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無頼漢

 陽はまだ高く、夜の帳が下りるまでまだ暫くの時間がかかるであろう草原に爽やかな風が吹き抜ける。

 そこに響く乾いた金属音と散る火花。

「お兄ちゃん、そっちに行ったよ!」

 張り詰めた茜の声をしかと受け止め、こちらに向かって駆けて来るトカゲ型モンスター《レッドリザード》を迎え撃つべく剣を構え直す。掌は緊張のためか汗でぐっしょりだ。

 さぁ、来やがれ……。

 剣を右手で握り構えは下段、半身になりその頭部を見据える。

 空気を震わせる怒号と共に地を蹴り跳躍、こちら目掛けて体を踊らせる。顎門を目一杯に開き、その狙いは急所である首筋のようだ。

 だがリーチで優位に立つ俺は右下段に構えていた剣を跳ね上げ、トカゲの首元を掻っ切る。触れた瞬間に肉を裂く鈍い感覚が腕に伝わり、その衝撃が剣戟の勢いを殺したが、お構いなしに振り抜く。

 《レッドリザード》は突進の勢いそのまま地面に転がり落ち、喉元から鮮血を撒き散らしながら身悶える。鋭い三本のかぎ爪で刀傷を引っ掻きながら。

 しかし、衝撃で手の感覚が麻痺していたためか手汗のせいかは定かではないが握られていた剣はすっぽ抜けてしまい、二メートルほど離れた地面に先端から十センチほど埋まった。

 それを好機と見たのか地面をのたうち回っていた《レッドリザード》は、俺の首筋に目掛けて渾身の力を込めたジャンプを見せる。もしかしたら仕返しのつもりなのかもしれない。

 し、しまった―――――――――――………。

 丸腰の俺は致命傷だけは避けるために左腕を首との間に滑り込ませる。

 そして、その甲冑の小手越しに鋭い牙が何本も食い込み、小手が硬質な悲鳴をあげる。

 もちろんダメージの痛みは鎧の装甲だけでは済まず、顎の力で上下から圧迫されることで走る激痛に顔をしかめる。左腕の骨が軋み始めるのが分かり、このままでは使い物にならなくなるかもしれない。

 視界の右下にある体力ゲージが半分くらい残っているのだが、それもじわじわと減少している。もう少しで三分の一に差し掛かるほどに。

 これは、いよいよまずいな……。

 残った右手で頭部を殴打するが力が弱まる気配はなく、焦りが募り始める。

「お兄ちゃん、こっち向いて! そして、死にたくなかったら動かないでね!」

 茜の声に従いトカゲの身体ごと左腕を強引に引っ張り、頭部が茜の視界に入るようにする。

 その瞬間、宙を舞う一振りの剣。それは茜の手元から弧を描き、寸分違わず《レッドリザード》の頭蓋を射抜く。

 さ、さすがの運動神経だな……。

 絶命した骸は力なく地面に滑り落ち、少しの間痙攣していたと思ったら自然発火し無に帰る。

 ひと段落ついてその場に崩れ落ちるようにへたり込む俺に近づく金属の擦れる音と、草を踏みしめるサクサクッという歯切れの良い音。

「まったく、お兄ちゃんは詰めが甘いんだから」

「悪かった、助かったよ」

 その発言に気分を良くしたのか続ける。

「こういう世界はお手の物だから、俺に任せとけって言ってたのは何処の誰だっけ?」

 そんなことを言いながら骸が消え地面に落ちている愛剣を拾い、一振りし鞘に納刀。そしてこれ見よがしにいやらしいしたり顔を向けて来る。

「そんなこと言ったって、体力を使うことは管轄外なんだよ」

 っていうか、俺そんなこと言ったっけか……?

