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森の狼


ジョッキを飲み干したアンナさんは、受付さんにお金を支払い出ていった。


「アンナ少し荒れてるわね」


「仕方ないだろ……最近物騒なことが多いしな。ソロも限界を感じているんだろうし」


「ふうん。そうなんんだ。ところで受付さん、この『森ウルフの討伐』ってのは何匹持ってきてもいいのかい?」


「ええ、そちらは常駐の依頼となります。森ウルフ一頭につき300インとなります。毛皮の状態が良ければ500インの固定報酬となります。タルミアの街はまだ農業が安定しておらず食糧事情が切迫しておりますので、持ち込みはいつでも歓迎です」


聞いてみると森ウルフはDランクの魔物らしい。

受付さん曰はく、身体強化が使える者ならそう苦労はしないようだ。

タルミアの街のすぐ横—―――柵で区切られているだけで本当にすぐ真横だ—―の世界樹へ至るまでの大森林に森ウルフは異常に繁殖しているとの話だ。


大量繁殖って大丈夫かな。森ウルフが街に出てきたら戦う力のない者はどうしようもないじゃないか。


「それじゃ、初クエストと行ってくるね。一人で!」


「夜は魔物の領域です……おやめになった方が……」


「あー、平気ですよ。たぶん。あの子なら」


うんうん、タロスたちはよくわかってるね。

森ウルフなら昔戦ったことがある。

あいつらは数が多いと厄介だけで、基本的に普通の動物と変わりない。

不等号で言うと、ボク>身体強化の使える人間>>>森ウルフ>人間、ってところだ。

森ウルフならいくら数がいても問題じゃない。散歩程度の気持ちで肩慣らしと行こう。




「ホントに大量繁殖だ。これは切りがないね……。今の人はこんな過酷な環境で生きているんだなあ」


足元の森ウルフの死体はすでに十を超えている。

最初の一体こそ探すのが手間だったけれど、後は森ウルフが勝手に仲間を呼びはじめ続々と集まってきた。森の中は狼たちの血の匂いが充満し、ボクの鼻をくすぐっている。もう遠吠えなんてなくても、ここが戦場だとわかるだろう。


「まだ街からそう離れてないんだけど……大丈夫かなタルミアの街」


とびかかってきた狼の口をひっつかんで、樹にたたきつけて仲間の元へ送ってやる。断末魔の鳴き声が木々の合間を響き渡り、さらなる森ウルフが奥から現れる。

ボクにとって一体一体は大したことないとはいえ、この数と彼らの戦意は異常事態と言えるだろう。

魔物とはいえ、命ある生き物だ。ここまで一方的に仲間がやられれば撤退するよね。


だというのに、なぜかこの狼たちは撤退する気が見られない。

不退転の決意。そんな覚悟が彼らの目に見え隠れしている。

また一体狼が命を捨てに来た。狼の飛び込みに対して今度は蹴りをおみまいしてやる。

その蹴りで狼の頭はザクロのように破裂し、ボクの黒髪が赤に染まる。

新調した服はすでに赤黒く染まり切り、彼らの命を幾つも吸い上げたことがわかる。


「なあ、無駄じゃないかい? これ以上続けるのは」


無意味と知りつつ、ボクは狼の生き残りたちに話しかけた。

彼らとボクは同類だけど、彼らには知性が存在しない。ボクから見たら魔石—―魔力を持つ生き物が生成するといわれる魔力の結晶体のこと――を体内に持つだけの獣だ。

だから話しかけたのは、ただ何となくだ。無駄口を叩きたくなるほど退屈だったのもあるかもしれない。


「……われらに、きばむくとは、おろかものめ」


すると、森ウルフの生き残りの中で大きめの個体が聞き取りづらくも、人間の言語で返答してきた。


「これは驚いた。君たちは話せたんだね」


森ウルフがボクにわかる言葉を話すなんて知らなかった。

それだけの知能があるなら、続けても彼らの望む成果は手に入らないとわかりそうなものなのに……。


「おぼえておけ。あるじさまにたてつくものは、なんとしてもころす」


その言葉を皮切りに森ウルフたちが一斉にとびかかってきた。

生き残りなど考えもしない捨て身の突進で、これが最後だとボクは直感した。

ボクは両腕で森ウルフを掴んで二体、それらを振り回してもう二体、そして片足で一体の計五体を屠ったが、手数が足りず腹に先の大狼が嚙みついてくる。


「かふっ」


腹に牙を突き立てられた衝撃で口から呼気が漏れ出る。

大狼は命を燃料にボクの腹を食い破らんと牙に力を籠める。


「――君、名前とかあるの?」


なんとなく彼に興味が湧いて益体もないことを聞いてしまった。


「な、などない。われらはこにして、ぐん」


彼の牙はボクの皮を貫通し肉に届いた。

腹が熱くなり、ボクの力の源が漏れ出る不快な感覚が体を駆け巡る。


だがそれ以上は通さない。


「そっか……。—―――じゃあね森ウルフ。少しだけ驚いたよ」


腹にかみついた一体の森ウルフの頭を、自由になった左腕の肘で撃ち抜く。

森ウルフは今までの狼と同じように、ボクの一撃に耐え切れず頭を破裂させて死んだ。


ただ、ボクのお腹には最後まで食らいついた彼の牙が残されている。

命を落としてなおボクを殺そうとした執念を残された牙から感じた。


「森ウルフを統べる魔物か。何だろう。年取った大狼か。最悪ライカンスロープか。なんにしてもとんでもないね」


ライカンスロープといえば高い知能と魔力を持つ狼のボスだ。人間に化けていることもある油断ならない知性派の魔物である。もともと人間より優れた体を持ち、その上魔力で身体能力を強化するため、ただの人間では太刀打ちできない正真正銘の化け物。

加えて最悪な点は————ライカンスロープは他者に噛み付き仲間を増やすことにある。奴は人知れず人里に紛れ込み、仲間を増やす。

そうして準備をしたうえで、凶悪な魔物が数を揃えて襲い掛かってくる。街なんて簡単になくなり、彼らの腹の中だ。

ライカンスロープと正面から戦うのはボクだってごめんこうむる。


だってあいつマジ強いんだもん。


「住み始めたよしみがあるし、冒険者ギルドに報告しておこうか」


狼の死体をかき集め、しっぽに紐を括り付ける。

その紐をボクの腰ほどもある樹にしっかり結び、その樹を蹴り倒して肩にかつぎ運び出す。



世界樹へ至る大樹林。ボクが考えていたよりずっと過酷な道なのかもしれない。



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