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心理的な罠

 そうだったのか……。こりゃ、やられたぜ……。

 俺がその事に気づいたのは街を出て二十分ほど経過した頃だ。


 ここ《High Fantasia》は現代のRPG要素がふんだんに盛り込まれた世界だ。そこでサバイバル合戦をするためにまずしないといけないこと、それは自分が他者よりも優位に立つこと。すなわち自分の強化である。

 町から出てモンスターを狩り、経験値を稼ぐことでレベルを上げる。それによりHPも増え、その分死の確率も大幅に下げられる。

 そして、俺もその一人だった。

 今は経験値稼ぎのために町から歩いて五分ほどの草原で、一人獲物を物色すること十分。危険がどれ程のものか分からないため、茜は街でお留守番をさせているのだが。

 そんな中で俺は薄汚れた三十センチほどのカエル型モンスターを初期装備である銃剣の試し切りの相手に選んだ。

 実際の戦闘経験などない俺だが、ゲーム歴ならそこらの大人にだって負けやしないという情けない自信だけはある。ここだって並行世界に創られたテーマパーク。すなわち、仕組みはゲームと同じなのだ。

 そう自分に言い聞かせ、振るった剣は見事にカエルにヒットする。余程レベル差があるからか、いとも容易く手ごたえを感じる。短い断末魔と共に息絶えたモンスターの亡骸はすぐに青白い炎に包まれ、数秒のうちに跡形もなく消えてしまう。

 そこまでは順調過ぎるくらいに進んでいたのだが、そこで突如ポップしたメッセージにはこう書かれていた。


【レベル1→4 ステイタス+0 熟練度+0】


 それを見た瞬間はステイタスがレベル20で固定されているんだからそれらが上昇しないのも当然かと納得しかけたのだが、すぐにおかしいことに気づく。

「熟練度も上昇しないのか」

 そうぼやき、メニューウインドから紫色の○を選び、熟練度の詳細を開く。

 そこには剣、槍、槌、弓、盾の五つの項目があったのだが、

 五つとも熟練度0って、どうなってんだよ……。

 俺が現段階で装備しているスパイ風のタイトレザーアーマー。これの装備ボーナスにより既にステイタスがレベル20で固定されている。そのためそれに従ってステイタスの数値も底上げされている。

 だが、今確認した限りだと熟練度はその限りではない。五つの武器の熟練度が初期状態なのだ。つまり、今装備している銃剣は熟練度に関係なく扱えるということになるのだが。

 しかし、そうなるとモンスターを倒したのに熟練度が上昇しないというのは不可思議だ。

 そこで思い出したのは今回の被験の目的だった。運営がすることは被験者の観測のみ。つまり干渉は専門外だ。それなのに何故、初期装備をグレードアップして攻略の手助けするような行動(まね)をしたのだろうか。

 考えられる可能性は一つ。この状況すらも運営からすれば観測するべき事象であるということ。その場合、俺の武器または装備には説明欄に記されていない隠れギミックが施されていると考えるべきだろう。

 だが、本当にそのことに気付けるかどうかを観測するだけなんだろうか。もし、それが俺たちプレイヤーにもデメリットがあることならば、今すぐにでも回避出来るルートを見つけ出さなくてはならない。

