鬼は外
コンビニのバイト中のことだった。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に顔を上げると、レジカウンターの前に笑顔のサオリさんが立っていた。
「いらっしゃいませ」
びっくりしつつも笑顔を返す。
サオリさんは「今日は節分ですね。うちも豆まきしようと思って」と言って、豆の入った袋をカウンターに置いた。
そう、今日は節分なのだ。
「すみません。うちのミケ、いつもお宅にお邪魔してるみたいで」
ノラがミケのところに立ち寄れないため、最近はミケが我が家に来ている。サオリさんは、わざわざそのことを詫びたのだ。
「とんでもありません」
あわてて首を振ってみせる。
と、そのとき。
若い男がレジに歩み寄ってきて、背後からサオリさんに声をかけた。サオリさんはそれにうなずき返してから、「失礼します」とオレに頭を下げた。
二人が話しながらコンビニを出ていく。
サオリさんには恋人がいたのだ。
ウキウキしていた分、オレはひどくみじめな気持ちになった。
――今日は節分だったな。
サオリさんの言葉を思い出し、我が家でも豆まきをしようと思った。
その晩。
コンビニで買った節分セットを取り出した。豆とあられのほかに、紙でできた赤い鬼の面もある。
「おい、いるか!」
玄関で声がして、すでに晩メシをやっているノラが顔をのぞかせた。
「こんな時間にどうした?」
「アンタんとこ、豆はまかないのかと思ってな」
「これからまくところだったんだ」
「ミケんとこ、庭に豆をまいてたぞ。アンタも早くまけよ」
ノラは豆を食いたいらしい。
「だろうな。今日コンビニで、サオリさんが節分の豆を買って帰ったからな」
コンビニでのことを話して聞かせた。
若い男が一緒に来ていたことも教える。
「これか?」
ノラが短い小指を立てる。
「たぶんな」
「だとしたら残念だな」
「しかたないさ。それで豆をまいて、厄払いをしようと思ってな」
「厄払いとはなんだ?」
「家に福を招き入れ、災いを外に追い出すんだ」
「で、そいつはなんだ?」
ノラが鬼の面を見て問う。
「災いのもとで、こいつを家から追い出すんだ。ちょうどいい、オマエが鬼になれ」
「ワシが?」
「豆が食えるぞ」
「なる、なる」
ノラが喜んで鬼の面をかぶる。
「鬼は外ー、福は内ー」
声に出して玄関先に豆をまくと、それを追ってノラが外へと走っていく。
翌日の朝。
玄関先にまいた豆とあられはすっかり消え、露でぬれた鬼の面だけが落ちていた。




