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演説

「つまり、サラさんは、何故か、巨人の言葉がわかって話した、ということですよね?」


主任さんは声を落として、頭痛に苛まれていそうな表情でかみ殺すようにボクに確認を取る。


「う、うん。そういうこと……になるね、うん」


それってボクもまずいんじゃない? と気付いたのは主任さんの言葉に頷いてからだった。

魔物の言葉を理解する存在がただの人間じゃいられない。


「話の内容に間違いはないんですかー?」


間髪入れずに言葉を重ねるのはギルドの受付さんだ。


「たぶん、間違いないと、……思う。あの巨人についている傷口を診てもらえば確証が取れると思うんだけど」


誰が診られるかだよね。


「このまま戦闘になったら尋常じゃない被害が出るだろうし、話し合いで解決できるなら退治しなくていいと思うんだ」


ボクが弁護できるのはこれくらいだろう。

あとは村の判断に任せよう。



ざわつく冒険者たちに紛れて、主任さんと受付さんが顔を近づけて秘密の相談会を開催している。

彼らの意見が村の大まかな総意となるのだろう。

ボクとしては、言葉が通じちゃったし穏便に済ませてほしいけど……。


「皆さん。落ち着いてください!」


主任さんが一歩前に出ると、冒険者たちはざわめくのを止めて彼の言葉に耳を傾ける。


「信じがたいことですが、この巨人は我ら辺境の街タルミアに危機を知らせに来たとのことです」


「魔物が人に協力するなどありえない話です」


彼の言葉に冒険者たちが一斉に頷く。

彼らは知っているのだ。魔物の強大な力を。そしてその狡猾さを。

朝意気揚々と出かけたルーキーが帰ってこないなんて日常茶飯事。

時には弱った振りをして油断した仲間を食い殺されるなんてこともある。


彼ら冒険者にとって魔物とは、富と力の象徴であると同時に、息の根が止まるまで油断ならない化け物なのだ。


なので冒険者たちは主任さんの言葉に経験として納得する。


「しかし、過去にはゴーレムと契約を結び街の防衛を任せたという記録もあります。そして、魔物と心通わせることのできる稀有な存在もおりました。

 幸いにして、街に出てきた一つ目の魔物は、知性ある魔物として名高い巨人であります。古の時代には人間に生活の知恵を与えたという神の使徒であります。我々に危害を加えてもいません。あの巨人は街に危険を伝えに来たとのことです」


そんなわけないだろう、とか、主任さん騙されちゃならない、などの呟きが聞こえるが大きくはない。

辺境の地で冒険者ギルドを運営している主任さんたちの器量を、冒険者は見出しているのだろう。


「冒険者ギルドにおきましても、森ウルフの異常繁殖と、森ウルフの上位個体を確認しております。実際の問題として、『世界樹へ至る森』に異変が起きていることは確かなのです」


主任さんが一歩前に出ると人が割れる。

一歩、また一歩と主任さんは巨人に近づいていく。

脚が震えないよう、声が怯えぬよう体に力を籠めているのが傍目にもわかる。


戦いを主にしてる冒険者だって巨人には怯えるんだ。戦う力のない事務職員さんが怯えるなという方が無理である。


でも、だからこそか?


冒険者たちは道を開ける。人の覚悟を知っている職業だから。


「私たちは、前に進まなければならないのです。世界樹への森を開拓し、冬越しの食糧を稼ぎ、明日を生きなければならないのです」


そうしてついに主任さんは巨人に触れる。接触に巨人がピクリと体を揺らすと村人たちの悲鳴が上がった。

しかし、主任さんは離れず巨人の傷口を検分していく。


「……間違いありません。狼の歯形です。身体強化したバスターソードの一撃を物ともしない巨人に、狼が傷をつけたのです」


淡々とした主任さんの言葉にエリーゼが息を飲んだ。

巨人を超える脅威がここに確認された。言葉は悪いが、駆け出し冒険者が実力をつけるために狩る森狼ごときで。


「おそらく『毒を食らわば皿まで』と辺境伯様もおっしゃるでしょう。ここは、王都から遠く離れた辺境の街タルミア。他の地の常識では推し量れぬ厳しい土地です。我らは何を置いてもまず、生きのびねばならないのです」


「『黄昏幻樂団』の皆さんは、冒険者ギルドからの緊急依頼として、このことを辺境伯様に報告していただきます。ギルドにて詳細を記した手紙を発行します。辺境伯様の沙汰があるまで、この巨人に関しては討伐不要とさせていただきます」


冒険者たちに思うところはあるだろう。

誰もが満足な表情をしているわけではないし、それでいいのかとあからさまに不満げな様子の人もいる。


だって巨人は魔物だから。人間とは相いれない存在――と彼らは思っているのだから。



でも、表立って反論する者はいない。

冒険者ギルドの意向は示されたし、巨人の脅威はさっきの一暴れで明らかになっている。冒険者の多くは戦意を失わなかっただけで、勝てるとは思っていなかった。

少なくとも『普通』の冒険者じゃ太刀打ちできないぐらいに魔力を纏った一つ目は強かった。


だから、彼らはギルドの判断を許容する。冒険者は命を張る何でも屋だが、命を捨てたいわけではない。冒険者ギルドが責任を取るというなら無理に戦う必要もないわけだ。


ま、幸いなのは巨人に攻撃の意思がなかったことだね。

巨人が村を落とす気で襲撃していたら、総力戦となっていただろう。


被害は軽微。村の柵とボクの短剣が壊れたぐらいだ。

――せっかくもらった武器だったのに……残念だ。


初めて感想もらえました!

とても嬉しくて励みになります。

いつも読んでくださっている方、ありがとうございます。

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