ミケの生いたち
今日は朝からバイトが入っている。
朝早くにネコマンマを用意して外に出ると、ノラが気になるふうに通りをのぞき見ていた。
「どうした?」
「追われてるんだ」
振り向いたノラの顔がこわばっている。
「ライバルか?」
「いや、ミケんとこの住人だ」
「どういうことだ?」
「実はな」
ノラの話によると……。
朝一番、ナワバリの見まわり途中。ミケのところに立ち寄ったところ、そこの住人に追いかけられ、あやうくホウキでたたかれそうになった。
で、あわてて逃げ帰ったのだという。
「アイツのことが心配でな」
ノラはミケのことを気にかけながらも、ネコマンマはしっかりたいらげた。
ミケがやってきた。
「ノラさん、ごめんなさいね」
「いや、いいんだ。近ごろ、ミケんとこに顔を出しすぎていたからな」
「ううん、そうじゃないの。うちのボス、アタシたちが嫌いなのよ。だから、ノラさんにあんなひどいことをしたの」
「そうか、アイツがボスだったのか」
ノラも実のところ、ミケの家庭内の事情はよく知らないらしい。
「ボスって?」
ミケに聞いてみた。
「サオリさんのお父さんです」
「サオリさん?」
「アタシを拾ってくれた、命の恩人です」
「ミケ、オマエも捨て猫だったのか?」
首輪をしているので、生まれたときから飼い猫だとばかり思っていた。
「はい。アタシのお母さん、捨て猫の野良だったんです。ですからアタシも……」
サオリさんに拾われなければ、自分は野良になっていただろうと話す。
「サオリさん、とってもいい人なんです。あなたのように優しくて」
「ふむ」
これまでの人生、女に優しいなんて言われたことがない。たとえそれが猫からであっても、気恥ずかしくて返答にこまった。
そんなオレを見て、
「アンタ、優しいんだってよ」
ノラが憎まれ口をたたく。
「メシ、二度と食わせんぞ」
「そいつはこまる。ほんとはワシだって、そう思ってるんだからな」
「しらじらしいヤツだ。ところでオマエら、これからここで会ったらいい」
恋仲の二匹に、我が家をデートの場として提供してやることにした。
バイト先でのこと。
陳列棚の整理をしていたオレに、お客がこぼれんばかりの笑顔で歩み寄ってきた。
「この前はどうも」
先日、我が家の前で会った女性だった。
買い物に来たついでだろうが、あのときのことを覚えていて声をかけてくれたのだ。
それだけであったが……。
その日一日。
オレは、ずっとほんわかした気分でいられた。




