ギルド
「さて、異世界生活二日目早々に身内に殺されそうになったわけだが」
「だからごめんって、寝起きで気が動転してたというか……」
「それで殺されてりゃ世話ねぇって」
「でも普通はあらかじめ断っておくとかあるんじゃないの? そしたら私だって一緒に行ったのに」
「だから言わなかったんだよ……」
「それどういう意味?」
俺が疑似異世界『High Fantasia』で冒険を始めて二日目の朝。時刻は十時半。
今俺と茜の部屋に身支度を整え準備万端なグレンを呼び、俺の買って来た質素なパンを三人で食べながら今日の予定について話し合っていた。出だしから話は脱線して、茜と言い合いになってしまっているのだが。
「まあまあ、アカネも悪気があったわけじゃないんだし、何よりこの世界の恐ろしさを刷り込んだのはハルトお前自身だろ。なぁ?」
同意を求められた茜は頭を上下に激しく振っている。わざとらしい程に。
「まあ、そう言われるとぐうの音も出ないんだよな」
「だろ?」
「そうそう」
グレンはともかくとして当事者の茜が強気でいるのは少し気に障ったが、このままでは話が進まないので今は置いておくことにしよう。
「ならこの話はここまでにして本題に入ろう」
「あぁ、まず聞かせてくれ。お前が何故そんな恰好をしているのか」
俺が今着ているのは〈剣士見習いの服〉という布製の防具。どちらかといえば衣服の類で防御力はかなり低い。そしてその上にブレストプレートを装着。これだけでは心許ないので服の下には鎖帷子を着込んでいる。
RPGゲームの主人公アバターは本当に命が宿っている訳ではないため疲れることないし、もちろんお腹も減らない。
しかし、俺たちは違う。
この世界は冒険がメインにあるとはいえ現実とほぼ遜色ない設計になっているらしい。
そのため四六時中重い甲冑や武器を身に付けていると疲弊するし、心身ともに安らげない。そんな状態では満足に戦うことも出来ないだろう。
そんな時に着替えるのが快適さを重視した装備である衣服だ。
防具とは違ってステイタス補正は殆どないが、おしゃれを楽しむ者にはうってつけのシステムといえるだろう。
俺は昨日一日モンスターと戦ってみて、甲冑の重みが明らかに足を引っ張っているという事に気づいてしまった。
防具の中でかなり重宝される鎧のメリットは攻撃を防いだりダメージを軽減出来ることだが、当然デメリットもある。節々の可動域も制限されるし、何より厄介なのはその重量だ。
俺は同年代の奴らと比べて身長も高い方ではないし、筋肉もなくひょろりとしているからという理由で茜にもやしと言われたことだってある男だ。
そんな貧弱な俺にとって甲冑の重みは動きを鈍らせ、体力の消耗を加速させる。
こればっかりは現実が反映して欲しくなかったな……。
そこで俺は極力身軽な布の装備で素早さを重視して相手を翻弄する戦法で行こうと決めた。
昔の有名なロボットアニメでも言っているようにどんなに強力な攻撃であろうと当たらなければないも同じ。なら俺が全ての攻撃を捌ききれるほどに強くなればいいだけの話。
もしかしたら楽観的と笑われるかもしれないが、俺がこの世界で生き残るにはそれくらいの実力は必要だと思っている。
「なるほどな。確かに鎧を扱うのはタンクの役割的なイメージはあるし、スタイルは人それぞれだもんな」
「それってつまりこんな重い鎧じゃなくておしゃれをしても良いってこと?」
理解が早いグレンと論点が少しずれている茜。
「まあ、戦闘に支障がない程度なら好きにしてくれ……」
「その装備を新調するためにわざわざ早朝から出かけてたのか?」
「一番はそれだけど、あとは昨日出来なかった村の下調べかな。突然だけどグレンは昨日のレベル上げの時に何か気づいたことはないか? 違和感というか、MMORPGとの相違点みたいな」
少し考え込み、何かを察した様なグレン。
「もしかしてゴールドとかアイテムが一切ドロップしなかったことか」
俺は首肯する。
何故今確認したかというと昨日の段階ではまだ確証がなかったため一旦保留にしておいたのだが、やはりグレンも気付いていたようだ。茜はもちろん目がテン状態。
そんな妹に分かりやすく、出来るだけ掻い摘んで説明する。
「つまりだ、この世界でも現実と同様に衣食住で必ずお金が必要になる。にもかかわらずモンスターからドロップしないということは、必ず他の入手方法があるはずだと思って村を散策してたら、一番奥にある大きな教会みたいな建物が冒険者ギルドになってたんだ」
冒険者ギルドというのは冒険者たちの溜まり場というか、ありていに言うと冒険者たちを取り仕切っている巨大な組織のようなものだ。依頼を公募し、それをクエストとして冒険者に提供しているのだ。
「なるほど。クエストの報酬にゴールドやアイテムがもらえる仕組みのみってわけか」
「見た感じ最初の村だけあってクエストの難易度も低そうだし、数をこなせば生活には困らないだろうな」
そんな二人の会話を黙り込んで聞いていた茜が口を開く。
「つまりお金を稼ぐにはギルドの出しているクエストをこなすしかないってことでしょ? なら今すぐ片っ端からクエストをこなしてどんどんお金を貯めちゃおうよ」
「そう簡単にいけばいいんだけどな。昨日の戦闘からしてどのクエストも軽く半日はかかっちゃいそうなんだよ。そのくせ報酬は500ゴールド程度」
俺が見たクエストに多かったのは特定のモンスターを一定数狩るという討伐系や特定の場所にしかないアイテムを持ち帰るお使い系の二種類だった。もちろん難易度により報酬は違うのだが、通して言えることは時間がかかるという事だった。
