黒猫
今日、端午の節句の朝。
出勤途中のサオリさんが、オレとノラに手作りであろうコイノボリのクッキーを届けてくれた。
バイトから帰った夕方。
いつもは玄関先にいるノラの姿が見えない。
ネコマンマを作って待つこと10分。
ノラがようやく帰ってきた。
「どこに行ってた?」
「ナワバリの見まわりだ」
「帰りが、いつもより遅いじゃないか」
「念入りにしてたんでな」
「なにかあったのか?」
「近ごろ、ナワバリに入ってくるヤツがいてな」
ノラの話によると……。
ノラも知らない黒猫で、ちょくちょく神社で見かけるようになった。ミケのところに近いこともあり、このごろ警戒を強めているという。
――黒猫といえば……。
先日の迷い猫、あの子猫も黒猫であった。
「ソイツ、あの子猫の親じゃないのか?」
「ワシもそう思ってな」
そのことを話そうと神社で待っていたが、残念ながら今日は姿を現さなかったそうだ。
たとえ、その黒猫が子猫の親でないにしろ、とにかくナワバリの侵入者であることにはちがいない。
「でな、今日から見まわりを増やしたんだ」
ノラが浮かない顔をする。
通勤帰りのサオリさんに、ノラの話を伝えた。
「黒猫なら、わたしも……」
サオリさんも最近、散歩中に家の近くで黒猫を見かけたそうである。
「子猫のことを心配してるのかも」
サオリさんも同じことを言う。
「だとしたら近くに、子猫の母親も住んでいそうなんですが」
「でしょうね。そんな猫がいないか、近所でたずねてみます」
家が神社に近いこともあり、サオリさんが黒猫と子猫の母親のことを調べてくれることになった。
「なにかわかったら、サトウさんにはすぐに連絡しますので」
サオリさんが連絡先を問うてくる。
「ここにお願いします」
スマホのアドレスを教えると、サオリさんは気安く自分のアドレスを教えてくれた。
その夜。
――急接近だな。
手の中のスマホを見て思う。
二人はスマホでつながった。サオリさんの声を聞きたければ電話をすればいいのだ。
気づかぬうちに笑みがこぼれていた。
「アンタ、なんか気色悪いな」
ノラから気持ち悪がられる。
「実はな……」
スマホのことを教えて、いつでもサオリさんと話せることを自慢した。
「そんな面倒くさいことをせんで、面と向かって話せばいいじゃないか」
ノラの言うとおりである。
なにもスマホなど使わなくても、話す口があるのだから、ちゃんと話せばいいのだ。
――それができたらな。
オレはいっぺんにへこんでしまった。




