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新たな仲間

「俺の名前はグレン。そう気軽に呼んでくれ」

 男はそう言った。

 俺と茜は数分前の窮地を目の前の男に救われ、今は村の酒場でテーブルを囲んでいる。机の上にはティーカップが二つと木製のジョッキが並んでいる。

「私は茜、こっちの無愛想なのが兄の春人です」

 茜は初対面の人との会話が苦手な俺に気を遣ってか、二人分の紹介役を担ってくれたようだ。そして茜は続ける。

「グレンさんは社会人なんですか?」

 その根拠はジョッキに注がれたアルコール飲料らしきものだろう。

「おっ、いきなり個人情報から入るか」

 少し苦笑い気味のグレンだが、それも無理からぬこと。

 この情報社会で個人情報は赤の他人に不用意に漏らしていいものではなく、オンラインゲームなどでもそういった事を聞くのは野暮だし暗黙の了解でタブーとされている(出会い目的ならその限りではないが)。そのためにプレイヤーネームやニックネームがあるわけだし。

 だが、そんなことを茜が知る由もない。

 いや、こいつなら知った上でもやりかねない……。

「こいつはこういう場に慣れてなくてね、気を悪くしたなら謝るよ」

 俺が茜の代わりに軽く謝意を述べると、グレンは軽く笑って見せた。

「いやいや、その程度で気を悪したりはしねぇよ。それに、ここにはむしろそういう一般的な連中の方が多いだろうしな。俺はむしろハルトみたいな同志に会えただけでも儲けもんさ」

 どうやら本心らしく俺は胸を撫で下ろす。

 ちなみにグレンの言う同志というのはゲーム事情に精通していることであり、一種のゲーム廃人である。

 だが今は置いておくとしよう。

「なら本題に入ろう。さっきの礼がしたい、何でも言ってくれ」

 この世界は弱肉強食で、恩を受けたら何かしらの形で返さなくてはならない。つまりはギブ&テイクのウィンウィンの関係だ。この関係が築けなければ人脈を広げるなんて夢のまた夢だ。そして人脈はいずれ必ず必要になる。

 まあ、現実でも同じことが言えるんだけどな。

 そんな俺の言葉を意外そうな表情で受け止めるグレン。

 数秒の沈黙の後、グレンが口を開く。

「別に大したことはしちゃいないさ。礼なんて―――っと言いたいところだが、それなら一つだけ聞かせてもらおうかな」

「俺たちの装備について、だな?」

 グレンの問いは予想していたためこちらからその点を挙げ、グレンも首肯する。

「この装備はステイタスに補正がかかる特殊な代物ってことは当然承知の上なんだよな?」

「この世界に来た時に確認済みだ」

「なら尚更だろう。ステイタスのアドバンテージを捨て、他のプレイヤーに狙われることも厭わない。その見返りは一体……」

「それはだな―――――」

 俺はここ数時間で発見したステイタス補正装備がプレイヤーにもたらす恩恵と、その裏に仕組まれた落とし穴について包み隠さず話した。

 グレンも初めは半信半疑といった様子だったが、次第に真剣な面持ちに変わり始める。

「なるほど、この装備にはそんなからくりがあったのか。つまりハルト達は目先の生存よりも後々の強さを取ると決めたってわけか」

 噛みしめるように言葉を紡ぐグレン。

「そんな立派なもんじゃないし、さっきみたいな輩に殺られてちゃ世話ないけどな」

 自嘲気味に言う俺に茜も苦笑いを浮かべる。そんな俺たちの様子をまじまじと見つめるグレンは、

「うん、気に入った!!」

 突然そんな事を言いながら勢いよく立ち上がる。ティーカップの中身がさざ波のように揺らぐ。

「二人が良かったらでいいんだが、俺をお前たちのパーティーに加えてはくれないか? 今の二人がどれほどレべリングが進んでいるかは分からないが、どの道さっきみたいな奴らへの牽制は必要だろうし」

