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のんびりさんたちと思惑

――――


変化は四日目に起きた。

いよいよ明日にはタルミアに到着する予定のその晩もボクは飽きもせず星を数えていた。

二日目、三日目はゴードンたちの冒険者がときおり様子を見に来ていた。しかし四日目ともなるとさすがに、ボクが寝落ちしないと信用して、旅の疲れを取るために寝入ってしまった。

話し相手もおらず、いよいよ数えるのも馬鹿らしくなった頃、みんなの寝ている方向から布ずれの音が聞こえてきた。

テントの入口が開いた音だ。


次いで軽い足音が近づいてくる。


「護衛対象が外に出てくるなんて感心しないなボクは」


「だってサラさんは日中いつも寝てるんですもの。最後の夜に寝物語をしていただいたって罰は当たりませんわ」


少女――エリーゼはボクの苦言に微笑みを返して受け流した。


「夜は冷えるんですね……。火に当たりに行ってもいいですか?」


エリーゼは許可を求めたはずなのに、有無を言わさぬ様子でたき火に辺りに来た。

さすが商人の娘。なんて強引さだろう。


「知ってるかい。夜の番をするときは、食べ物を持ってくるものなんだよ?」


ボクの正面に座り込んだエリーゼにハザックさんから支給されている謎肉ジャーキーを投げ渡す。

エリーゼは危なげなくジャーキーを受け取る。


「おじい様たちが話されていたんですが、サラさんって有名な冒険者なんですか?」


エリーゼはジャーキーを手でちまちまちぎりながら上品に口に運ぶ。


「有名だとは思わないけど……どうしてだい?」


ボクはジャーキーを咥えながら返事をする。


「あなたの護衛依頼は私が提案したものですが……。私はあなたの活躍を見ておりましたからいいとして、おじい様はその時奥にいたので様子を知らなかったはずですの。なのにおじい様はあっさり私の提案に乗りましたので、サラさんのことを以前から知っていたのかなと」


ふうん、なんでだろう。

ボクってば自分で言っちゃうと以前はそこそこ名が知れてたとは思うんだけど……。

もう百年近く前のことだし。今は有名ってことはないよね。


封印が解けてすぐこの隊商に合流したし、封印が解けたと知っているはずもない。


「うーん、わからないね。なんだろうあふれ出るカリスマとかかなぁ」


腕を組んで頭を捻るがそれくらいしか思いつかない。


「垂れ流しているのはあなたの魔力……と失礼ですね。ごめんなさい」


ぺこりと頭を低くするエリーゼ。柔らかな茶色の髪の毛がふわりと動く。


「商人の支店長の割に失言が目立つんじゃないかい? ハザック商会タルミア支部エリーゼ頭取さん」


「耳に痛いですわ。タルミア支部は、私の商人としての質を高めるための修行場でして……まだ見習いなんですの」


彼女は王都に店を構える大商家に生まれ、今は修行中の身だそうだ。

タルミアには大きな取引のために向かっている最中で、そのついででエリーゼの技量を高めるために支店を開くらしい。

なんとも豪快な理由だ。個人商人が聞いたら泣くね。


エリーゼは商人の割りに正直者なのが困りものなんだそうだ。

ボクは正直者の方が好ましいけれど、商人の世界は違うんだね。


「タルミアは冒険者の街です。力ある冒険者とお近づきになれるのは金貨を超える価値があります。サラさんもタルミアに行かれると聞いて、私は運命を感じました。あなたと友好を結びたい、と」


