表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

第1話 「『黒い炎』」

 「サトルー!!」

 子供特有の甲高い声だ。それがこの世界で、最期に鼓膜に響いた音だった。


 「山田覚さん、お目覚めですか?」

 澄んだ女性の声が聞こえ目を覚ます。

 ここはどこだ?俺はさっきまで近所の公園にいたはず。

 記憶の糸を手繰り寄せる。トラックと子供の声だ。

 「そうか、俺は轢かれて・・・」

 あいつらは!?

 混乱する頭を無理やり起動し、顔をあげると――

 目の前には金色の美貌が憂いを湛えた表情でこちらを見ていた。

 金色の流れるような髪に、輝く金色の瞳、透き通るような白い肌に白い衣。絵本に出てくる、女神のような女性が立っていた――

 その美貌に目を奪われていると。

 「私は死後の魂を導く女神です、ここは天界、亡くなった魂の行き着く場所です。残念ですが、あなたは先程、子供たちを庇いトラックに轢かれ、亡くなりました。」

 「あいつらは無事ですか?」

 一番大事なことだ。

 「無事ですよ。あなたの勇気のおかげです。」

 唯一の心残りは消えた。自分でも不思議なほど落ち着いている。恐らくこの場所がそうさせるのだろう。目覚めた時の混乱も既に無い。

 「そうですか。・・・・俺はこれからどうなるんですか?」

 「不幸にも亡くなったあなたには2つの選択肢があります。一つ目は、このまま天界で魂だけの存在になり、生まれ変わるのを待つことです。その場合、記憶と体は消滅し、あなたという人格は消えてしまいます。」

 一息に、サラリと告げられた言葉に絶句していると。

 今までの悲しげな表情から一変して、薄く微笑み。

 「二つ目は記憶と体をそのままに地球とは別の世界に転生すること。その場合、体は万全の状態に治療し、その世界の言語を習得出来るように処置を施します。」

 「生き返れるんですか・・・?」

 反射的に出た言葉に。

 「はい。勇敢で心優しいあなたには、ぜひその選択肢を選んでいただきたいのです。頑張って特例を適用させたんですよ?」

 いたずらが成功した子供のような笑顔を見せた。

 しかし、俺の言葉に再び表情に影を落とす。

 「地球で生き返るってことは出来ないんですか?」

 無理だとはわかっていた。それでも聞かずにはいられなかった。地獄に一本だけ差し伸べられた蜘蛛の糸があることを願って。

 「残念ですが、同じ世界で転生することは出来ません。あなたが助けたくれた子供のためにもそうしてあげたいとは思うのですが・・・」

 蜘蛛の糸は無かった。天界の上には蜘蛛は住んでいないのだろう。そんなくだらない事しか考えられない自分を自嘲していると。

 「しかし、異世界に転生していただき、私の願いを叶えてもらうことが出来れば再び地球に転生することが出来ます。」

 お約束がそこにはあった。

 「異世界について詳しく説明しますね」

 有無を言わせない雰囲気で女神は口早に説明を開始した。

 「一言で説明するとファンタジーの世界です。モンスターや魔法があり、現代日本のような文明の利器はありません。次に、この世界では今は戦争が起こっています。お気づきかもしれませんが魔王軍と人類との戦争です。」

 女神が拳を握りながら熱弁をしている。

 「ふざけてるんですか?」

 無意識に、そう口にしていた。

 女神は苦笑して。

 「いいえ、本気です。あなたにはこの世界に行って魔王を倒してきてもらいたいのです。」

軽い口調でそういう女神にぽかんとしていると

 「現代日本で平和に暮らしていたあなたに、戦う力が無いことは分かっています。そこで、一つだけ大きな力を与えます。」

 始めの憂いを帯びた女神はどこに行ってしまったのだろう。熱のこもる説明を続ける女神は、話についていけない俺に構わず。

 「現在、選んでいただけるのはこの5つになります。」

 分厚い皮相の本を手渡してきた。流されるままその本を開くと――

 「うわっ!!」

 俺はあまりの衝撃に本を落とした。

 本を開いて現れたもの、それは『剣』だった。西洋風のもので、豪華な装飾が施された漫画やおとぎ話に出てくるものを想起させた。

 しかし、その『剣』の異常なところはその見た目ではない。浮いているのだ。開いたページから飛び出したそれは、ページの上に数cmの間を空けて、堂々とその存在を宙に主張している。

 「驚かせてしまいましたね。」

 女神はいたずらが成功したかのようなそれでいて反省しているかのような複雑な表情をするという器用なことをしていた。

 ずいぶん親しげな神様だな、そもそも神様とあったのはこれが初めてだから意外とこんなもんなのかもな、などと益体のないことを考えていると。

 「その本には先ほど言った大きな力が封印されています。異世界に旅立つあなたへのプレゼントです。『転生特典』です。一つだけ選んでください。」

 俺まだ行くだなんて一言も言ってないんですけど・・・

 一部やけに強調して語る女神の勢いに流され、引けなくなった感がある俺だが、いやだなんて思ってはいない。男の子だもん、ゲームのような冒険がしたいだなんて誰だって考えるだろ。

 興奮を隠しながらクールに努めつつ、プレゼントの確認をした。

 プレゼントは全部で5つ。この中から一つを選べということだが正直どれを選べばいいのか全くわからない。俺は決められない現代っ子なのだ。

 「すべて非常に強力なものです。どれを選んでいただいても旅に役立ちますよ。」

 女神はそんなことを言って参考にならない。

 アドバイスをあきらめ改めて本に向きなおし、内容を確認する。プレゼントの内容は『魔剣』『魔杖』『聖盾』『聖弓』『黒い炎』の5つだ。

 開いたページごとに、簡単な『転生特典』の説明が書かれているのを確認する。それぞれ正にチートというべき強さだ。

 魔剣はすべてを切り裂け、魔杖は無限の魔力を誇り、聖盾はすべての攻撃を跳ね返し、聖弓は標的に必中する。そして、俺の琴線に触れる最後の一つ『黒い炎』は触れたものをすべて焼き尽くす――

 お分かりいただけただろうか?こんな選択肢合ってないようなものだ。だから――

 次の瞬間。

 「『黒い炎』でお願いします!!」

 そう答えた俺を誰も責めることは出来ない。いいや、責めさせない。

 「・・・・・・」

 なぜか女神が引きつった。

 「どうかしたんですか?」

 なにか失礼な事でもしたのかと不安になる俺に。

 「いいえ、ですが剣や杖もかっこいいと思いませんか?」

 「いいえ。」

 なぜか剣や杖を薦める女神の提案にNOと即答する俺。俺はNOといえる日本人だ。


 そんなやり取りを終えるといよいよ異世界に行く準備が出来た。なんでもファンタジーのお約束として始まりの街があり、そこに送ってくれるとのことだ。


 「それでは山田覚さん、あなたをこれから異世界へ送ります。そして魔王を討伐した暁にはあなたの願いを一つだけなんでも叶えて差し上げましょう。もちろん、日本に生き返ることも可能です。」

 女神のその言葉を聞いた俺はテンションが上がっていたこともあり。

 「任せてください女神様。この漆黒の炎で魔王を焼き尽くしてみせましょう。」

 「・・・・・・期待していますよ。」

 強く決意表明をした俺を女神はなぜか気まずそうにしていた。俺が不思議に思っていると。

 「それでは良い旅を!!」

 有無を言わせず送られてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