「いずれは大規模なパーティーやギルドが出来た時に備えて早いうちから仲間を増やしておくもの得策ってことか」

 グレンの言葉を俺が継ぎ、グレンもそれに首肯する。

「どうする、お兄ちゃん?」

 今のままではプレイヤー狩りをする連中のカモにされかねないのは確か。

 だが、だからといってサバイバルゲームで不用意に見ず知らずの相手を馬鹿正直に信用するのも賢い選択とは思えない。

 これは今後を左右する大事な選択になる。はずなのだが、その時の俺はグレンを信用してもいいと思えた。もちろん根拠なんて何もない。

 格好つけて言うなら剣士の勘のようなものかもしれない。

 いずれお互いの野望のため道を分かち、剣を交えなくてはいけないのだとしても。それまでは同じ方向を向き、手に手を取り合うのだ。

「分かった、歓迎するよグレン。改めて俺の名はハルト」

 そう言いながら立ち上がり、グレンに右手を差し出す。満足げにそれに応じるグレン。

「よろしく頼むぞ、ハルト」

 そんな二人を見て不満たらたらといった感じで茜が会話に割り込む。

「二人だけで盛り上がらないでもらえます? あっ、パーティー組むなら私がリーダーね」

 こんな時にもかかわらず茜はぶれない。そしてこんな時の茜に何を言っても聞かないことは今に始まったことではない。

 つまり、ここでの回答は肯定しかないのだ。

「お姫様、仰せのままに」

 とりあえずそれらしく膝を折ってみせる。満足げな茜と戸惑うグレン。

 あとで茜の扱い方について細かく説明しておかなければと思いながら、俺は今後についての話を切り出す。

「パーティーも組んだことだし、とりあえずグレンの装備を新調しに行こうか。その装備でレベル30まで上げてしまうのは後々リスクが大きくなりそうだしな」



「うへぇぇぇ~~~~…………」

 俺はようやく身体を休められる喜びを噛みしめながらベッドに仰向けに倒れ込む。あまり反発はないが村の中でも格安の宿なので文句は言えない。

「お兄ちゃん、爺臭い。それにまだ初日だよ? こんなんじゃ何日持つことか今から心配になるね」

 甲冑を外し、自分のベッドに置きながら茜がそんなことを言ってくる。

 俺たちはあの後武器屋でグレンの装備を新調し、軽く小一時間ほど狩りをして日が暮れてきたので、今日はそこで切り上げることにしたのだ。

 俺がレベル15になり、茜がレベル14、グレンは出会った時には既にレベル13に到達していたのでパーティーで最高位のレベル16。

 この一時間で気づいたことはレベルが12を超えたあたりからなかなかレベルが上がらなくなることだった。

 それまではモンスターを3、4体倒せば上がっていたのが、その倍ほどの経験値を必要としだしたのだ。

 それに三人のパーティーを組んだことによりモンスター討伐の効率は飛躍的に上がったのだが、時間帯もあってかモンスターの出現率がガクッと落ちてしまったのだ。それが切り上げた最大の理由でもある。

 それから三人で村に戻り完全に暗くなる前に適当に宿を探していると、大通りから外れた所にほっそりと佇む宿屋を見つけたのだ。外見はかなりこじんまりとしていて、二階建ての木造。一階にはフロントと客室が一部屋、二階には三部屋の総客室四部屋。

 そして決め手になったのはもちろん値段だった。

 他の宿屋の相場が一泊約200ゴールドだったのだが、この宿は破格の30ゴールドだったのだ。

 その割に内装も比較的綺麗で、茜が有無を言わさず即決した。つまりリーダーの決断は絶対というわけだ。

 まあ、特に断る理由がなかったっていうのもあるけど。

 野宿という手もないわけではないが、先刻のような男に襲われないとも限らないし、何より茜が許容しないだろう。

 それはさて置き、問題なのは俺と茜が一部屋で一晩を共にするということだ。

 そうなった原因は「お兄ちゃんは私と同じ部屋でいいよね?」という茜の発言によるものだった。

 もちろん茜なりに宿代節約などいろいろ考えた末の策なのだろうが、兄としてはその警戒心のなさに少し不安になってしまうのも事実。

 巷では父親や兄も異性だからという理由で口を利かなかったり毛嫌いするという話はよく聞くが、それに比べてうちの妹はどうだ。

 男勝りな性格は部活少女である彼女なら仕方のないことだが、いくら血の繋がった兄とはいえ異性の俺が同じ部屋にいても何にも感じない程にずぼらで鈍感というのも兄としては悲しかったりするのだ。

