警告と提案
「やあこんばんは。過ごしやすい気温で眠くなっちゃうよね」
声をかけられた護衛はハッと顔を上げると、己の職務を思い出し剣を抜く。
「待て待て待て。ボクは戦いにきたんじゃない。むしろ逆で、君たちを助けに来たのさ。落ち着いて深呼吸をしてほしい」
両手を挙げて、敵意がないことを証明しながらたき火の前に座る。
護衛の男は困惑しながらも、馬車の縁を剣の柄で数回叩いて、たき火を挟んで座った。
「ボクはサラ。冒険者登録はまだしていないけど、タルミアの街で冒険者になろうと思っている。そして夜通し一人で歩いていたら、君たちの馬車が見えたってわけだ」
「……」
男は無言で続きを促す。
「騒がずに聞いてほしい。ここは囲まれている。人数は二十人を超える大人数だ。心当たりはあるかい?」
男は眉をしかめながら首を縦に振った。
どうやら襲撃者に心当たりがあるようだ。
「なるほどね。訳ありだったわけか。もし人手が必要なら手を貸そう。ボクも襲撃を知ってて見殺しにしたなんて寝覚めが悪いからね」
訳ありなら知らない振りして関わらないのが正しい選択だが、ボクなら変なことになっても逃げるくらいなら可能だろう。不味いミノタウロスで食事してきた今ならそれくらいの自信はある。
「――君が、やつらの手先じゃない保証がない」
護衛の彼はさっき叩いた馬車に視線を向けながら答えた。
「ふむ。ボクが襲撃者なら、わざわざ寝ぼけていた君に声をかけ、あまつさえ君が『馬車の中で寝ていた』護衛を起こして準備を整える暇なぞ与えないわけだが……そうだね。それならこうしよう。今晩一緒に見張りさせてくれないか? 襲撃者が襲い掛かってきたとき、そいつらを相手に戦おう。それならどうだい? もちろんどこかへ行けというなら先を急ぐとするが」
ボクがニッと不敵に微笑むと、チャーミングポイントの伸びた八重歯がきらりと光る。
「実はね……遠くから来たからボクは道に疎いんだ。だからこうしてたまたま出会った君たちに恩を着せて、道案内をしてもらいたい打算もあるんだ。どうだい?」
男は静かに火を見つめていた。
彼は迷っている。
護衛と襲撃者の質、そしてイレギュラーの小娘を天秤にかけている。
護衛の彼は襲撃に心当たりがあると言った。
なら、護衛の有無は彼の一存で急きょ増員などできないのかもしれない。
パチパチと木のはぜる音が幾つ鳴ったか。ボクがもう諦めるかと腰を浮かせたとき、彼は決断した。
「今夜来たら手伝ってくれ。適正な報酬は出す。ただ、雇い主の護衛でなく襲撃者の排除を頼みたい」
悩んだ末の結論だったんだろう。
言ってからすぐ後悔するように彼は力なく首を振った。
「俺らの任務は雇い主の護衛だ。そこに正体不明の君を近づけるわけにはいかん。だが、襲撃者の中に魔法使いがいたら遠距離から延々と魔法を浴びせられかねん。そいつを優先して排除してもらいたい。どうだ?」
「ふむ。いいだろう。大口を叩いたからには力になるさ。ボクはサラ。覚えておいて損はないよ」
「サラちゃんか。俺はゴードン。きっと、今夜旦那があんたに出会えたのは豪運だったんだろう。そう信じさせてくれ」
たき火越しに握手を交わすボクとゴードン。
……熱い、火の上で握手は熱いよ!
握手してすぐに離すという間抜けを晒しながらもボクらの契約は成立した。
「あ、あはは。それじゃよろしくね」
たき火を眺めながら襲撃を待つ。
二十人で囲んでおいて、襲撃を止めるなんてことがないと良いな。
二十人か。魔法使い交じりの襲撃者で考えると絶望的な数字だ。下手な村ならそのまま飲み込まれるんじゃないか。
『身体強化』の魔法を使った人間は剣で大岩を割るわ、大木を投げ飛ばすわやりたい放題だ。強化が何分持つか知らないけれど、そんな化け物が一斉に襲い掛かってきたらボクも危ないかもしれない。
ま、隊商にだって護衛が居るんだ。ボクだけに負担が来るなんてことはない。
そこまで考え、体をリラックスさせるために大きく伸びをする。
今夜は長丁場になりそうだ。
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