顔のキズ
朝から雪がちらついている。
この雪の舞う中。
ノラはナワバリの見まわりに行っている。
オレはといえばバイトは午後からで、昼まではたいしてすることもなくヒマである。カノジョがいればデートでもするのだが、そんな相手はもちろんいない。
――積もるかな?
玄関先で降る雪を見ていると、ノラがナワバリの見まわりから帰ってきた、
「なんだ、アンタいたのか?」
「ああ、バイトが昼からなんでな。それでオマエ、最近いつも見まわりに出てないか?」
「回数を増やした。油断してると、ライバルに乗っとられてしまうんでな」
「ご苦労なことだ」
この雪の中を何度も見まわりとは、猫の世界はなんともきびしいようだ。
「で、ナワバリをとられたらどうなるんだ?」
「ここにいられなくなる」
「ナワバリを追い出されるんだな」
「そういうことだ」
「きびしいな」
「それだけじゃない。ミケを失う」
ミケは、ノラがつき合っている白猫である。
ノラは体を二度三度とゆすって、背中についた雪を払い落とした。
「オマエ、あったかいものを食うか?」
「食う、食う」
さっそく味噌汁を温めて、ネコマンマをこしらえてやった。
ノラがガツガツと食う。
それから……。
本日三度目という、ナワバリの見まわりに出かけていった、
午後一番。
バイトに行こうと玄関を出ると……。
軒下に置いてあるバスタオルに、めずらしくノラがくるまっていた。
「見まわり、終わったのか?」
「ああ」
ノラの声に元気がない。
さらに顔には引っかきキズがあり、まわりの毛には血がにじんでいた。
「どうしたんだ、そのキズ?」
「これか……」
ノラが顔を隠すようにする。
「ライバルにやられたのか?」
「そうじゃないんだが……」
話しにくいことなのか歯切れが悪い。
「なら、どうしたんだ?」
「ミケだよ」
「なんだ、ケンカしたのか?」
「いや、一方的に引っかかれた」
「どういうことだ?」
「いやな。ベッピンがいたんで、ついちょっかいを出したんだが。そこんとこを運悪く、ミケのヤツに見られちまってな」
ノラは苦笑いを浮かべた。
「で、そのキズか」
「ああ」
痛々しく顔をしかめ、それでもノラはうれしそうにのたまう。
「モテる男はつらいな」
うらやましいかぎりである。
モテてカノジョに引っかかれる。
オレも一度でいい、そんな目に遭ってみたいものだと思う。




