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真昼間の秘密会議


———————————



「それでは第一回、ギルド主催の緊急対策会議を始めたいと思いますー」


どこか間延びした口調で会議の音頭を取ったのは、冒険者ギルドの職員、通称『受付さん』だ。

会場には彼女よりも立場が上の存在が幾人もおり——どころか彼女の立場が一番下だ————何故彼女が場を仕切っているのかは誰もわかっていない。


会場はとある貴族の別邸だ。会議は万一の事を考えて、真昼間太陽が頭の真上にある時間帯に開催された。

会議が必要となれば人気のなくなる深夜に開催されるのが通例だったけれど今回はそうもいかない。なにせ今回話題に上る人物は極まった夜型生活を送っているからだ。

夜中にこそこそ集まっていようものなら話題の主が、


「何してるの? ボクも混ぜてくれないかい?」


と関係のない貴族邸にまで勝手に上がってくる。そんな突拍子もない予感を彼女と相対した者たちは抱いている。


昼間なら大丈夫。彼女は宿屋で爆睡しているはずだ。


この場には、タルミアの街の有力者が勢ぞろいしている。


一角は、タルミア冒険者ギルドのギルドマスター・主任・受付が陣取っている。また、反対側には王家にもパイプを持つと恐れられるハザック商会代表ハザックが。上座にはこの地一帯を統治する辺境伯、クリストファー伯爵が座っている。


「タルミアを拠点に活動するCランク冒険者パーティー『黄昏幻樂団』の報告によりますと、彼女が伝承に出てくる吸血姫である確率はかなり高いと思われます」


ギルドマスターが主任から受け取った真新しい羊皮紙を辺境伯に手渡す。

そこには黄昏幻樂団が封印の迷宮に挑んだことと、ミイラが少女に若返ったことなどの詳細が書かれてあった。

辺境伯は資料に目を通すと口ひげを手で触り思案顔になる。


「実際私も彼女の戦闘能力はこの目で確かめましたが……私らに襲い掛かる襲撃者をものともしませんでした。ただ、熟練の兵士や冒険者ならやってできないことはない、範囲かもしれません」


ハザック商会は、彼女に命を救われたこともあるからかおおむね彼女にとって不利にならない発言をしている。いやいや、ハザックは生粋の商人。彼女と縁を繋いで一儲けでも考えているのかもしれない。


「魔力読みの水晶球が、砕け散ったことから人間の常識を超えた魔力を保持しているのは間違いありません。先日は月明かりも届かぬ森の中で一晩にして森ウルフの群れを仕留めてきました。暗視能力も確実に持っているでしょう」


「でも、なんか良い子そうでしたよー? ギルドで暴れたりしませんでしたしー。ときどきいる礼儀知らずの冒険者さんよりはずっと話しやすいですー」


「俺は内心ひやひやしながら彼女と会ってますよ。彼女が本当におとぎ話の吸血姫なら、気にくわないことがあればそれこそ虫を殺すのと変わらぬ感覚で俺の命を落とすのでしょうね」


彼女と実際に会ったことのあるギルド職員の中では評価は分かれているようだ。ギルドマスターの立場は沈黙していてわからない。


各々が一通り意見を述べると、辺境伯がその口を開く。


「なにを言うたところで、ワシらは『盤外』を知らん。だから今日は『吸血姫』の語り部とやらを呼び寄せた」


辺境伯が声をかけると後ろに座していた男がフードを取った。

容貌は枯れ木のように皺だらけで今にも朽ち果てそうだ。各所ひび割れていて生きているのかも怪しい。


「お初にお目にかかります皆様方。ドッヂと申します。さて、まずは広く知られる吸血姫の物語をば……」


老人は挨拶もそこそこに吟じ始める。

姿とは裏腹に、その語り口調は老いを微塵も感じさせない力強さがあった。


「今より二昔前。クローラー王国がまだ小国に過ぎなかった頃。かつて栄華を極めた大帝国がありました。その大帝国の端の端に不死者の住む山があり、吸血姫が棲むと言われているました。

 あるとき、吸血姫は大帝国を滅ぼすために死の瘴気を解き放ちました。死の瘴気によって次々と街を飲み込みながら、吸血姫は帝都を目指しました。万を超える死者の軍勢は誰かれ構わず襲い掛かり、姫の通った後はただ風の吹き抜ける土地を残すのみでした。人々は夜を怖れ、ただひたすらに朝日が昇るのを怯えて待ちました。

 むろん、帝国も魔法部隊を送り込み反撃を行いました。精鋭の魔法部隊はただ一部隊にして二千の亡者を焼き払いました。これで形勢は帝国に傾くと誰もが思いました。人々は願いました。これで明日を生きられると歓喜に湧きました。

 しかし、魔法使いの一人が吸血姫に血を吸われ魔に堕ちると再び形成は姫に移りました。姫に血を吸われた者は魔に魅入られ不死者となるのです。

 そうして、不死者の軍に魔法部隊も加わり、もはや帝国も堕ちるのみかと思われたその時最後の希望が立ち上がりました。

 かのものの名前は聖者エミリア。現在の『光の巫女信教』の女神様です。民草の未来を憂い、エミリア様は単身万の軍勢に立ち向かいました。癒しの力で不死者たちを神の地に送り続けること百日余り。ついにエミリア様は吸血姫と対面します。しかし、エミリア様のお力をもってしても吸血姫の邪悪な力は強大で、滅することは叶わず封印することしかできませんでした。

 吸血姫との闘いに勝利した帝国も広大な土地を維持するだけの力はもはやありませんでした。人々の生活を守るため、名君と呼ばれた皇帝陛下は聖女エミリアの名の下に領土を割譲しました。

 以上が人々に伝わる吸血姫の伝説となります」


吸血姫の伝承が他のおとぎ話と明確に異なる点は、内容がまぎれもない史実である点だ。

たった百年前の大事件。大帝国が滅びる原因となった怪物が吸血姫であり、今なお人々に伝わっている。

もっとも喉元すぎればなんとやらで、一般には子どもを寝かしつける寝物語程度の位置づけとなっている。

おとぎ話は、この地で生まれ育った彼らにとっては耳タコで、特に変わり映えのしない内容といえるだろう。



「これからお話しますのは、伝承とは大きく異なる内容となります。私も母から聞き、子へ伝えるだけですので、何が正確かは判断しかねます」


そう前口上を述べ、老人は再び口を開く。


~~~~~~~~


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