悪運強い男とそうでない男たち
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襲撃者たちは今日この日に通りががる隊商を襲撃するために、貴族から高い金をもらっていた。
「にしてもお頭、楽な依頼ですね」
「だな」
荷物を奪うならともかく、ただ殺せばいい依頼は彼らにとっては鼻歌交じりにこなせる依頼といっていい。
なぜなら、彼らには魔法使いが居るからだ。
『身体強化』とは別に、攻撃魔法を使える魔法使いは希少である。
ただの一言の詠唱で津波を起こし、火の雨を降らすことのできる魔法使いは、たとえひよっこであってもそこらの剣士より殺傷能力が極めて高い。
彼らの団には幸運なことにそんな魔法使いが二人所属していた。
どちらの魔法使いも出自不明の怪しい男だが、彼らの団にはそんなやからはごろごろいるため団員の誰も気に留めていない。
深夜に護衛の見張りが疲れ切った頃を見計らって、彼らは隊商を襲撃する手はずとなっている。
空には大きな月が昇り、明るく襲うには絶好とは言い難い環境だが問題はない。
秋虫の鳴き声と風のざわめきに紛れるように、襲撃者たちは隊商を包囲していく。
準備はできた。見張りも一人だけで襲撃を気にしている様子は全くない。あとは夜が更けるのを待つだけだった。
そんなとき、野盗の頭の元に、街道を爆走してきた女が一人、隊商に接近したと斥候から伝令が来た。
よもや計画が漏れていて、追加の護衛でも呼ばれたかと団員達は肝を冷やした。
しかし、詳しく聞くとどうやら女は冒険者の恰好ではなく、簡素な服装で旅人以前の装備と言ってらしい。
奴隷商人がどこかで襲われ、逃げ延びた商品か。頭はそう判断した。
彼らのような野盗や時には魔物が出る旅路で軽鎧も付けずに旅するのは命を投げ出しているに等しい。そうでなければ、護衛を雇える商人か貴族様か誰かに隷属する奴隷であるかだ。
女は隊商に保護されたらしいが、一人増えたところで計画に支障はない。
彼らは二十人を超える大盗賊団だ。奴隷の一人二人ものの数ではない。
頭は伝令にそう伝え、包囲の輪を縮めていく。
自分たちが襲撃者だと信じている彼らは、いつの間にか虫の声が止んでいることに気が付いていなかった。
そんな時、誰もあずかり知らぬところで、
盗賊団に所属している魔法使いの一人が伝令からの情報に何故か引っかかりを持っていた。
それは虫の知らせと評すべき天啓だった。何でもない捨て置いて問題ない伝令の知らせが、魔法使いに何故か耳に警鐘を鳴らした。
「……もしかして『盤外』じゃねえか?」
そんな馬鹿な話はない、と彼は頭を横に振る。
――魔法使いは『盤外』の資料を王国図書館で見たことがある。今回の任務にあたり、上司には何があっても封印の地には近づくなと厳命されていた。
そして『盤外』は遺跡の深奥に封印されていたはずだ。
「封印の土地は……コモドモの遺跡だったな。すぐそこじゃねえか……」
歴史書に残る規格外が封印されて幾星霜。何らかのはずみで封印が外れてもおかしく……ない、と魔法使いは生唾を飲み込んだ。
魔法使いは少女を改めて眺めてみてみる。
男とも女とも取れない未成熟で中性的な容姿。ざっくばらんに切られた漆黒の髪。
少なくとも豪華には見えない――簡素な服。古びているのか?
遠目では情報が少なすぎたが、彼はそれ以上近づこうとは思わなかった。
『盤外』は恐ろしい魔物であることに加え、最悪なことに、人と意思を交えられたらしい。
かの魔物は好奇心旺盛で気まぐれ。その情報が彼を踏みとどまらせた。
「藪をつついて鬼を出す必要はないな。これでただの奴隷だったら任務放棄で失職だな」
彼は呟くが早いか、身を翻す。
身体強化をかけてもなお貧弱な肉体で、少女と真逆の方向へ走り去る。
その背中に未練はなく、仲間である盗賊団への義理など一かけらも見えなかった。
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