巨人
「いくぞ! 俺たちで片を付けるぞ!」
巨人の体躯に戦意喪失する者すらいる絶望的な空気の中、冒険者の一団が自らを鼓舞するかのごとく叫び声をあげ、巨人に攻撃を仕掛けた。
一人は身体強化を身にまとい、大人の身長ほどの長さのあるバスターソードを横なぎに振るった。
それに合わせ、もう一人は弓で巨人の弱点である大きな眼を射抜こうと打った、がこれは巨木のような腕で弾かれる。
最後の一人は大きな盾を構え、巨人の反撃に備えている。
「と、通る。通るぞ!」
勇気ある冒険者の行動に希望を見出し、集まっていた冒険者も各々の武器を構える。
なんとかなる、いや、なんとかせねば。そんな空気が伝播する。
「GGGGGGYAAAAAOOOO!!!」
巨人が大声で吠えたけると、そんな空気はすぐさま霧散した。
咆哮が物理的な衝撃となって周囲の家屋の壁を揺らす。
力ない村人はそれだけでへたりこんでしまう。
戦いを日々の糧としている冒険者たちも、自慢の武器を小刻みに震わせる。
彼らは武器から手を放さなかっただけ立派なのかもしれない。
戦いに身を置く冒険者だからこそ気が付いてしまった。
「あの巨人、魔力強化しやがった……」
誰が呟いたのかは定かではない。
巨人の体は濃密な魔力で覆われ、元々強固だった肉体がより強化された。
魔法も扱える巨人――レッサージャイアントではなさそうだ。
バスターソードを突き付けた冒険者が、大声でどこでもいいから逃げろと避難勧告を出している。
その悲鳴のような叫び声を皮切りに、村人たちは蜘蛛の子を散らすように巨人に背を向けた。
冒険者たちはなんとかその場に踏みとどまっているが、長く持つかどうか。
「エリーゼエリーゼ。こういう場合、ボクも戦いに割って入っても大丈夫なのかい?」
他の冒険者が獲物と交戦中の時は獲物の横取りをしてはいけないと昔聞いた覚えがある。
今もそのルールが生きているとすると、冒険者としては勝手な行動は慎まなければならない。
「何を呑気な……外や迷宮ではそういう暗黙の了解を聞いたことはありますが、もう街中にまで侵入されているのです。被害が大きくなる前に、助けに行きますよ!」
言うが早いかエリーゼは巨人に向けて駆けていく。彼女は戦う気概が残っているようだ。ボクでも体がびりびり来るっていうのに、すごい少女だ。
エリーゼも武の心得はあるのだろうけど、体に纏う魔力からはとても巨人を相手取れるほどじゃない。
だけど、対する一つ目も見るからにボロボロで傷ついていた。
巨体のあちこちに歯形や爪痕が残り、流れた血が固まって黒くなっている。
タルミアに来るまでに手酷くやられたのだろう。
先の冒険者たちも力不足だろうが、なんとか踏みとどまっている彼らが協力すればあるいは……?
あるいは、多大な犠牲の上でジャイアントキリングなるかもしれない。
「……ボクもおこぼれに預かっていいよね?」
体内を巡る血液の中に存在するエネルギーを代償に己の魔力を体の隅々まで行きわたらせる。
他の生き物はどうか知らないけれど、ボクは簡単に魔力を使うことができる。
ただ呼吸をするかのごとく、自然と魔力を生み出せる。
人間はいちいち言葉に魔力を込める必要があるらしいから不便だね。
「エリーゼ助太刀するよーー!!」
地面に小さなクレーターを残し、エリーゼを背後から追い抜く。
「え、え!?」
耳元で風の轟音を聞きながら、巨人に肉薄する。
大きいな。ボク何人分だ?
ボクの身長だと脛の端ほどしかないじゃないか。
錆びたナイフを魔力で強化し、巨人の脚に突き刺す。
「いっつ……なんという固さ」
ナイフは刺さらなかった。どころか先から欠けてしまい使い物にならなくなった。
……封印が解けてから初めて魔力で強化した攻撃だったんだけど。何だこの化け物。
正直、余裕で倒せるとか舐めてたけど無理かも。
「GULULU」
堪えた様子なく、巨人は横なぎに腕を振るう。
巨大な肉の壁に押されくる風圧を感じ、冷や汗が噴き出る。質量は偉大だ。
『霧』を使い避けたかったけれども、人の目が多すぎる。
受けれるか……いや、無理。
避けるにはすでに無駄な思考に時間を割きすぎてしまっていた。とっさの判断に迷ってしまったのは、巨人を舐めていたつけだろう。
迫りくる剛腕の衝撃を耐え切るべく、全身に力を籠める。
――大丈夫、ボクならいける。
魔力強化された騎兵の軍勢に跳ね飛ばされるような衝撃を覚悟し、衝撃に合わせて後ろに跳ぶ。
力自慢を正面から受けるのはナンセンス。絡め手で柔軟に受けきって見せる!
「……あれ? 痛くない」
引っぱたかれる――巨大な手なのでそんな可愛い表現ですまない――のを覚悟していたけれど、予想に反して巨人は手で掬うようにボクを払いのけた。
近くに来た虫を払うかのような、攻撃の意思を感じない行動だった。
むろん巨体からくる衝撃はあったけれど。
「何のつもりだろう」