 好意を寄せる者としても。

 だからといって必要以上に拒むと逆に俺が茜を異性として過剰に意識しているみたいで不自然だ。

 俺のそんな葛藤など何処吹く風、お構いなしに身に纏う鎧を雑目に外し、ベッドの上に放る。

「先にお風呂もらうね~。お兄ちゃんも私が出たら入るんだからそのまま寝ちゃだめだからね」

 そう言いながらベッドの向かいにある扉、バスルームに向かう茜は鎧の下に着こむアンダーウェアである紺色のタンクトップにショートパンツ姿とかなりの薄着。もう下着と言っても過言ではないような。

 かなり目のやり場に困るし、できれば鎧は脱衣所で外してくれないだろうか……。

 俺は心の中でそう思いながらも、茜の後姿がバスルームに消えるまでしっかり見送っていた。

 もちろん兄として。

 扉が閉まると同時に溜息を一つ吐き、意識を切り替えベッドから飛び起きる。節々から金属が擦れる音が実に不愉快だ。

 背中に背負っている剣をベッドに丁寧に置く。甲冑は床にお放り投げるように外しベッドであぐらを組み、剣を鞘から抜き刀身をまじまじと見つめる。細い傷が何本も走っており、扱いの雑さが顕著に表れている。

「もっとうまく立ち回れるようにしないとなぁ……」

 右手に握られたその剣はずっしりと重く、軽く振ってみても手首と肩が軽く悲鳴を上げる。

 つまり、今のままでは小ボス程度のモンスターにも屠られてしまうかもしれないのだ。

 そんな自分が不甲斐なかった。そんな自分が許せなかった。こんなはずじゃなかったから。

 だからすることは一つしかない。

 ベッドから床に下り、剣を右手でしっかりと握る。そして渾身の力を込め虚空を切る。一太刀一太刀想い込めて振るう。

 もちろんこれがステイタスに影響するわけではないが、それでもイメージトレーニングくらいにはなる。気を紛らすにも都合がいい。

 俺はここで強くなる。そのためなら戦うことへの恐怖なんて乗り越えて見せる。

 その思いを込めて振るうと剣が微かに軽くなったように感じるから不思議だ。

 次第に額を汗が伝い始め、根拠のない自信が込み上げてくる。


 俺は強い。誰よりも。

 俺ならやれる。どんな困難な事だって。

 俺が守ってみせる。大切な、大切な――――。


「何やってんの、お兄ちゃん?」

「うぉっとっ――――――!!」

 背後からの不意打ちに汗ばんだグリップが滑り、持っていた長剣は宙を舞い弧を描きながら壁に垂直に突き立つ。深さで言うと八センチくらいか。

 一瞬あまりの絶妙な刺さり加減に感心するも、すぐに正気に戻る。

 あっ、やっちまった……。

 振り返ると数分前と同じ格好の茜が微かに頬を染め上機嫌で佇んでいたのだが、状況を把握するとすぐに表情がむるみる硬くなる。

 部屋中に何とも言えない微妙な空気が流れる。

「随分早かったな……」

「シャワーしかなかったからね」

「そ、そうか……」

 生まれる沈黙。

「私、知らないよ。まあとりあえず弁償は明日するとして、今日はお風呂入って寝たら?」

 茜はそれ以上責めようとしない。単に呆れているだけなのかもしれないが。だが今はそれがありがたかった。

「そう、だな……」

 翌朝、宿主に事情を説明し修繕費を払うことを覚悟し剣を納刀。それをベッドに置き、とぼとぼと浴室に向かう。

 修繕費、今の俺の手持ちで足りるだろうか……。

 そう思いながらバスルームの扉を開けると、湿気を帯びた熱気とシャンプーの香りが部屋中に漂っていた。

 今後に不安だらけの俺だったが、疲労からかシャワーを浴びた後はすんなりと眠りに就くことが出来た。



 小鳥の囀りに導かれるように私は眠りから覚める。心地の良い寝覚めだ。

 ベッドからゆっくりと身体を起こすと、カーテンの隙間から光が部屋の中に差し込む。

「もう朝かぁ~…」

 薄暗い部屋の中を躊躇いなく進み、バスルームに入る。

