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冒険

 闇の中で力強く燃える焚火を三人で囲み、すっかり固くなってしまったパンを租借する。

 小麦の味は薄く、お世辞にも美味しいとは言えない代物だ。しかし空腹には逆らえない。

 戦闘の疲れからか俺たちの間に会話はなかった。

 この戦闘で被害がほとんど出なかったのは俺の采配。と言いたいところだが、念のために準備しておいた道具が功を奏したからに他ならない。

 それに俺は元より勝つ気なんて毛頭なかった。その代わりに情報収集を目的とし、何より生き残ることを最優先にした準備のみをして来たのだ。

 洞窟内は岩肌に埋まった鉱石が発光しており、周囲を見通せる程度の明るさはあった。その中で圧倒的な威圧感を放っていたのが最奥でとぐろを巻き爛々と赤眼を輝かせている怪物。

 三つ目の大蛇は説明書きにもあったとおり剣での攻撃は一切効かない。そのため距離を取りながら反撃の機会を窺っていたのだが、そこで猛威を振るったのが魔眼だった。

 魔眼に睨まれた者は動きが鈍るというだけあって敏捷性に弱体効果が付与され、身のこなしが明らかに鈍る。そのため標的とされてしまうのだ。

 幸いなことに魔眼の効果は睨まれている一人にしか発動しないため残りの二人がサポートに回ることで最大の危機は回避出来たが、大蛇の尻尾による薙ぎ払い攻撃は範囲が広いため魔眼に睨まれた者は逃げ切れず直撃を食らってしまった。

 甲冑を着た茜とグレンは直撃を受けても四分の一程度のダメージに抑えられるが、軽装な俺はレッドーゾーン手前までごっそり削られてしまう。

 そのためその度に後退して回復(ポーショ)()で体力の回復をし、戦線に復帰するという戦術を繰り返していた。

 冒険者ギルドでは威勢が良かった茜も上手く立ち回れず攻めあぐねており、こちらがじりじりと体力を削られてしまい、撤退するしかなかった。

 そこで使ったのが道具屋で買っておいたけむり玉だった。

 地面に叩きつけると一瞬で洞窟内は白い靄で包まれ、視界が完全に白一色に染まる。そこからは声を頼りに三人で出口まで全力ダッシュで息切らしながら駆け抜けた。

 残念ながら成果と言えるほどの情報は得られなかったが、今の俺たちでは討伐が難しいという事だけははっきりと分かった。

 これで茜も少しは現実の厳しさを分かってくれただろうと思う。

 そう思っていた俺の横で伴を一番に食べ終え、焚火で温めたミルクを飲んでいた茜が突如口を開く。

「村に戻ったらどんどんレベル上げして、必ずここに戻って来よう」

 もしかしたら今回の負けが茜の闘争心という冒険者魂に火をつけてしまったのかもしれない。

 そういえば昔家族でトランプした時、茜めちゃくちゃ弱いくせに何度でも挑んできてたっけな。もう周りが呆れるほどに……。

「ちゃんと手順を踏もうとした辺り結果オーライというべきか、それとも変に焚き付けてしまったか」

 俺の微かな呟きを聞き逃さなかったのは茜ではなかった。この時ばかりは茜の地獄耳も疲れで弱っていたのかもしれない。

「いいじゃないか、アカネなりに考えて導き出した答えなんだからさ」

「だから心配なんだよ。まだ危なっかしさが抜けてないし」

「それは彼女の個性だよ。猪突猛進で、何物にも臆さず怯まず。今は危なっかしく見えるかもしれないけど、それがいつか彼女の長所になると俺は思うな」

 グレンの言うことも分からないではないのだが、短所が長所になるまで温かく見守るにはこの世界は過酷過ぎる。今はともかくこの先に進めばこんな場面に何度ともなくぶつかるだろう。その度に何度もこんなことをしている余裕はないのだ。