 俺はそう心の中で悪態をつきながら離れた所にある剣を取るために、疲労困憊の体に鞭を打って立ち上がる。

 俺と茜が村の近くの草原でレベリングの定点狩りを始めてすでに一時間ちょっと。その甲斐あって俺はレベル12に、茜はレベル11になっていた。

 しかし、そのレベリングは壮絶を極めた。

 最初の壁は装備の重量。

 この世界に来た時に装備していたステイタス底上げ効果の付与された武装は重量も優遇されており、然程動き難さや重量を感じることもあまりなかった。だが、今は違う。

 身体を守るために武器屋で購入した中級の金属鎧上下と〈スチールソード〉は今までに感じたことないほどの不快感を与えた。

 走るには重量が厄介で、俊敏な動きも出来なくはないがその分体力を消耗する。可動範囲はかなり制限されるし、動く度に金属の擦れる音が不快感を増幅させる。

 しかし、それでも金属防具を選ぶ理由は非貫通性に特化しているからだ。

 現にさっきも皮鎧であったならダメージも数倍になったかもしれないし、左腕を食い千切られていたかもしれない。

 そう思えば納得せざるおえないのだ。

 そして、一番の鬼門は痛覚だった。

 この世界での痛覚は現実とほぼ同等に設定されている。そのためモンスターに攻撃されればその痛みのフィードバックに気を失うことだってあるだろう。

 それにただ痛いだけならば対応のしようもあるが、問題なのはその時に植えつけられる恐怖心だ。痛みが大きければ大きいほどに根は深くまで潜り、その恐怖心は判断力を鈍らせ行動の抑止力ともなる。