エリーゼの青い瞳は熱を帯び炎に揺れていた。

この運命的な出会いにある種興奮しているのだろう。


ボクがいなければ彼女はもうこの世にいなかったかもしれない。

そんな彼女は商人で、ボクは新しい街で様々な物が入用となってくる。

彼女に頼めば大概の物は用意してもらえるだろう。

なにせ王都に店を持つ商会の孫娘なんだ。


彼女にとっては未来の上客かつ信頼できる冒険者。ボクにとっては貸しのある大商人。

うん、考えてみると良い関係だ。


「うんうん。人と仲良くなるのはいつだって幸せだ。よろしくねエリーゼ!」


たき火を囲み、二人で夜空を見上げる。



ボクが友情の証に、空の星を数えて時間を潰す遊びを教えてあげようとしたら、エリーゼはそそくさと逃げ出してしまった。

何故……楽しいのに。



――――――


サラやエリーゼが友の語らいを楽しんでいた頃、息を切らせた一人の魔法使いがとある貴族の館に入っていった。

ここは王都にほど近いシェーンバッハの街。王の内務を司る貴族・マクート伯爵の治める芸術と文化の街だ。

街の中心に位置するマクート伯爵邸の一室—―分厚い石造りで窓もない部屋――では有力貴族たちが首を長くして魔法使いの帰りを待っていた。


「報告します。ハザック商会への工作は失敗に終わりました」


頭を垂れながら魔法使いが言葉を発するとにわかに貴族たちは騒ぎ始める。


なぜ、どうして……、今後の計画は、など様々な思惑が混じり、溶けていく。

共通している点は一点。

彼らが選抜した魔法使いは腕利きで並みの軍隊なら一人で突破できるほどの猛者であった。

だからこそ計画が失敗に終わるとは露とも考えていなかった。


「そなたが付いていながら失敗とは……何があったのじゃ?」


最も上座に座る壮年の男が口を開くと、彼らの口は閉じられる。

代わりに十を超える視線が、魔法使いに向けられる。


「――『盤外』がハザック商会に付いていました。現地で用意していた襲撃部隊は全滅。生き残りは俺だけです」


息をのんだのは誰だったのだろうか。

『盤外』の一端を知る者は目を見開き、知らぬ者は彼らの様子に戸惑いを覚えた。

結果、魔法使いの報告に誰もが言葉を忘れ、呼吸音さえうるさく感じる静寂が場を支配した。


蝋燭の火が幾度か揺れたのち、上座の男が口を開く。


「――封印の遺跡に調査隊を出せ。事実が明らかになるまでハザック商会、クリストファー伯爵領へは手を出すな。先に宣言しておくが事と次第によれば、私はクリストファー伯爵領から手を引く」


「なんと……ここまで来てですか!?」


思わずと声を上げたのは若い貴族。彼もかなりの爵位を持っており、壮年の男――マクート伯爵――に意見を言うことのできる数少ない男であった。

彼をたしなめる声も上がるが、中には彼に同調する者もいる。

貴族たちとて一枚岩ではない。ただ、比較的年齢の若い者ほど若い貴族と同様の反応を示している。

彼らマクート内務卿一派は、軍事を司るクリストファー伯爵の力を削ごうと今回の計画を進めてきた。計画も大詰め。ハザック商会の『商品』が届かなければ新開拓地タルミアは成り立たず、クリストファー伯爵の立場も悪くなるはずだったのだ。


「私はそれでも抜ける。たとえなんと謗られようとも、だ。いいか『盤外』には手を出すな。あれは天災と同じだ。ただし意思を持った天災だがな」


『盤外』—―親から子へ、子から子へ受け継がれる寝物語。

この国では誰もが知っている物語がある。異世界の勇者たる『時の迷い人』を筆頭に、世界を支える大亀や古の秘宝を守るドラゴン、世界樹を守るエルフと人間の恋。

そんな物語の一つに、死者の都を作り上げた吸血姫の伝承がある。

よくある話で、なかなか寝付かない子どもに「早く寝ないと吸血姫が攫いに来るよ」と話すのだ。

そんな夢のような伝説を枕に、子どもはやがて大人となる。

夢を追い求める者は冒険者に、国を守りたいものは兵士に、多くの者は親の後を継ぐ。


そして、血のつながりで生きる貴族たちには『吸血姫』の物語は違った角度から語られる。


二百年前、事実として吸血姫による大量殺戮が観測されている。


そこで得られた教訓は『盤外』。計算の外にある天災であった。


「しょせんただの魔物ではありませんか? いっそ危険度を盾にクリストファー軍務卿から軍を出させれば解決するのではないでしょうか」


別の貴族の進言を、また別の貴族が答える


「『盤外』を知らんと見える……。やつは弱者から力を吸い己の糧とする。軍は群。群れじゃ。『盤外』と相対できるのは強力な個でなければならん。さもなくば全て死者の群れとなり帰ってくるぞ」


「ならば冒険者に依頼をするのはいかがでしょう?」


「『盤外』を止めるのは一流の冒険者ならそう難しくないと聞きました」


「可能だとは思いますが……。『盤外』と当たれば被害は甚大でしょうしなにより『盤外』の性質は……穏やかという話も。……仲間の被害を天秤にかけて受けるかどうか」


「私が暗殺者を送り込みます。腕利きですので」


貴族たちは口々に騒ぎ、収拾がつかなくなる。


「ともかく事態が明らかになってからだ。『盤外』がタルミアにいつくなら私は降りる。失礼する」


付き合ってられず、マムート伯爵は退席する。


「なぜ、封印などという面倒な方法しか取れなかったのかを知らぬ時点で話にならん……」


誰もいない廊下で漏らした伯爵のつぶやきは反響しながらも溶けていった。



――――



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