ほのかな思い
バイト先から帰ると、ノラとミケが寄りそって玄関先にいた。
近ごろ、二匹はここにいることが多い。デートの場所として使っているのだ。
「仲のいいことだな」
ひやかしてやると……。
ミケが腰を上げ、あわてたようすでノラから離れてゆく。オレに気をつかってのことかと思ったら、そうではなかった。
ミケは道路に走り出ると、歩いてきた女性の足元にすり寄った。
「まあ!」
女性がおどろいたふうにミケを見る。それから両手を差しのべて抱き上げた。
「こんなところにいたの?」
「うん」
ミケがこちらを向く。
「あら!」
女性はオレとノラを見て、あらためて驚いた表情になった。
「サオリさんです」
ミケが女性を紹介する。
――この人だったとは……。
とにもかくにもびっくりした。
先日もここで立ち話をして、コンビニでは笑顔をくれた女性だったのだ。
「ノラさんと、ノラさんのご主人です」
ミケがオレたちのことを紹介する。
「サトウといいます」
オレは動揺を隠し頭を下げた。
「すみません、うちの猫がおじゃまして」
「いえ、ボクも猫が好きですから」
つい調子のいい言葉が口から出てきて、そのことにオレ自身がびっくりする。
「やっぱりそうだったんですね。ここでノラさんと一緒のところ、よくお見かけしますもの」
なんとサオリさんは、ノラにメシを食わせているオレを見ていたのだ。それも何度も……。
「ノラさん、ごめんなさいね。うちのお父さん、猫があまり好きじゃないの」
「気にせんでください」
ノラが神妙な顔で答える。
「ねえ、ミケ。ノラさんって、もしかしてあなたのカレなの? とってもステキね、男前で」
「いや、それほどでも」
ノラが照れる。
ノラのどこがステキで、どこが男前なのかはわからないが、ミケの主人にほめられてよかった。
「サトウさん、以前からお名前だけは存じておりましたのよ。コンビニの胸の名札で」
サオリさんは意外なことを口にした。
――どういうこと?
脳の回路は混線しまくり、心臓は勝手にバクバクと高鳴る。
「そうでしたか」
オレは情けないことに、それだけ返事をするのがやっとだった。
「では、失礼します」
サオリさんはミケを抱いて立ち去っていった。
――もっと話せばよかった。
サオリさんへの思いが、胸の内にほのかに広がってゆく。
――あんなカノジョがいたらな。でも、オレには無理だろうな。
そう思っていたら……。
「あんなカノジョができるといいんだが、アンタには無理だろうな」
ノラからも言われてしまった。




