新たな門出
運送会社のトラックを見送ってから……。
祖母が住んでいた家の前に立ち、両手を空に向け背伸びをひとつした。遠くに山々の連なりが望め、家の周辺には畑があちこちに残っている。
いたってのどかだ。
今日は新たな門出。
この小さな田舎町で、この祖母の家で、一人で暮らすことになった。
これまで両親の厄介になっていた。というのもオレは大学卒業後もなかなか仕事に就けず、この半年ほど実家で、求職活動をしながら過ごしていたのである。
それが秋分の日。
父の運転する車で、三月に他界した祖母の墓参りに訪れた折り、たまたま立ち寄ったコンビニがアルバイトの募集をしていた。そこで履歴書を送ってみたところ採用の連絡があり、十月になった今月からこの 町で働くことになった。
こうしたことがあり……。
祖母亡きあと空き家になっていたところに、オレが住まわせてらうことになったのである。
秋風が気持ちいい。
さっそく荷物の片付けを始めることにした。
引っ越しの荷物とはいえ、それほどたいした量はない。半日もあれば終わるだろう。
運び込まれた荷物の整理を始める。
段ボール箱の中は本や衣類。それに母が持たせてくれた当分の間の食料品である。
生活用品などは、ほとんど買いそろえる必要がなかった。ここには電化製品や台所用具など、祖母が使っていたものがそのまま残っている。
さらに電気、水道、ガスは、母がそれぞれの会社に連絡を入れ、住むと同時に使えるよう手配をしてくれていた。
――よかったな、この町で……。
つくづくそう思う。
金欠病のオレにとっては好都合だった。よその町だったら、両親に余計な負担をかけていたのだから。
祖母のことが思い出される。
祖母は祖父の亡きあとも、この町を離れることなく一人で暮らしていた。
そんな祖母に……。
幼いころはことあるごとに、両親に連れられて会いに来ていたものである。その回数は年齢を重ねるにつれ減ってはいたが、それでも年に一度や二度は顔を合わせていた。
――おばあちゃん、おひさしぶり。
床の間に置かれた祖母の遺影に、オレはそっと手を合わせたのだった。
片付けの大半が終わり、玄関先から再び遠くの山々をながめた。
山はわずかだが色づいていた。
――もう秋だものな。
つい感傷的になる。
こうして今日から、友だちも知り合いもいないこの町で、オレは新たな門出をすることになった。
家の中にもどろうとしたときだった。
白黒のブチ模様の猫が近づいてくる。オレを恐れないところからして、どうも人になれているようだ。
その猫はオレの顔をチラ見した。
それからひとつ大きなあくびをして、玄関先で丸くなったのだった。