、
「そんなもんができるか」
ノラは首を横に振り続けた。
そんなノラにはノミのほかに、先日の電話でのサオリさんの話――ミケとのことでも騒動が持ち上がっていた。
この日の夕方。
仕事帰りのサオリさんと、バイト先のコンビニの前で落ち合った。
サオリさんはバスに乗らず、オレは愛用の自転車を押し、二人は歩きながらおしゃべりをした。はたから見れば、二人は恋人同士のように見えるであろう。
しかし……。
二人の会話は、恋人たちが語らうようなものではなかった。ノラとミケの間で起きている問題――考えようによっては滑稽なこと――について相談をしていたのである。
「笑えますね」
「はい、おかしくて。でも、ミケがあんまり心配するものですから」
今回の件だが、元はノミ騒動から始まる。
どこかのメス猫と、ノラがじゃれ合ったのではないか。それでノミを移されたのではないか。
ミケはそのように疑っている。
むろんノラは否定したそうだが、ミケの疑念をぬぐうまでには至っていないらしい。
「ミケが怒るのもわかります。ノラのヤツ、前科者ですから」
去年のことになるが、ノラはべっぴん猫にちょっかいを出して、ミケに引っかかれたことがあった。
「誤解かもしれないのに」
サオリさんがため息をつく。
「ノラを問い詰めてみます、もしそうだったら、なんとしてでも謝らせますので」
ノラの浮気がどうであれ、当人同士が話し合う機会を作ってやることにした。
その夜。
ノラに浮気の真相を確かめてみる。
「ほんとのところはどうなんだ?」
「ワシの知らんことだ」
「ほんとだな」
「ああ、知らんといったら知らん」
「じゃあ、そのことをミケにも話すんだな」
「どうやって? 話すにも、アイツはまったく寄りつかんのだぞ」
「これを使え。顔を合わせんでも話せるからな」
スマホを取り出して見せた。
スマホを利用することは、オレからサオリさんに提案したことだった。
五月の終わり。
ノラとミケケには、スマホを使った恋のおぜんだてをしてもらった。
今回はそのお返しである。