 洗面台の取っ手をひねり蛇口から出る水を掌ですくい、勢いよく浴びる。起きだちに水はひんやりとしていて心地良く、眠気覚ましには最適だ。

 一息吐くと急な空腹感に襲われる。幸いなのは腹の虫が鳴かなかったことか。

 そういえば昨日は一日何も食べなかったんだ。

 ふとそう思いながら寝室に戻り、まだベッドで深い眠りに就いているであろう寝坊助に語気強めに声をかける。

「お兄ちゃん、おはよぉ~。もう朝だよ、早く起きないと―――」

 あれ、おかしい……。

 さっきは少し寝ぼけていて気付かなかったが、薄暗い部屋の中に人の気配はない。

 あれっ……。お兄…ちゃん……?

 私は恐る恐るお兄ちゃんが寝ているはずのベッドに近づき掛け布団を掴み、勢いよく捲る。

「――――――っ!!」

 予感は的中。ベッドの中はもぬけの殻だった。

「お兄ちゃん、一体何処に……。もしかして早起きして何処かに出かけた……とか……?」

 もちろん考えられないわけではないが、あのインドア派の兄が自発的に外に出ていくのも想像がつかない。

 その時私の頭をよぎったのは、『誘拐』という二文字だった。それは昨日の男に寝込みを襲われたのかもしれないという可能性から来るもの。

 そして唐突に部屋の入り口の扉が何回かノックされる。しかも十数秒間隔で何度も、何度も。

 この宿屋の扉は見かけによらず全室オートロックになっている。もしここが現実だったなら何のためらいもなく扉を開ける場面だが、私も昨日の一件から多少は学習した。

 用心にとベッドの脇に立て掛けてある剣を鞘から抜き放ち、物音を立てないようにじりじりと扉に近づく。未だに音は止まない。

 扉に覗き穴はなく、来訪者を窺うことは出来ない。今ばっかりはそれがもどかしい。

 その間もノック音は止まず、次第に緊張感が増してゆく。

 どうしよう……。もし扉の前にいるのが昨日の男だったら、殺られる前に―――――――。

 私は右手の剣を頭上まで振り上げ、左手で扉の鍵のつまみに指をかける。そして、

「殺るっ――――――!!」

 解錠後に勢いよく扉を開け放ち、目の前に現れた人影に向かって振り上げた剣を力一杯に叩きつける。

 次の瞬間剣先が木製の廊下を抉り、木片が宙を舞う。

 乱暴に振るった衝撃が剣の柄から腕を伝いフィードバックする。そして剣は手から滑り落ちるが、これといった手応えはなかった。


 は、外した――――――――――――!!


 決めきれなかった後悔を覚えながら尻餅をつく人影を視認し、素っ頓狂な声を絞り出す。

 あ、あれっ…………。


「お、お兄ちゃん…………?」


 目を白黒させながら腰を抜かした春人は腕に抱えていたらしい紙袋を両断され、切れ目から赤い果実や緑色の小瓶がいくつも転がり落ちる。

「何を…してんの…?」

「えっ……。あぁ……、買い物から帰って来た……んだけど……」

 ようやく冷静さを取り戻し通常運転モードに戻った私は湧き出して来た不満を逆ギレ口調でマシンガンのように立て続けに放つ。

「そういう事は先に言っておいてくれないと心配するじゃん!! 昨日の事もあるし、あの男が復讐しに来て、お兄ちゃんを連れ去ったのかと思ってすごく怖かったんだから」

「だからこうならないようにちゃんとベッド脇のとこに書置きしておいただろ?」

 春人は床に落ちた物を拾いながら不満げに言う。

「えっ……!?」

 振り返り部屋に戻りランプを付けると、ベッド脇の小さなテーブルに『村の探索がてら買い物に行ってくる。すぐ戻るから不用意に宿から出ないように』とだけ書かれた羊皮紙が置かれていた。

「あっ、ホントだ……」

 この世界に来て二日目の朝は私のやらかしから始まることになった。

 剣線が逸れててよかった……。数十秒前の私、グッジョブ。

 そう思った瞬間、お兄ちゃんの鋭い視線が私を突き刺す。

「ご、ごめん……」


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