 俺はこの一時間程度で何度となくその事を思い知らされた。

 仮想の命に過ぎないこの世界で死ぬことはさほど怖いことではない。しかし、実際に死ぬほどの痛みを味わうなんて真っ平御免だ。

 だから極力攻撃を受けないように距離を取りヒットアンドアウェイを繰り返していた。しかし、自分でも気づかないうちに逃げ腰になっていたようだ。

 しかも気を張っていると精神を消耗しそこに隙ができ、先ほどのような危険な場面を招いてしまったのだ。

 茜がいなかったら命はなかったかもしれない。そう思うだけで背筋に冷たいものが走る。

 ちなみに《レッドリザード》は某有名RPGでいうところのスライム相当だ。

 地面に刺さった剣を引き抜き、背中の鞘に納める。

 気を取り直して辺りを見回すがモンスターの影はない。どうやらこの辺りは狩り尽くしてしまったようだ。

 それに死にかけてすぐにまた闘えるかと言われると、答えは否だ。

「今日は充分レベリングしたし、そろそろ村に戻らないか? 俺はちょっと疲れたよ……」

「おやおや、随分と情けない兄ですな。でも、私はお腹が空いちゃったし、今回は賛成してあげるよ」

 そう言い終えると、茜は一人でさっさと村の方に歩き出す。「ご飯〜♪、ご飯〜♪」と口ずさんでいることから機嫌は悪くなさそうだ。

 茜の機嫌にホッとしつつ、俺も妹に続く。

 今の狩場から村までは五分も歩けば着く距離。そして、もう村の門が見え始めていたのだが。

 前を歩いていた茜が突如立ち止まり、振り返ることもなく声をかけてくる。

「ねぇ、お兄ちゃん。あの人、何か変じゃない?」

 茜の視線を追うとそこには丁度いいサイズの石に座った男がいた。

 風貌は髭面で三十代半ばといったところ。服装は黒のスパイ風タイトアーマー、つまりはその男は俺たちと同じプレイヤー。

 だが、不審なことにその男は俺と茜の二人を見つめていた。

「ヤバイな……。いつかそういう輩も現れると思ってたけど、まさかこんなに早くあえらわれるとは……」

「そういう輩?」

「PKがお好きな悪趣味な方々だよ」

 俺は相手に聞こえないように茜の耳元で囁く。

「つまり、あの人は私たちを……?」

 不安そうなその問いに、静かに首肯する。

 つまり、その男は何処かで武器を性能の劣るものに買い替えたのを見て俺たちを狙ってたってわけだ。

 この擬似異世界のクリア条件はこの大地から始まる八十八の浮遊島を踏破することだが、もう一つある。それが最後の一人になるというものだった。

 こっちの方が断然楽だし、狙う輩も多いことは予想していた。

 もちろんこんな事態も予測していた。だが、あまりにも手が早かった。

 現在の俺たちのレベルは二人合わせても奴のレベル30には届かない。もし上手く連携を取ることが出来たとしても勝てる保証はない。しかもこちらは疲労困憊。

 つまり、まともな立ち回りは期待出来ない。

 それにもしかしたら気のせいかもしれないしな。

「とりあえず、気を張ったままで通り過ぎてみよう。絡んで来たら通じるかどうかは分からないけど、話し合いってのも一つの手だし」

「うん、分かった……」

 二人で覚悟を決めたのち、また歩き出す。

 男との距離はみるみるうちに縮まり、もう十メートルもない。緊張が高まる。そして、通り過ぎようと、


「おっと、もしかして素通り出来るなんて思ってないよな?」


 はい、ビンゴ……。こういう奴らってどうしてこうも分かりやすいんだろうか……。

 心の中で呆れながら悪態をつくが、礼儀として一応答えなくてはなるまい。

「悪いけど俺たちはあんたが欲しがるようなアイテムも金もないんだが」

「そんなもんいらねぇーよ。俺が欲しいのはてめぇーら二人の命さ」

 そう言って腰から可変式の銃剣を引き抜く。どうやらやる気満々みたいだ。

 黙って殺されるつもりはないが、どこまで抵抗出来るかはやってみないと分からない。

 こいつの体力はおそらく3000ちょい。だが、俺たちは二人合わせても1500にも達していない。二対一ならともかく一人ずつ相手されたら勝ち目はないな……。

「どうする、お兄ちゃん?」

 不安の色が濃い茜の声。

 茜だけ逃すという選択肢もなくはないが、成功するだろうか……。いや、―――――――。

 背中の剣に意識を集中させ、茜の隣に並ぶ。そして、「お前だけで逃げろ」と囁こうとして、こんな状況で俺の言うことを聞くようなできた妹ではないことを思い出す。

 なら、どうする……。

 俺は必死に思考を巡らせ、最善の道を模索する。一秒がどれほどに引き伸ばされたのか分からない。

 男は業を煮やしたようにこちらに歩み寄り始めた。

 どうする――――――――――。

 と、そこで背後に人の気配を感じる。特に気配を隠そうともせず、草原をずかずかと歩く足音。まるで自分の存在を主張しているかのように。

「おうおう、恐喝とは穏やかじゃねぇーな。それもガキ二人を相手に」

 それは男性の声。低くもなく高くもない、だがとても聞き取りやすくよく通る声。

 振り返ると俺よりも頭一つ分くらい身長の高い優男が立っていた。装備は髭面の男と同じく初期装備。

「何だてめぇーは、余計なこと言ってるとお前から殺っちまうぞ!」

 水を差され激昂する男。しかし、優男は怯む仕草もない。むしろ飄々としている。

「装備は互角、ならあとは腕次第ってことになるが。まあ、そこの少年たちが俺に手を貸してくれるって言うなら三対一になって形勢はこっちに傾くってもんよ。それでもやるかい?」

 この時点で俺たちと優男の間で共闘関係は築かれていない。だが、俺たちの生き残る道はそこしかない。それは無頼漢にも分かること。

「ちっ、覚えてやがれ!」

 そう吐き捨て髭面の男は村に消える。

 俺と茜が振り返り、御礼を言おうとすると。

「っと、危険は去ったが、挨拶は村に戻ってからにしようや」

 優男はそう言って俺たちの間をすり抜け村の門へ歩き出す。

 茜が「どうする?」と視線で訴え、「行こう」と返す。

 俺と茜は優男の後を追い、村の門をくぐった。


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