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集められた者達、そして旅立ち

 二〇六七年四月十九日


 コンクリート造りで窓一つないホール。高さは十数メートル、広さは縦百メートル、横八十メートルの長方形。正面にはステージがあって、慣れ親しんだ体育館のような造りの空間。違いは壁が木張りじゃない所くらいか。

 そこには六千人もの年齢、性別、職業の異なる人達が集められ、それぞれがこれから始まる体験に個々の反応を示し、言葉を交わしている。

 俺もその中の一人であった。

 目の前で黒々とした髪を一つに結んだ少女辺りをキョロキョロと見回していた。そのあまりにも落ち着きのない行動に、こちらまでペースを乱されてしまいそうになる。

「茜、少し落ち着けよ」

 少女は大きな二つの瞳でこちらを見ると、薄く苦笑いを浮かべ言う。

「今更だけど、やっぱり緊張するね……」

 無理もない。これから始まるのは人類初の試みであり、全てにおいて予測のしようもない体験だからだ。

 至って平凡な高校一年生の俺 神崎(かんざき)春人(はると)と、一つ違いの妹 神崎(かんざき)(あかね)がここにいるのは人格(マインド)平行(トレース)交換(β)実験(テスト)の被験者に選ばれたからだ。

 すると、周囲を照らしていた照明が弱まり、正面のステージが照らし出される。そこに右のそでから白衣を着た一人の女性がカツカツとヒールを鳴らしながら中心辺りまで歩き、正面に向き直る。そして右手のマイクを口元まで運び話し始める。

『私の名前は三門(みかど)奈美子(なみこ)です。言うまでもないとは思いますが、このBTSの技術研究部長をしています。そして、今日貴方達に試していただく平行(マインド)人格(トレー)移動(シング)装置(システム)の設計者でもあります。さて、前置きはこんなところで良いでしょう。そろそろ本題、これから始まる実験の説明を始めます』

 三門奈美子は気持ちを切り替えるように眼鏡を軽く中指で持ち上げ、本題であるこれから始まる事の説明を始める。



 今から遡ること六年前。

 二〇六一年二月二十日、研究者 三門奈美子は平行(パラレル)世界(ワールド)の観測に成功した。

 平行世界とは同じ時間軸でこの世界は幾つもの選択肢によって枝分かれし、異なる結末を持つ世界のことで、理論上存在すると考えられてはいるものの実証することは科学技術を汲んだ上で困難だったのだ。その時までは。

 そこに突如現れた奇才女科学者が誰も考えつかないであろう発想の転換により、たった二年で観測に成功した。彼女は東都大学を主席で卒業した秀才でありながら、凛とした雰囲気と整った顔立ちがモデル顔負けで雑誌などに引っ張りだこだった。中には歯に着せぬ物言いや、そのキャラを面白がる者もいたという。

 そして、観測が成功してから五年後の八月三日に発表されたのは 《平行世界に新感覚アドベンチャーワールドを創る》 という民間企業BTSと三門美奈子の共同企画(プロジェクト)だった。

 BTS(Best To Science )はここ最近で規模拡大を成功させた家電メーカーで、特にPCやタブレット端末の性能には定評がある。最近ではコンピューターゲームの開発にも力を入れており、新たに独自の市場を作り上げようと企画されたのが今回の計画だ。

 平行世界に移動するには横軸である空間を移動しなくてはならない。しかし、人間の質量は大きすぎて平行世界へ送ることは不可能であるという事になり、プロジェクトの中止が危ぶまれた。

 たが、三門奈美子という人間は諦めるということを知らない。並大抵の科学者が行わないであろう手段、体より質量の少ない意識の集合体となる人の源、人格(マインド)のみを空間移動させるというものだった。それを成功させるには移動先に体があることが条件となる上に、移動によって精神へのダメージがないとは言い切れないという懸念もあった。しかし、三門奈美子の造り上げた平行人格転移装置はそんな懸念をものともしない安全装置が組み込まれており、研究者達ですら舌を巻かずにはいられなかったそうだ。

