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魔物

~~~~~~~~~~~



「この事実を知っている者はごく一部です。各国は、詩人を用いて『聖女エミリア』像を造りました。荒廃した土地を再建するには、希望の旗が必要だったのです」


そうしめくくり、老人は口を閉ざす。


おとぎ話の裏側に、誰もが何も言えずにいた。

唯一の例外は辺境伯で、彼だけは以前にこの情報を老人から聞いていた。


「真偽のほどはともかくとして、そういった説もある、ということだ。余計な噂を流し民を混乱させる必要はないじゃろう」


辺境伯は老人に退席を命じ、この場をまとめ上げる。

老人――ドッヂの話はクローラー王国で絶大な力を持つエミリア教の根幹を揺るがしかねない。

その際に起こる混乱は、支配者層である辺境伯にとって好ましいものではなかった。

故に彼は、暗に口外するなと釘を打った。


「この話で掬い上げるべき知見は……吸血姫は日光の下でも活動しうることだ」


辺境伯を呼び水として、ギルドマスターが言葉を発する。


「いざとなれば白日の下に晒すという単純な解答は、駄目かもしれませんね……」


「『黄昏幻樂団』の報告では日光の下を拒否したとありますがー」


ギルド職員たちが報告書を見ながら対策を練り始める。

ハザックも商人としての価値観で彼らの議論に参加する。




「みなの考えはよくわかった。現状有効手がないということも……。そこで、ワシの考えじゃが……」


時計の短い針が一周するぐらいの間を待って、辺境伯が一石を投じた。


「かの『盤外』は人格的には今のところ問題なく理性的なのだろう?」


「はい。その通りです」


ギルドマスターの返答を受けて辺境伯が頷く。


「そして、世界樹探索に乗り気だそうだな。どうじゃろう? 計算外同士ぶつけてみるのは」


それは一種の思考放棄。

吸血姫の対策はこれといった案も出ず、何かあれば日光の下高ランクの冒険者に任せてみるしか出なかった。


そして、辺境伯の統治するマニュット地方は、莫大な価値を持つ世界樹の開拓が急がれている。しかし、世界樹へ至る大森林ですら凶悪な魔物がひしめく魔境で、開拓は遅々として進まない。


辺境伯の軍を出せれば少しは進むのであろうが、マニュット地方は他国との境界線でもあり軍を大きく動員しての探索は難しい現状。


ならばいっそ、二つをぶつけて様子を見ようというのが辺境伯の案である。


「もしもの時のため、ギルドマスターは高ランクの冒険者パーティーを何組か誘致しておくように」


投げやりであるが『サラ』を知る者にとっては妙案であるように感じられた。

サラが本当に吸血姫ならば、甘い判断をして良い相手では決してない。けれども、彼女のひょうひょうとした性質が、この課題多き土地に新たな風を呼んでくれる。

そう感じられた。


「ところで、あの老人は一体何者だったのですか?」


議論も終点が見え、緊張の糸が解れた会議場で、受付さんがふと思いついたように言った。


「ああ、あやつはな……」


老人の座っていた席に目をやる辺境伯。


「聖女エミリアの孫じゃ」


政治の神輿に担がれた力なき少女。

彼は、時代に流された少女が懸命に掴んだ小さな幸せの証だった。

彼女の晩年は、暖かな土地で家族に囲まれて過ごしたらしい。

むろん『公式』には聖女は死ぬまで人々を癒し続けて生涯を終える



そうして会議は終わり、日が沈み始める。

吸血鬼の目覚める時間が近づいてきた。




―――――――――


「魔物が出た!! 森からだ!」


ボクがエリーゼのお店で似合いそうな帽子を物色していたとき、街の中で助けを呼ぶ声が響き渡った。


「街の果物屋さんの声ですわね」


エリーゼはその声に素早く反応した。

彼女は店の奥に引っ込み、高級そうな黒塗りの鞘に入った小刀を胸に抱えてきた。


「果物屋さんにはお世話になってるしね。ボクも行くよ」


日が落ちてからしか行動できないボクは、閉店しようとしている果物屋にちょくちょく駆け込むことがある。そして、売れ残った赤リンゴを安く売ってもらうのだ。なくなったらあのしなびておいしくない赤リンゴが食べられなくなってしまう!


そうでなくても村—―街とは断固認めない――に魔物が入ったなんて大事件だ。


二人して店を出て、騒ぎの声を目印に現場へ向かう。

意外なことにエリーゼはボクの横を涼しい顔で併走している。

彼女も身体強化が使えるようだ。商人ってたくましいんだね。



「こ、こっちを見たぞ」


「いいか、冒険者たちが集まるまで刺激はするな!」


「応援を呼べ!」


「子どもを逃がして! できるだけ遠くによ!」


「な、なんでこんなのが街に……」


「血に触れるなよ! 呪われるかもしれん! 距離を取れ!」


騒ぎの中心地には、小さな山があった。

宿屋の二階ほどの高さに見えるは、一つ目。

血に濡れた大きなこん棒を持ち、体を簡素な樹木の葉でつなぎ合わせたもので覆っている。


「きょ、巨人ではありませんか……」


エリーゼが持ってきた小刀を握りしめ、震えた声で呟いた。


「どこからやってきたんだろうね」


巨人、と言って知らない者はいないだろう。

古の時代には山と川を造ったともいわれる巨人族の末裔は、強靭な肉体を持ち、人間をはるかに上回るという。

巨人の中には知識深いものもおり、人語を解し、魔術を操るというのも以前どこかで聞いたことがある。

要は人間のでかい版だ。

現代において覇権を持った人類のさらに上を行く魔物と考えればその脅威は伝わるだろうか。

大きさからしてまだ子どものようだけど……親も出てくるなら村じゃもう手に負えないね。

その時に向けて夜逃げの準備だけはしっかりしとかなきゃね。


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