 その時俺の頭に浮かんだのは『選定』の二文字だった。

「ったく、タチが悪いぜ……」

 そう口にした時には既に駆け出していた。

 歩いて来た道を渾身の力を込めて駆ける。いくら擬似異世界だからといっても人の技量では人の域を超えた動きは出来ない。もちろん魔法は全くの別物だろうが。

 そのため不便ではあるが町に戻るにはこの足を使うしかないのだ。途中何度か小型のモンスターと接触したが、足を止めることなくすり抜け加速し続けた。

 その甲斐あって行きにかかった時間の半分以下で町の中央広場までたどり着いた。

 中央広場はなかなかに賑わっているようだが、黒装束のプレイヤー達はほとんど見られない。茜を除いて。

 茜は俺を見つけるなり、食い気味に文句を言ってくる。一人でよほど退屈だったようだ。

「遅いよぉ!! 十分で戻るって約束だったじゃん。もう三十分だよ? で、成果は?」

 怒っていたかと思えばすぐにけろっとした顔を見せる茜。我が妹はとても切り替えが早くて助かる。

「そのことなんだけど、ちょっと確かたいことがあるんだ」

 俺は茜の腕を強引に取り、彼女の返答など待つことなく目的地を目指し歩き出す。



 肉を裂く鈍い音と共に甲高い悲鳴。続いて青い炎が肉そのものを無に返す。

「やったよ、お兄ちゃん!! 意外と簡単だったね」

 町で所用を済ませた俺と茜は二人で草原に繰り出し、直後に遭遇した六十センチほどのトカゲ型モンスターを討伐したところだった。

 その喜びからか茜は輝く刀身を嬉しそうに振り回していて、いくら本当に死ぬわけではないと分かってはいても我が妹の神経を疑わざるおえない。その直後、

「おっ、出た出た。これがレベルアップのメッセージかぁ」

 感慨深そうに虚空を眺める茜。

 一人の時は気付かなかったが、レベルアップのメッセージウインドは本人にしか見えないようだ。

「で、どうだ?」

 俺の質問に茜は軽く首肯する。それは俺の予想が正しいことを証明していた。

「今のトカゲモンスターを倒してレベルが2になってる。ステイタスはそれぞれ100上昇してて、剣の熟練度は2になってるよ」

「やっぱりそうか……」

 あれから俺たち二人は真っ先に町の武器屋へと足を運んだ。

 そこで二人の所持金全てをはたいて最低ランクの剣〈ブロンズソード〉と最低ランクの鎧〈町娘の服上・下〉を購入し、草原まで戻って来たのだ。検証をするために。

 試すことは単純で、質素な白いトップスとロングスカート、ブロンズソードを装備した茜にモンスターを討伐させることだった。所要時間十分。

 そして今答えが出た。

「俺たちがここに来た時から装備してるこのスパイ風の衣装と可変式の銃剣。これは装備している者のステイタスをレベル20まで上昇させるっていう魅力的な効果を持っている。だから俺も初めはこれが戦闘素人のプレイヤーへ向けた助け舟だと思った。でも、違ったんだよ。この装備を使ってレベル上げをすると熟練度が一切上昇しない。そして武器屋でも確認したけど、性能の高い武器は熟練度を上げないと装備することが出来ない。つまり、レベルが20になって装備を新調しようとしてもまともな武器は使えないってわけだ」

「しかも武器や装備を買うにはお金がいるけど私たちプレイヤーの所持金は三千ゴールドで、それだと最低クラスの武器が三つ、もしくは村人の服が一着と武器が一つ買えるだけ。それじゃあいくら自分が強くても足止めは免れないよね」

 武器屋では武器と装備が五種類売られており、最も安い武器でも千ゴールド。装備は上下がそれぞれ二千ゴールドから。プレイヤーの所持金は統一して三千ゴールドで、モンスターの討伐によって得られるのは個体差はあれど十〜三十ゴールド程度だった。

 つまり、徒党でも組まない限り最初は武器すらまともに買えないのだ。

 しかもその五種の武器にはそれぞれ装備可能熟練度が設定されており、それを下回る場合は装備しても性能が大幅に減少するという仕組みになっているようだった。

「おそらく、運営はプレイヤー全員が平等な立ち位置からスタートするのが気に食わなかったんだろうさ。機転の利く者は間抜けな者たちを出し抜けるようにな」

 ここは弱肉強食の世界。強いものが上に立つのは道理。力でのし上がるも知でのし上がるもその者次第というわけだ。

「でも、流石にそれって酷い話だよね。こんなんじゃまともに戦えるようになるまでに何日かかるか」

 茜の言い分はもっともだった。

 今の装備でレベル上げをした場合は熟練度が足らず、その上お金も足らず武器を新調することも出来ない。使用しなかった場合も武器を新調できず、モンスターと戦うことすらままならなくなるだろう。

 あれっ、でもそれじゃあどのみち今の武器を使う以外に選択肢はないんじゃ……。いや、そんなはずは、でなきゃこんな面倒な小細工するはずがない。

「もしかして、まだ見逃してることがあるのか……?」

 その時、ふと自分の身につけている装備が目に入る。

 この武器と装備は使わない場合処分することになる。つまりは破棄、もしくは売却――――――。

「あっ、そうか!!」

 一つの結論を導き出した俺は町を目指して駆け出す。茜を置き去りにして。

「えっ、お兄ちゃん。どこ行くの!?」

「話は後だ。今はとりあえず付いて来い!!」

 俺は後ろでぐだぐだ言う妹に強めの口調で言い放つ。それに渋々ながらも従う茜。

「なんか今日こんなのばっか……」

 その茜のぼやきは俺には届かなかった。

 俺たちは草原を走り、町に入ると本日二度目となる武器屋の仕切りを跨いだ。

「いらっしゃい…」

 眼鏡をかけた細身の男が気怠げに言う。この武器屋の店主はどうもやる気がないらしく、来店した客を一瞥するもののそれ以上の愛想は皆無だ。無精髭を生やしているのがなおさらその印象を濃くしているのかもしれない。