 それからは被験者の募集だが、これは全国から身体能力や知能などから統計をとり、十五歳〜四十歳までの男女一万人を弾き出した一次選考。選ばれた者にはBTSから招待状が届き、手続きを行うと改めて二次書類選考、三次面接、健康診断を突破した六千人が被験者として今日BTS研究施設に集められたのだ。

 しかし志願者が後を絶たず、BTS本社や研究所に脅迫状が殺到したらしい。その理由はBTSが提示した法外な報酬だった。



 三門奈美子は説明を終えると、来た道を帰るのみで、その歩き姿は美しくもあり、何処か憂鬱さをはらんでいた。

 入れ替わりに、スーツを着込んだ白髪の男がステージに上がった。男はBTSの代表取締役社長の須木(すき)()(ごう)。確かホームページにも写真が載っていたのを記憶している。その声はとても野太く、貫録を感じさせる。

「今日は我が社の新プロジェクトの稼働テストに参加してくれてありがとう。今回のテストが上手くいけば本格的に遊戯施設を平行世界に創るということも現実味を帯びてくるだろう。まあ、君たちは私達が創り上げた世界を楽しんでくれるだけでいい。その名も疑似異世界《High Fantasia》。ここで最後まで生き残り100億円を見事に掴み取ってくれたまえ!!」

 社長須木巴豪は最後に豪快に笑うと、満足げにステージを後にした。

 すると、ステージの照明が落ちホールの照明が戻る。そして左右の壁に幾つか取り付けられたスピーカーから無機質な電子音に近いアナウンスが鳴り響く。

『只今より案内を開始します。読み上げたナンバーをお持ちの方は前方の扉にお進み下さい。0001〜0099、0100〜0199、0200〜……』

「これってプログラムされた電子音なのかな。人の声とは少し違うみたいだし」

 アナウンスが続く中、隣からどうでもいいような疑問を投げかけてくる茜。

「多分AIだよ。今時珍しくもないだろ、スマホにもあるし」

「あっ、そっか」

 どうやらその回答で満足したらしく、また興味を周囲に散らしキョロキョロし始めた。

 俺はというと、浮き足立ち落ち着いてはいられなかった。

 それもそのはず、一万人の一次選考には入れたのも軌跡と言えるのに、二次、三次、健康診断とすんなり通過してしまい今日に至っている。さらには妹の茜まで一緒なのだからなんて強運。

 今まで勉強もろくにしてこず、受験の苦労も知らずレベルの低い私立高校に入学した。さらにコミ障がたたり、入学初日から周りに馴染めず孤立してしまい、学校以外は部屋に籠る毎日を過ごす軽度の引き篭もりだった。そんな小心者の俺がこんなに人のいる所に来て環境の変化に対応出来るはずがない。

 そんな俺と比べて一切動じず、むしろ興味津々で生き生きしている妹を見ていると、本当に兄妹なのだろうかと思わずにはいられない。

 茜はスポーツ万能で成績も優秀。容姿も綺麗目な中にも幼さの残る顔立ちから、かなりの美少女にあたるだろう。何処をどう取っても自慢の妹だった。

 しかしその一方で、才能の欠片もない自分と妹を比べてしまい、無力感に苛まれることがよくある。部屋に閉じこもるようになったのは、家の中でも肩身が狭くなっていたからかもしれない。