「えっ、それじゃその日の宿代と食費で消えちゃうじゃん」
「もしかしてお前、この街で生きていくつもりでいないか?」
「えっ!?」
「そうだよ、アカネちゃん。僕らには目指すべき場所があるだろ?」
一瞬不思議そうな顔をした茜だったが、すぐに言葉の意味を理解し強く手を打つ。
「あっ、浮遊島の踏破だ」
「そういうこと。だからある程度レベルを上げたら次の街に行く準備をしなくちゃな」
「そうと決まれば早速クエスト受けに行こうよ」
勢いよく立ち上がりやる気満々といった様子の茜。
「そうだね僕もギルドを一度見ておきたいし、ハルトもそのつもりだったんだろ?」
「まあな」
こうして俺たちはギルドへ向かうこととなった。
その道すがら呉服店で洋服を買いたいという茜につき合わされ、大きくタイムロスしてしまったことは言うまでもない。
推定で二メートルはある木製の扉を押し開けると中から喧騒が溢れ出す。
教会風な冒険者ギルドの中は吹き抜けで、大きく分けてコーナーが三つに分かれている。
右側には長机と椅子四脚のセットが幾つもあり、その奥には注文カウンターがあるそこは今風に言うとイートインスペースだ。既に多くの冒険者らしき者たちで賑わっており、真昼間だというのに酒のようなものを呷っている一団までいる。
左側には鍛冶屋と武具店のカウンターがそれぞれある。見るからに出張所のようなもので、修繕のみ請け負うようだ。
そして正面の奥にあるのがキルド受付カウンターだ。カウンターの左右の壁には大きなコルクボードがあり、そこに幾つもの羊皮紙が押しピンで留められている。それがクエストの依頼書で、目ぼしいクエストがあればそれをカウンターに持って行きクエストを受けるシステムらしい。
その中から一枚を剥ぎ取りカウンターに持って行く男はまるでスパイさながらの近代的な出で立ちをしており、腰には仰々しい銃剣。その見るからに場違いな男はカウンターで受付嬢と数十秒会話した後に飲食スペースにいた仲間を連れて冒険者キルドをあとにした。
「あの手慣れた感じ、今日知ったわけではなさそうですね」
「あぁ、俺たちは意外と出遅れてるのかもな」
そう言いながらも俺にあまり焦りはなかった。それだけのアドバンテージを、決して埋まることのない差があるという優越から。
「とにかく、とっととクエスト受けようぜ」
そう言いながらカウンターの左側のコルクボードの前まで移動する。そこには多少抜けてはいるものの所狭しと依頼書が並ぶ。
依頼書にはクエスト名が一番上に書かれており、その下にイラストがあり、細かな説明書き、そして一番下に大きく報酬が書かれている。
「さてどれを受けるか」
「まだレベル的に心許ないから、出来るだけ安全なのがいいんじゃないかな」
そこで黙って依頼書をまじまじと見つめていた茜が人差し指を一枚の依頼書に突き立て、凛とした声で訴えた。
「私これがいい」
「「えっ?」」
意表を突かれた俺とグレンは茜が指差す依頼書に目線を動かす。
【洞窟に住みつく魔眼を持つ三つ目の大蛇を退治してください】
推定体長三メートル越え。全身は固い鱗で覆われており剣や槍などでの攻撃がほとんど通りませんが、頭部を集中的に狙うと額の魔眼を庇う仕草を見せます。そこを集中して狙ってみるといいでしょう。注意点として魔眼に睨まれると体の動きが鈍ってしまいます。
報酬:60000ゴールド、ナイトコート、紅玉の髪留め
「ま、マジで言ってる……?」
「もっちろん」
「気持ちは分からないでもないけど、ちょっとこれは……」
いつもは飄々としているグレンですら苦笑いを浮かべている。
説明書きからしてかなりの大型モンスターであることが分かる。しかも明るさを確保しないといけない洞窟内という不利環境での戦闘に加え、まともに攻撃が通らず魔眼によるステイタスへのデバフ効果のオプション付きなんて現状勝機があるとは思えない。自殺行為だ。
「もしかしてお前、報酬の髪留めに目が眩んだんじゃ?」
固まる茜。図星か……。
「で、でも三人いればこれくらいのクエスト余裕だよ」
「お前蛇とか爬虫類苦手じゃなかったっけ?」
「……。」
だから、図星じゃねぇか。
「それはそうとして、強敵に挑んでこそ冒険なんじゃないの?」
「そりゃ俺だってこれくらいのモンスターいずれ五万と倒すことになるだろうさ。だけどな、今のレベルで高難易度のクエストに挑むことは死に急ぐことになるんだぞ?」
「私なら負けないもん」
これ以上言ったところで引かないのは分かりきっている。なら身を持って教えるしかない。それも早い方が良いだろう。
「分かったよ、そこまで言うなら受けるか」
「ホント!? やったぁ―――――!!」
ギルド内に響き渡るほどの声で喜ぶ茜。何事かとこちらに視線を向ける者が多いが、本人は気にした様子もない。
「良いのか、ハルト。あのクエストはどう見てもこのエリアの中ボスクラスだろ。かなり苦戦しそうだぞ?」
グレンが耳元で囁く。
「良いんだよ。この際だから現実の厳しさを教えてやるんだ」
「ん?」
その意図を理解していない様子のグレンだったが、クエスト受注を快諾してくれたのは俺を信頼してくれたから、かもしれない。そうだといいな。
カウンターでクエストを受け終えた茜が足取り軽く嬉しそうに歩いてくる。
「洞窟はここから歩いて半日かかるんだってさ」
「なら、準備を整えて夕方には出発しようか」
それから片道半日かけて洞窟に到着した俺たちのパーティーは言うまでもなく大敗を喫した。