 いかに効率的に強くなり、いかに周りよりも早くこの世界を攻略しなくてはならない。それがここでの規範(ルール)。そう思うと焦りが募る。

 焦りは判断力を鈍らせ、死に直結する。

 だからいつでも冷静でいなくてはいけないのだ。

 俺は大きく息を吸い込み、力強く吐く。

 落ち着け、落ち着け。まだこれからじゃないか。いくらでも強くなれるし、まだ挽回のチャンスだって山ほどある。焦るな、焦るな。

「そうだな、まだスタート地点なんだ。今から焦ってたって良いことなんて何もないよな」

「そうとも」

 二人の会話の切れ目を狙っていたのか、そのタイミングで茜が立ち上がる。

「さあ、そうと決まれば今から村に戻ろう」

「いやいや、決まってないし。しかも今から?」

 辺りは完全な闇。松明があれば行動できなくはないが、それでも少々心許ない。

「夜を明かしてから戻った方が良いんじゃないか? 交代で一人が見張りをしていれば危険はないし、焚火には基本的にモンスターは近寄ってこないだろうし」

 一応説得を試みるが、茜は不服そうな表情。

「……だもん」

「んっ!?」

「だから、地面が硬すぎて寝れないんだもん!!」

 俺もグレンも言葉を失ってしまった。

 確かに野営道具などは用意できなかったが、野宿ってそういうものだし。何より茜は無神経というか図太いから俺自身全く気にならないと思っていた。

「そ、そうか……。なら、仕方ないな……」

 意外に繊細な妹の一面を見た俺たちは茜の意見を尊重し、暗い中を松明片手に村に戻ることにした。

 もしかしたら今日の戦闘で動きが少し鈍かったのも寝不足が原因だったのか。

 道中何度か夜行性の爬虫類型モンスターと遭遇したが、三つ目の大蛇を相手にした俺たちはその場を難なく切り抜けた。

 そして、辺りが薄っすらと明るみ始めた頃には俺たちは村の門を潜っていた。

 その足で行きつけの格安宿屋をチェックインし、武装解除する間もなく眠ってしまった。茜は甲冑から下したての部屋着に着替えていたようだが。

 それから俺たちが再び三人で集まったのは日が暮れてからのことだった。



 夕食時ということもあって賑わう冒険者ギルドの飲食スペースのテーブルを俺たちは三人で囲む。

 本当は話し合いには密室が好ましいためいつものパン屋で買ったパンを部屋で食べようと俺は提案したのだが(何より安く済ませられるし)、たまにはスタミナのつくものが食べたいと猛抗議されてしまい今に至る。

「やっぱり私も軽装備にしようかな」

 皿に乗った骨付き肉を豪快に頬張りながら突然そんなことを言い出した茜。

「昨日の俺を見てたろ? 雑魚の攻撃ならともかく、中ボスクラスの攻撃となると重みが違うんだ。それにあんな広範囲攻撃だととても捌ききれない」

「そりゃお兄ちゃんならそうかもしれないけど、私ならいけるもん」

 確かに茜は現役運動部で俺なんかよりも身体能力も高く、その可能性が高いのも確かだ。

 しかし甲冑は重さのハンデがある代わりに布防具を圧倒的に凌ぐ防御力を誇る。そのアドバンテージを捨ててまで、あえて危険な道を選択すると言う妹を止めない兄が何処にいよう。

「確かにお前のフィジカルポテンシャルが高いのは俺も良く知ってるけど、ここでは何事も慎重にならないといけないんだ。武器や防具の組み合わせ方やクエストの選択など全てが命に直結するからな」

「だったら尚更だよ。これ着てるといざ避けようと思ってからじゃ重みが邪魔して間に合わないんだもん。それに腕が垂直に上げられないし、何より可愛くないし」

 一番最後のが本音だな……。

 しかし茜の言い分ももっともで、俺も似たような理由で布防具に変更したのだから。

 だが簡単に許可できないのも事実。それにはもちろん理由がある。

 三つ目の大蛇との戦闘中に初めて魔眼が発動し、真っ先に標的にされたのは俺だった。

 実際付与される弱体化効果は思っていた以上に厄介で、脳から送られる信号が遅れるため結果として動きが鈍くなる。そのタイムラグに慣れていない俺は尻尾の薙ぎ払い攻撃をまともに受けてしまい、そのまま洞窟の岩肌に打ち付けられたのだ。

 俺は一瞬何が起きたのか理解できなかったが、そこで襲ってくるのは信じられないほどの衝撃と激痛。経験はないが大型トラックに撥ねられたらこんな感じなのかもしれない。

 防御力の低い背中を打ちつけてしまい呼吸もままならず、回復薬で痛みが引くまでは蹲って身動き一つとれなかったほどだ。

 今回は上手くサポートし合うことで危機を脱したわけだが、もしソロの冒険者だったら蹲っているところに止めを刺されてゲームオーバーだった場面だ。

 仮にまたそんな状況になったとして次も上手くいくとは限らないし、敵はこれからどんどん強者揃いになってくる。

 もちろん個人個人にそれぞれのスタイルがあるためあまり口出しするのはルール違反のだが、兄として妹を易々と死なせるわけにはいかないとも思うわけで。

 そこで黙って話を聞いていたグレンがやんわりと口を挟む。

「もちろんハルトの言わんとすることも分かるけど、あまり過保護になり過ぎるのも良くないんじゃないかな? 強くなるには修羅場を幾つも越えないといけないっていうしさ」

「そうそう、修羅場を超えていかないとねぇ~」

 グレンに続く茜。

 いやいや、修羅場はないに越したことないような……。

 そう思いながら唸っていると、茜が何気なく言い放った。


「お兄ちゃんは傷つくことを怖がってばっかで、全然冒険してないじゃん」


 その一言は鋭い刃のようで俺の心の深い所まで突き刺さった。そしてその痛みは保身ばかりを考えている臆病な自分から目を覚まさせてくれた。

 そうだ、そうだった。俺はこの世界で強い自分になるって決めたんだった。それなのに攻撃された時の痛みに臆し、気付けば冒険の醍醐味を置き忘れていたのだ。

 激しく動き回れば疲れるし、攻撃を受ければとんでもなく痛い。でもそんなの当り前だ。ここは現実と遜色ない世界で、俺はここで生きてるんだから。

 なら楽しまなくては損というもの。それを茜は知っていたのだ。

 オシャレだってしたいし、美味しいものも食べたい。多少無茶な冒険だって好奇心の赴くままに挑みたくなるに決まってる。

 なぜなら俺自身も好奇心の塊のような人間なのだから。

「そう、だな。その通りだ。俺たちは今冒険をしてるんだもんな」

 茜が不思議そうな目で見て来るのに対し、グレンはグラスの氷を弄びながらニヤリと笑った。

 何だか気が大きくなった俺は敗戦のすぐ後から考えていたことを口にした。

「俺にちょっとした考えがあるんだけど、乗るか?」

 悪戯っぽくグレンに笑い返しながら、自然と少し前のめりになってしまう。

 そしてもちろん二人は話の続きを促す。茜は特に食い気味に。

 その時、俺はこのパーティーなら何処までも行けるような気がした。


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