 そして、俺は……。

 そこで突如肩を叩かれ、意識を考えごとから戻す。

「お兄ちゃん、番号呼ばれたよ」

「あぁ、そうか……」

「行こっ!!」

 茜に手を引かれ歩き出す。

 手を通して伝わる茜の体温。鼓動まで聞こえて来るようだ。そして、俺は複雑な感情が心の中を飛び交っていた。

 俺は、茜のことが好きだ。でも、これは決してシスコンだとか幼女趣味などではない。茜への憧れが気づいた時には恋心に変わっていたのだ。

 だが、この気持ちは決して口にしてはいけない。今の関係を崩さないためにも、茜を傷つけないためにも。

 俺の思いを知ってか知らずか茜は手を握る力を強める。

 扉を潜ると狭くて、暗い廊下がしばらく続いていた。灯りといえば、頭より少し高い位置に、点々と蛍光色のタイルが壁に埋め込まれているだけだった。

 前を歩く茜は何の迷いもないようだが、俺は何だか嫌な予感がしていた。そう思ったのは廊下が薄暗いからなのもあったのかもしれない。

 進行方向から僅かな光点が現れ、次の部屋がもうすぐだと分かる。

 廊下が終わると視界が急に開け、ホワイトアウトになる。目が慣れてくると、その光景に唖然としてしまう。

 部屋の壁は湾曲しており全面が白張り、広さはドームのそれと遜色ない。床には丸みを帯びた細長い玉子型のカプセルの様なものが等間隔で円を描くように二重にも三重にも配置されていて、中心には銀色の塊(それが恐らく平行人格転移装置のメインサーバーだろう)があった。

 カプセルは事前の説明で聞いた情報によるとスリープ機能が搭載されており、平行世界に移動している間は人格がない植物状態と同意になるため、体の維持をするために簡易コールドスリープ状態にして腐敗を防ぐ。

 しかし、コールドスリープも五年が限界とされており、それ以上は脳やその他の臓器に後遺症が残る可能性があるらしい。

「す、凄いね……」

「あ、あぁ……」

 この時ばかりは緊張を忘れて驚嘆せずにはいられなかった。まるで近未来、SF映画やアニメなどでしか見たことのないような光景。

 前の人に続いて進むと、カプセルが目の前に迫る。辺りを見回している俺とは対照的に茜は自分のカプセルを早く見たいのか、かなり前を歩いている。

 カプセルは上部が半透明のカーボンになっていて、開閉して中に入れるようになっている。さらに側面にはシルバーのプレートが貼られていて、そこには被験者のナンバーが刻まれていた。

 自分のナンバーの刻まれたカプセルを探していると、前を歩いていた茜がこちらに手を振り叫んでいる。

「お兄ちゃんっ、ここにあったよ!」

 確かにカプセルには【3078】と書かれたプレートが付いている。触ってみると、フレームはひんやりとしていて無機物である事を主張している。

 側面にある開閉ボタンを押すとカーボン部位が傾斜状に開き、中には丁度人が横になれる溝がある。

「わぁ〜、凄い。お兄ちゃん、見て見て?」

 隣のカプセルを覗き込んでいる茜がこちらに向かってそんな事を言ってくる。確かに茜が興奮するのも無理はない。だが、そんな時でも平常心を失わないのが俺である。そのせいでよく冷めているだの、関心がないだのと言われることも少なくない。

 すると、部屋全体に響き渡る澄んだ女性の声。部屋の真ん中で存在感を放っている銀色の塊の隣に立つ女性の姿が目に留まる。やはり声の主は三門奈美子だ。

『これから〈High Fantasia〉に接続します。被験者の皆さんは更衣室と被験着を用意していますので、そこで更衣を終え次第カプセルに入りヘッドギアを装着してください』

 それを聞き、次々に移動を始める群衆。俺と茜も周りに遅れることなく自分のカプセルから離れ、人の流れに続く。

 更衣室は部屋の北側に二つの扉があり、〈male〉〈female 〉と書かれた暖簾のれんが掛けられていた。それはあまりにも周りの雰囲気から浮いていた。

 中に入ると、だだっ広い白を基調としたシンプルなロッカールームがあり、自分の被験者ナンバーのプレートが付いたロッカーを開けると中には手術着のような簡素な服と説明書が用意されていた。

 説明書には『被験着を着用の際は下着も脱いで、肌に直接羽織るように着るようにして下さい』と書かれ、幾つかの図があった。

 どうやらあのカプセル内では被験着以外の衣服を身につけていると、コールドスリープ時に温度が均一にならず不具合が生じるようだ。運営側からしたら裸で入ってくれると管理もしやすくて助かるんだろうが、いくらスリープ状態とはいえ同じ空間で男女を裸でカプセルに入れるわけにもいかず取られたクレーム対策の応急措置なのだろう。