 俺はそのまま店主のいるカウンターまで直進し、茜がついさっき新調するまで来ていたタイトレザーアーマーを差し出して告げる。

「この装備を買い取って欲しいんだが」

「売却だね…。どれ、見せてみな…」

 店主は装備品を受け取ると、広げて隅々まで値踏みするように見つめる。それまで一切表情を変えなかった店主の目に力がこもる。まがりなりにもその手のプロなのだろう。

「うむ、なかなかに上物だな…。これなら八万ゴールドで買い取ってやろう…」

 それを聞いた茜は目を輝かせ、カウンターに身を乗り出す。それは俺にとってもこれは嬉しい誤算だった。

 俺は最低ランクの武器を買えるくらいのお金になると踏んでいたのが、その十六倍という法外な結果になった。それも武器なしで。

 その後武器を追加した三点を売却し、茜は十四万ゴールドという大金を手に入れたのだ。すぐにでも装備を新調しようと店内を物色し始めている。

 そして、次は俺の番だ。

 茜と同じく最低限の装備を購入し、店内の試着室で着替える。そして、装備一式を売却した。

 店主の表情にはさほど違いを感じられなかったが、提示された額がその変化を物語っていた。そして、それは店主の発言にも表れていた。

「こいつもなかなかの上物だ…。だが、こりゃ使用した形跡があるな…。中古品となると十二万五千ゴールドってとこだな…」

 確かに俺は戦闘で武器を三回ほど使用した。そして茜との差額は一万五千ゴールド。単純計算で一撃につき五千ゴールドが飛んだことになる。

 つまり、使用回数で価値が下がる仕組みになっているのだろう。

 武器は使えば使うほどに価値が下がり、十二回で完全に価値を失う。おそらく装備の方も同じで、ダメージを受けるたびに価値が下がって無価値となるとなるのだろう。

「やっぱりこの装備一式は売却用のアイテムだったんだな」

「売却用ってどういうこと?」

 店内を一頻り見たのか茜は俺の傍に戻っており、訊いてくる。

「ああ、つまりそんなうまい話はないってことさ」

 初心者ならまず間違いなく飛びつくであろうステイタスアップの効果を持つ装備。しかし、その真の姿はプレイヤーを試す心理的な(トラップ)。装備中は熟練度が上がらず、使うほどに売却時の価値を失っていく仕組みだ。

 初っ端からこんな心理的な仕掛けがあるなんて、先が思いやられるな……。

 俺と茜は武器屋で真ん中のクラスの剣〈スチールソード〉三千ゴールド也と〈アルミメイル〉一万二千ゴールド也を購入し、装備した。

 俺は剣を背中に、茜は左の腰に吊るす。

 装備してみた感覚として引っ掛かるのは、タイトレザーアーマーに比べて動きにくいことと、剣がかなり重いことだった。もしかしたらさっきまでは効いていた重量補正の魔法が消えてしまったのかもしれない。

 背中の剣の重みが圧倒的な存在感を伝え、鎧は重みと束縛具合がこの上ない不快感となっていた。だがそれも体感型異世界の醍醐味。

「これでやっとファンタジーっぽくなってきたな」

 ようやく謎が解け、素直にこの世界を楽しむことが出来る。緊張が緩み、笑顔を見せる俺を見て茜が宣言する。青天の空に人差し指を突き立てて。

「よっし、今から二人でモンスターを狩りに行こうよ。目指すは今日中にレベル20!! どっちが多く倒せるか勝負だよ?」

「定点狩りか。でも、今日中にレベル20って少し張り切り過ぎじゃないか?」

 茜は定点狩りや周回の辛さを知らないからそんなことが言えるのだ。同じ作業を延々と繰り返し、次第に感情を失っていく魔の時間。それが定点狩り、周回作業なのだ。

 それにいくら最初はレベルが上がりやすいとはいえ、初日でレベル20なんて何時間かかることか。だが、そんな忠告を聞くような妹ではないことも俺は知っている。

「いいのっ!! 私がバッタバッタとモンスターを切り倒して、この世界を無双してやるんだから」

 そう意気込んで駆け出す茜。

 そらみろ、何にも聞いてやしねぇ……。――――ったく、仕方ねぇなぁ……。

 俺は溜息を吐きつつ、茜を追う。

 ふと視界を右下にスライドさせるとそこにはHPカウンターがあり、そこの数値は【384/384】になっていた。つまりステイタスも大幅に落ちているということ。

 突如湧き上がる不安を頭を強引に振り払い、自分の得物の感触を確かめる。剣の柄から伝わるのは金属特有のひんやりとした手触りのみ。

 今は草原に続く道を二人の金属鎧が擦れる音だけが頼りなく響いていた。


 この一時間後に俺の不安が的中するなんて、その時の茜は到底考えもしなかっただろう。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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