猫パンチ
いつものように、いつものネコマンマをノラにこしらえてやる。
「たまにはちがうもんをくれ」
ノラがオレの顔を見上げる。
手間がかからないので、最近はたしかにネコマンマばかりだった。
――そうだ!
ふと、思い出す。
去年の暮れに買った鮭の切り身が、使いかけのまま冷蔵庫の隅に残っているのだ。
「いいものがあるんで、ちょっと待ってろ」
いったん家に入り、冷蔵庫から鮭の入ったトレーを取って返した。
切り身がふた切れ残っている。
賞味期限はとっくに切れているが、ノラが食うには問題はなかろう。
「鮭の切り身だ」
「おー」
「ホネがないので食いやすいぞ」
「ありがたい」
ノラはさっそく食べ始めた。しかしなぜか、ひと切れだけ食べ、もうひと切れを残す。
「みんな食ってもいいんだぞ」
「ああ……」
「どうしたんだ?」
「いや、ミケにもと思ってな」
ミケにおすそ分けをするつもりらしい。
鮭の切り身をかかえ、ノラは嬉々として出かけていった。
夕方。
ノラがフラフラした足どりで帰ってきた。どことなく元気がなく、さらに顔色もさえない。
「どうしたんだ?」
「腹をこわしちまってな」
「鮭を食ったせいか?」
「そうかも」
猫も古い魚は腹にあたるらしい。
「すまんことをしたな」
「アンタがあやまることはない。腹のせいだけじゃないからな。ミケからビンタをもらったんだ」
ノラは顔に手をあてた。
「ネコパンチか?」
「ああ、あの鮭のせいでな」
「じゃあ、ミケも腹をこわして、それでか?」
「まあ、そうなんだが」
「どうした?」
「実はな……」
ノラが重い口を開く。
ナワバリの見まわりのさなか腹が痛くなり、草むらに隠れてクソをしていた。するとそこに、たまたまミケが通りかかった。
出るにも出られず身をひそめていると、ミケも近くの草むらに入った。やはり腹が痛いらしく、ひどく顔をしかめていたそうだ。
ノラは先にすんだので、ミケのそばに行き声をかけた。そしてそのとき、いきなり猫パンチをもらったそうである。
「オマエ、デリカシーのないヤツだな」
「けどな、そのときはほんとに心配で」
ノラは言ってから、ニヤリと口元をゆるめた。
なんともうれしそうだ。あられもないミケの姿を思い出したのだろう。
「ミケのヤツ。それからはワシを見ただけでうなりやがるんだ」
ノラはさえない顔でうつむいた。
ノラとミケのことが心配だ。
今回の原因がなんであれ、早く仲直りしてほしいものである。