 着替え終わった人から次々と接続(ダイブ)部屋(ルーム)に戻り自分のカプセルに潜り込み、ヘッドギアを頭に装着する。俺も愛用のジャージから被験着に着替えようと被験着を手に取るとその粗雑さに驚く。

 何だよこれ……。ほぼ紙じゃねぇか。ファミレスなんかで出てくる使い捨ての紙エプロンより少しマシって感じ……。どっかに引っかけたら一発で変質者に様変わりってか……。

 しかしここで文句を言ったところで代わりが用意されるわけでもないので、黙ってここは着替える。

 カプセルまで戻ると中に滑り込み、ヘッドギアを装着する。恐らくこのヘッドギアを通して脳波を測定しているのだろう。

 カプセルは成人男性も入れるように設計されているのか、あまり身長の高くない俺は足元に少し余裕がある。しかし、寝返りする余裕などはなく閉所が苦手な人にはかなりキツイかもしれない。

 右隣のカプセルに目をやると、茜も同様にヘッドギアを装着し終えたところだった。こちらに気づいたらしく皮肉っぽい笑顔で聞いてくる。

「お兄ちゃん、もしかして怖いの?」

 本当は怖い。異世界というものに憧れがある一方で、未知の世界に足を踏み入れるというのは不安になるものだ。でも、ここで強がるくらいのプライドはある。相手が茜なら尚更だ。情けない所など見せられるはずがない。

「まさか、わくわくしてんだよ……」

 もちろん虚勢である。その言葉をどう捉えたか、茜は満面の笑みで頷く。

「だよね。向こうでまた会おうね」

「あぁ、すぐに会えるさ」

 俺も茜もその言葉を最後にカプセルに身を預け、仰向けになった。

 意外とカプセルの席のクッション性は悪くなく、しばらく寝ていても腰が痛くなったりする事はないだろう。

 カプセルは傾いた床に設置されているのと頭に枕の代用とばかりに出っ張りがあるため、仰向けになっても真上の天井は見えない。これは部屋の中心からカプセルの中を見渡せるようにという設計なのだろう。

 少し体を動かすたびに被験着がカサカサッと音を立てる。

 そういえば茜もこんな粗雑なの着てんのかな。しかも、下着なしで…………。って何を考えてるんだ俺は……。

 思考が明らかに不純な方向へ逸れそうになり、視線を巡らせ何か考えることを探す。すると視界の下端に小さくキーボードに指を踊らせる三門奈美子の姿が見えた。

 ここにいる六千人を平行世界に送る技術を発明し、名声を欲しいままにした三門奈美子。しかし、俺は彼女から憂鬱で悲しい感情、同情の念をその瞳から読んだ。もしかしたら気のせいでなかったのだとしたら、一体どういう意図があったのだろう。

 考えが迷宮入りしそうなタイミングで、全ての工程を終えた三門奈美子手に持ったマイクで再びアナウンスをかける。

『では、準備が整いましたのでβテストを開始します。全てのカプセルを同時に接続します』

 カーボンの上部蓋が降下し、カプセルが完全に外と遮断される。

 すぐにカプセル内に機械の起動音が満ちて緊張感を高める。

 今更になって手から汗が染み出してきた。心拍数も上がり、不安が増してゆく。そんな自分を情けなく思う一方で、こういう時物怖じしない性格の茜を羨ましく思う。

『カウントを開始します。10、9、8、7……』

「俺は、俺は……」

『6、5、4……』

「俺は強くなるんだ……」

『3、2、1……接続(ダイブイン)

 カウントが終わるとカーボン面が虹色に輝き始め、それを見ていると自然に視界が霞みだす。次第に周りの音がフェードアウトしていき、身体の感覚が遠ざかって消えていく。その瞬間、俺は魂だけとなり壁を、空間の壁を飛び越えるのだ。

 もう何も感じない。ただ、俺は一つの目標のために平行世界を生きる。

 そして、もし俺が心から強くなれたなら、誰にも負けない何かを身につけたなら。

 その時は、茜……お前を……お前に……。

 そこで完全に意識が途切れた。


 その瞬間、六千人の人格は平行世界にある疑似異世界〈High Fantasia〉へと旅立った。


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